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放課後の幽霊教師

 コホンと咳払いをした光明は奏人へと視線を向ける。


「神木、そろそろ真面目な話をしたいのだが」

「俺は至って真面目なんだけどな」


 肩を竦め、時計を適当なところに置いた奏人はスタスタと自分の席へと向かう。こういう時の引き際はむかつくほどにあっさりしている。自分に背中を見せたことを後悔させたくなるくらいには。

 火爪も冷水も席に戻る。ようやく生徒会が真面目モードに入る。彼らはいつもふざけているわけでもない。


「見慣れない顔がいるってことは、聞くまでもないんだろうな」


 そこからはすっかり真面目な生徒会長だ。ミスター残念からミスターパーフェクトへの変貌はいつも前者が悪い冗談に思える。

 実際、璃沙にとっては悪夢でしかない。どちらの面も、あるいは三つ目の顔も。

 手招きする光明に従って彼の前に立った健心はすっかり萎縮しているように見えた。

 だが、璃沙は海里らと共に応接スペースに移動する。ソファーはオカ研部室のくたびれたものよりもずっとしっかりしていて座り心地が良いのだ。テーブルの上には菓子も置いてある。

 そして、そっと様子を窺うのだ。



「日高健心君だ」


 光明に紹介されて健心はどうしたらいいかわからないまま頭を下げた様子だ。

 全校生徒の代表である生徒会長のあんな姿をみてしまえば戸惑うのも無理はない。だから、璃沙は嫌だと言ったのだ。

 会いたくもない。会えばふざけて面倒なだけだ。


「生徒会長の神木奏人だ。よろしく」

「あ、よ、よろしくお願いします」


 ニッコリと笑む奏人に健心が動揺したのがわかる。

 この男には男女問わず虜にしてしまう魅力があるらしい。実際、新たな道に目覚めてしまったという犠牲者もいるくらいだ。

 尤も、自分はそうではないと璃沙は言いたかった。

 誰にも言えない秘密を知ってしまって困っているのだ。秘密の共有など反吐が出る。脅されているわけではないが、胸焼けするほどの甘ったるい言葉の裏に見えるものがある。


「遂に五人か、まあ、人数集まったなら俺は判を押すしかないね、璃沙のために」


 余計なことを言って、ちらりと視線を投げてきた奏人を璃沙は無視する。もうふざけはしないだろうが、真面目でも関わりたくないものだ。

 そして、奏人はあっさりと判子を取り出し、受理する。

 この時のためにこれまで苦労してきたというのに、その瞬間がきてしまえばあっけないものだった。


「しかし、今年限りかもしれないな」


 奏人の言葉に光明の表情は曇る。

 部員はギリギリ五人、その内三年生は三人、卒業してしまえば来年は海里と健心の二人だけになってしまう。


「あの人の手回しは相当なものだった。正直、ここまで苦戦するとは思わなかったし。存続のために随分とお前の手も借りたな」

「全部、璃沙のためだ」


 奏人が微笑みかけてくるのを無視して、璃沙は菓子を漁る。

 腹を減らしているわけでもないが、そうすれば彼を見ずに済んだ。


「そういうわけで、目的は果たされたから俺達はこれで失礼する。また空き巣に入られたり、盗聴器仕掛けられたりしたら困るからな」

「今度、ゆっくり話そう。俺は敵じゃない」


 光明と奏人は決して仲が悪いわけではない。むしろ、良好な関係であると言っていいだろう。良きライバルというものなのかもしれない。光明にとっての敵は《伝説の悪魔》であって奏人ではない。


「わかっている。お前は公平なだけだからな。冥加君のために何でもしてくれて助かっている。お望みなら、彼女だけ置いていくが?」


 勝手なことを言う光明の背中に璃沙は菓子を投げつける。

 璃沙のためだ、と何度言われただろうか。しかし、彼はお願いしたところで五人揃わない部活を認めるような真似はしなかった。


「いや、みんなで喜びを分かち合うといい。それを邪魔するのは無粋だ。尤も、璃沙が残りたいと言うのなら別だが」


 手を振ってくる奏人を璃沙は無視する。

 そうして、生徒会室を後にした。



 廊下を歩けば、ふと空き教室の前で海里が足を止める。


「光明先輩。せっかく、会長が気を利かせてくれたのに、僕は、空気を読みません」

「構わないさ、始めからそのつもりだったのだろう?」


 はい、と頷く海里の背中にはデイパックが背負われている。皆、部室に荷物を置いてきたが、彼だけは違った。


「すみません」

「祝いは明日だ。日高少年、君の歓迎会も兼ねよう」

「すみません」


 もう一度頭を下げ、海里は教室の中に入っていく。


「補習だ」


 不思議そうにしている健心に光明が言う。

 海里は教卓の前の席に座り、ノートを取り出して何事かを言っているようだが、教室にはいるのは彼一人だ。


「神前高校七不思議の一、放課後誰もいないはずの教室で授業を受ける男子生徒」


 いなくなった解説係の代わりに璃沙は言う。手には先ほどやっと強奪できた写真集を抱えている。

 学校の怪談を調べたいと言ったのは健心だ。海里が説明しなかったのにも意味がある。けれど、健心は知るべきだろう。


「あるいは、幽霊教師」


 続けるのは星河だ。

 そのまま光明に肩を叩かれて健心は後について歩き出す。


「できれば、気味悪がったりしないであげてほしい」


 歩きながら光明は言う。海里ならばそう思うのも無理はないと言うだろう。


「鬼海君はうちで唯一霊感があるのだ」

「でも、除霊なんかができるわけじゃねぇ」


 海里の能力などせいぜい会話ができるくらいのものだ。

 だから、健心がサイキックであることに期待したのだ。


「あの教室には出るのだ。赴任前日に交通事故でお亡くなりになってしまった先生がいてな……。校内を彷徨っていたのを鬼海君がああして授業を受けている」

「ただで家庭教師って喜んでんだよ」


 事はそう穏やかな話でもないのだが、海里が一番わかっていることだろう。


「不思議な人だな、とは思いました。でも、全然悪い意味じゃなくて……優しい人なんじゃないかって」

「確かに、エスパーみたいなところあるからなぁ……さっきのは当たってねぇけど」

「彼は気遣いできる子だからな。さっきのは大いに間違っていたが」


 星河も光明も先程のことを根に持っているようだ。

 ふと、璃沙はポケットの中で携帯電話が震えたことに気付いた。


「ねぇ、明日、圭斗先輩、来るって」


 ぴたりと足を止めた光明はくるりと振り返り、険しい顔で見てくる。


「来なくていい、むしろ来るな、全くこれっぽっちもウェルカムじゃない、と伝えてくれ」

「無理」


 璃沙はさっさと返信してしまう。


「部が再興して悔しがるあの人が見れるかもしれねぇぜ?」


 ニヤッと笑う星河は光明の扱いというものを心得ているようだ。

 ふふふふ、と笑いだした光明は想像して堪えきれなくなったのだろうが、海里がいなければ誰も説明しない。


「あれだって、そろそろ、どうにかしなきゃいけない。いつまでもカテキョなんて言ってられない」


 メールの内容全てを伝えるつもりはないが、海里のことも書かれていたのだ。


「あの子、春休み中だって毎日来てた。このままじゃいられないことは本人がわかってる」


 どういうことなのか首を傾げた健心を璃沙はじっと見る。視線に気付いた健心は動揺しているのが明らかだった。


「あんた、寺の息子だからわかるでしょ? 悪霊になるかもしれないって」


 寺の息子は関係ないと言いたげだが、それでも健心はうなずく。

 除霊はできないが、相手をし続けるのは悪霊にならないためにしていることだ。


「そうだ、あんた、寺の息子だから、テラね」


 ふと璃沙は思い付いたのだ。日高というよりはテラの方が言いやすい。


「えっ……?」

「あんたのあだ名」

「テラか、冥加君にしてはいいんじゃないか?」

「ああ、いいんじゃねぇか」


 戸惑う健心をよそに珍しく光明と星河が同意している。


「あの……」

「文句ある?」


 健心が言葉に詰まる。異議はあるようだが、聞く気などない。


「じゃあ、海里に付けてもらう?」


 ここに海里がいないだけましだった。彼に妙な呼び方をされて泣くのは冷水だけではない。


「ぜ、是非、テラと呼んでください」

「よろしい」


 従順な健心に璃沙は笑む。

 後輩は素直な方がいいのだ。

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