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生徒会室には行きたくない

「まあ、いいじゃないか。日高少年は学校の怪談、と。さあ、皆、行こうじゃないか!」


 光明は紙に何事かサラサラと書くとスッと立ち上がった。


「行くって、どこに……?」

「生徒会室です。部として生徒会に承認してもらうんです。行きますよ」


 海里も立ち上がり、星河も続く。


「冥加、行かねぇのかよ?」

「五人で行くこともないでしょ? 留守」


 扉の前から問いかけてくる星河に璃沙は顔も上げずに答える。

 まだ画集は見終わっていない。


「素直になれよ。本当は行きてぇくせに」


 星河がニヤニヤ笑っているのが、見ずとも目に浮かんだ。


「五人揃って行かないと、何かと面倒かもしれん」


 光明は尤もらしいことを言っているつもりなのか。


「そうですよ、璃沙先輩。お願いします」


 海里さえ説得しようとしてくるが、璃沙は首を横に振る。


「これも君の仕事の内だ。報酬も払った。言うことを聞け」

「あたしが請け負ったのは日高健心を連れてくるってところだけ」


 自分は間違っていないと璃沙は思っていた。

 日高健心という新入生を連れてくれば欲しかった画集がタダでもらえる。

 そういう約束であって、五人仲良く生徒会室に行くことなど契約内容には微塵もない。

 やはりタダより高いものはないということか。だが、いざとなれば光明などどうにかできると璃沙は思っていた。


「ったく、しゃあねぇな……てめぇはほんとに面倒な女だ」


 星河は一度ソファーの方に戻ってきたかと思えば、鞄から何やら取り出して目の前に突き付けてくる。

 写真集である。美少女の。そっと璃沙は手を伸ばす。

 画集も見たいが、その写真集も見たかったのだ。


「言っとくけど、これはやらねぇ。貸すだけだからな」

「うわっ、使用済みの写真集とか勘弁してよ」


 璃沙はさっと手を引っ込め、星河を蹴ってやろうとさえ思った。


「使用してねぇ! ビニールかかってんだろ! 先に見せてやるってんだ! 感謝しろ!」


 そう言われれば確かに未開封だった。

 海里は何でもお見通しと言った様子で健心に耳打ちをする。それに星河も気付く。


「おい、何か言ったか?」

「いいえ、何も?」


 星河に睨まれても海里はニコニコとしている。


「見るのか、見ねぇのか?」


 もう一度、目の前に写真集が突き付けられる。表紙の美少女が璃沙を誘惑しているかのようだ。

 璃沙は画集をパタンと閉じ、両手を伸ばす。

 パンと響いた音、璃沙が白羽取りに失敗した音だった。直前で星河が引っ込めたのだ。そのまままたひらつかせる。

 こうなると悔しい。意地でも見たくなってしまうものだ。いざとなれば目的地の前で奪取してそのまま逃げればいいのだ。

 そのためなら釣られてやるのもいいかもしれない。へたくそな誘導に乗ってやるのだ。



*****



 海里に肩を叩かれ、健心が部室の外に出れば光明が鍵をかける。

 既に璃沙と星河は先を行っている。完全に星河が璃沙を釣ることに成功している。

 美少女写真集に釣られる璃沙を見て不安たっぷりに健心は海里を見た。


「えっと、冥加先輩って……」

「紛れもなく、ヘテロセクシャルです」


 海里はきっぱりと言い切るが、健心には意味がわからなかった。


「レズでもバイでもなくて、普通に恋愛対象は男性です、間違いなく」

「はぁ……」


 説明されても健心にはさっぱりだった。

 なぜ、美少女が美女のイラストに夢中になったり写真集で釣れたりするのか。


「現実の同性が心底嫌いなので、理想的な……ファンタジーを求めているんです。現実逃避ですね」


 言葉が出てこなかった。

 健心は彼女が同性好きなのだと思ってしまうところだったが、逆ともなればまた疑問が生まれる。


「まあ、璃沙先輩が女性嫌いになった理由はその内わかると思いますよ」


 海里もこれ以上は話す気はなさそうだった。




「ここが生徒会室です。ちょっと覚悟してくださいね」


 璃沙達に追いついたところで海里が言う。確かに見上げれば生徒会室の文字がある。

 覚悟とは何か。健心が首を傾げたところで光明がノックをした。

 ガラリと扉が開き、顔を覗かせたのは小柄な少年だった。海里とも雰囲気が似ているかもしれない。どこか儚げだ。


「ご用件は……聞くまでもなさそうですね」


 少年はぐるりと光明達を見回して、小さく溜息を吐いた。


「部の申請に」


 光明は言うが、少年は帰ってほしそうでもある。


「あ、雑用の、冷水君です。お冷やって呼んでいいですよ」


 海里の紹介は少し雑だった。


「庶務の、冷水(しみず)です。レイスイと書きますが、シミズです。庶務です」


 庶務をやけに強調して冷水は訂正した。健心には大差ないように思えたが、彼には重要なことらしい。


「鬼海君、友達なのにひどいじゃないですか!」

「ただの、クラスメイトです」

「ぴぃっ!」


 奇妙な鳴き声を上げ、冷水は今にも泣き出しそうだ。笑顔で否定されたことがよほどショックだったらしい。


「冗談です。僕の親友です。からかうと楽しいんです」


 海里は笑う。

 二人は似て非なるものなのだと健心は気付く。そして、海里は味方であれば親切で心強い人間だが、絶対に敵にしてはならないのかもしれないと悟る。


「あ、副会長、オカ研の方々です」


 ショックから立ち直ったように冷水はくるりと振り返る。


「おう、入れ入れ! かいちょーいねーけど、すぐ帰ってくんだろ。まあ、待ってろや」


 冷水の後ろから気さくな声が響いた。生徒会長は不在らしい。

 光明に続く海里に促されて健心も生徒会室の中に足を踏み入れる。想像よりも豪華な室内にはソファーさえある。広々として、正面奥にある立派な机が生徒会長の席なのだろう。

 入り口では奇妙な攻防が繰り広げられていた。



*****



 璃沙は目的地を前に写真集を奪取するはずが、難航していた。

 チャンスだと思った瞬間、星河がお見通しとばかりに避けたのだ。

 思えば、彼との付き合いも三年目、初めから光明よりはずっとやりにくい相手だった。


「とっとと入れ、この変態女!」


 星河は写真集を頭上高く掲げている。何度か挑戦してはいるが、奪い取れずにいる。

 届くかと思えば、ひょいっと避けられる。

 璃沙は頑なに生徒会室の手前で踏み止まる。どうにか手を必死に伸ばす。


「何で変態に変態って言われなきゃいけないの!?」

「変態で結構。男はみんな変態だ」


 星河は完全に開き直っていた。鞄に写真集を詰め込んでいるような男だ。そうでなければできないのかもしれない。


 そこで光明がついと眼鏡を上げた。


「それは聞き捨てならないな」

「はっ、てめぇこそ変態じゃねぇか」

「そうですよ。それは僕の主張です、光明先輩」


 星河も海里も光明の方が変態だと言わんばかりだ。特に海里は甚だ心外だと頬を膨らませている。

 璃沙も光明を弁護できないのだが。


「鬼海君、いつも思うが、君は意外に厚かましいところがあるぞ」

「ありがとうございます」

「褒めてないのだが……」


 光明ですら海里には敵わないところがある。

 オカ研において一番味方に付けるべきは海里であると言えるだろう。彼の背後に隠れていれば大方やりすごせる。


「俺はそういうの、いいと思うぜ? 写真集で釣れる変態よりは好感が持てる」


 星河が一瞥を投げかけてくる。釣る方もどうかしていると璃沙は不都合を星河に押し付けたくなるのだが。


「僕はそういう人も好きですけどね」

「相変わらず、怖いもの知らずだな」


 もしかしたら、星河も海里には一目置いているところがあるのかもしれない。


「おもしろいからいいんだけどよー、いつまでそうしてんだ?」

「あの人相悪い人が、副会長のタイガー火爪(ひづめ)です」


 ビシッと海里は火爪を指さす。

 海里は人相が悪いなどと言ったが、どちらかと言えば精悍だ。体格も良い方だ。


「ひどい説明だなぁ、おい。何だその、リングネームみたいなの。先輩で遊びすぎだぞ」


 特に機嫌を損ねた風でもなく、火爪は健心へと歩み寄る。


「火爪大雅(たいが)、生徒会長殿の右腕だ。まあ、よろしく? 生贄君」


 健心と火爪が握手を交わすのを見やりながら璃沙は写真集の奪取を試みるが、星河に隙はない。


「会長が戻ってくるまでに、こっちのメンバーでも紹介しようか」


 火爪は健心を気遣ったようだが、囁き担当の海里は不満げだ。


「あと二人じゃないですか。くろっち姉さんと守銭奴あらきん、はい終わりです」


 ちゃんと紹介する価値もないと言わんばかりだ。


「そんな説明でいいわけないじゃないのよ! 踏ん付けるわよっ!」

「お前、友達なくすぞ」


 ガタッと立ち上がる二人がいた。

 一人は完全に女言葉だが、どちらも男である。だが、海里は全く聞いていない。


「いや、お前らなんか一言で十分だろ。書記の黒土(くろつち)と会計の荒金(あらかね)だ。はい、今度こそ終わり」


 火爪も初めから丁寧に紹介する気などなかった。


「ひどいわぁ、ひーちゃん。いつも可愛がってあげてるのにぃ」

「ほんと、会長がいないと調子に乗るっスよね」


 二人はブツブツ言っていたが、火爪もほとんど聞いていなないようだった。


「ほんと冥加って見てて飽きねーよな」


 火爪が聞き捨てならないことを言っている。

 しかし、こうなってしまった以上、璃沙は何としてでも写真集を手に入れたかった。このまま逃げ帰るわけにはいかない。

 意地になってしまうのは一々星河が挑発してくるからだ。


「同意しますけど、それ、会長の耳に入ったら危険ですよね、タイガー先輩の場合」

「あー、殺されちまうなー。あいつ、身内にだって容赦しねーからな」

「あ、噂をすれば来ますね」


 ふと海里が言う。

 大きな足音がするわけでもないが、彼が来ると言えば必ず来る。

 ここはもう逃げるしかない。璃沙は獲物を前に逃げ帰るという選択をするしかなかった。

 しかし、お見通しとばかりに星河に襟首を掴まれる。じたばたと暴れても無駄だった。

 そして、彼と目が合ってしまった。

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