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待ちわびた五人目

「日高少年はどうなのだ?」

「え?」

「オカ研に入るのは嫌か?」


 光明は問う。しかし、ずるい聞き方だと璃沙は白々しく感じるわけだ。


「そう聞かれて嫌だって答えられる奴がいるか?」


 健心が答えるよりも先に溜息を吐いたのは星河だ。璃沙が堪えたものを彼は吐き出す。

 脅迫を得意としていそうでありながら良識派なのが彼だ。


「恨むなら冥加を恨めよ」

「あたしのせいじゃない。買収されただけ」


 矛先を変えてきた星河に璃沙は頬を膨らませる。

 そう買収だ。聞こえは悪いが、璃沙が手に入れたくてもなかなか手に入れられないものを彼が餌にしてきたのだ。


「つーか、てめぇ、何も言わずに連れてきただろ? ここで断られたらどうするんだ?」

「もう入部届はあるじゃない」

「新入生に入部を強要したって訴えられでもしたら、部の存続がかかってるんだぞ?」


 睨まれれば璃沙は睨み返す。引くつもりは微塵もない。


「さっき、部って言いましたけど、厳密にはまだ違うんです。一度、廃部にされてから、部員が集まらなくて、同好会なんです」

「はぁ……」


 解説するのはやはり海里だ。親切のつもりなのだろうが、よく伝わっていないのは明らかだ。

 この辺りの話は些かややこしい。それは事実だ。


「だから、日高君が入ってくれないと、今年も、部活に昇格できないって、先輩方、焦ってるんです」


 海里の説明には多少間違いがあった。

 だが、それを指摘して彼の策を台無しにする気は璃沙にはない。

 もし、このまま彼が入部を受け入れれば、いずれわかるだろう。オカ研に執着するのが主に光明であると。

 璃沙も自分の意思でここにいるかと言えば弱味を握られたというところがある。けれど、自分を陥れた本人はなるようになるとしか思ってないように見える。

 悲願を果たせないまま卒業したくないと泣くのは光明だけだ。


「オカ研って何するんですか? 俺でもできますか?」

「誤解のないように言っておくと、怪しげな儀式をしていたとか言われるのは、廃部以前のことで、その時でさえ、そういう事実はなかったらしいです。まあ、人を寄せ付けないためですね」

「だから、俺達は純粋にオカルトを愛するだけだ。誰でもできる」

「放課後、自由に集まって、各々本を読んだり、映画鑑賞したり、議論したり、月に一回記事を書いたり、書かなかったり、って感じです」


 実に楽な部活だ。だから、璃沙も入部した。


「僕は伝承、璃沙先輩は神話、星河先輩は都市伝説、光明先輩は超常現象について調べています。まあ、主に、ですけどね」

「主に……」

「別に心霊スポットに繰り出して、地縛霊突っつき回したりとか、してないですよ」


 璃沙には健心がほっとしたように見えた。

 サイキック側の人間にとって最も困る行為であると言えるだろう。


「でも、霊感ある人が必要なんですよね?」

「だって、いないと前みたいに霊障相談が受けられないじゃないですか」


 それが問題だった。

 璃沙達四人でオカルトを愛することはできる。

 しかしながら、かつてのオカ研の姿を取り戻すことはできない。


「霊障相談……?」

「必要とする者だけに門は開かれるってことです。まあ、最後の部長が部を潰しちゃったのも、そういうことができる人が今後現れないとわかっていたからだそうです」


 かつてのオカ研は、少なくとも廃部になる寸前までは心霊相談所としての意味合いがあった。

 最後より一代前の部長がそちらに力を入れるべく、閉鎖的だったオカ研をオープンにした。

 けれど、最後の部長――榊圭斗(さかきけいと)に代わった途端、オカ研は廃部になった。

 彼なりにきちんと理由はあったのだが、それを恨んでいる者がいるわけだ。


「その話はいいだろう。美談に聞こえるぞ。あの男は《伝説の悪魔》だ。《魔界王子》だぞ?」


 光明は表向き圭斗を嫌っている。

 しかし、海里はニコニコしている。


「僕は圭斗先輩好きですよ? 優しい人ですから」

「悪い人じゃないわよね」


 璃沙もまた圭斗を尊敬している部分がある。


「趣味はいいよな」


 星河に至ってはファッションセンスなどの方面に注目しているらしい。


「あの男は俺の憧れを踏みにじったのだ。思い返すと五臓六腑が……っ!」


 光明は顔を歪ませ、腹を抱えて苦しみ始める。

 健心に耳打ちする海里は「いつもの発作です」とでも言っているのだろう。


「それで? あんた、どうするの?」


 わざとらしい光明を一瞥した後で、璃沙は健心に問う。

 いつまでも無駄な談笑をしているわけにはいかない。


「……そういうことなら、いいです」

「本当か?」

「特に入りたい部もないですし……」


 最も入っては行けない部だと璃沙は部員ながらに思う。

 しかし、入るとなればそれでいいのだ。



「話がまとまったなら、さっさと報酬ちょうだい」


 璃沙は光明へと手を差し出す。

 しかし、さっと顔を背けられてしまった。


「初めから鬼海君に任せれば良かったかもしれないな」

「その方が無駄なコストもかかんなかったな。案外、人たらしの才能あんじゃねぇの?」


 星河もケラケラと笑っている。

 璃沙に必勝法を授けた人間こそ海里なのだから当然と言えば当然だ。


「僕じゃあ掴みがダメですよ」


 海里は苦笑する。

 引きずり込んでしまえば、こっちのもの。海里はそう言った。

 璃沙は海里にとっては餌だった。


「君しかいない、とか言っといてそれはないんじゃないの? 宮地」


 璃沙とて嬉々として騙し討ちに賛成したわけではない。

 光明に頼まれて渋々という体である。


「はて、俺は君にそんなことを言っただろうか?」

「言っていましたよ。確実に」

「ああ、言ってたな。聞いてて寒くなったぜ」


 とぼけた光明に海里も星河も味方しなかった。


 璃沙は立ち上がり、光明の前に立つ。

 それから、足を振り上げた。


「あたしだって嫌々やったのに、ねぇ?」


 璃沙の足は完全に光明の顔の真横にある。

 ソファーを蹴ったのだ。

 足を高く上げたせいで、ただでさえ短いスカートは捲れ上がっているが、恥じらうことはない。

 光明も冷静だった。あるいは、冷静すぎたのかもしれない。


「冥加君」


 当然のように光明はピラッとスカートをめくってくる。


「俺は君のパンツなど見たくもないが、男として、スカートの下がスパッツというのは失望するものだ」

「黙れ、変態眼鏡。このまま、踏み潰してほしいの?」


 璃沙はもう一度、ドカッと足を置く。

 だが、光明は怯えるわけでも驚くわけでもなく、煩わしげにしているだけだ。


「俺は見せるパンツとそうでないパンツの違いがわからん」

「それは是非踏み潰してくれってこと?」


 璃沙は肩から股間へと足を下ろす。

 報酬を得られないなら、それも辞さない考えだ。

 それでも光明は動じず、隣の星河が笑った。


「俺は黒タイツ派だぜ。破くのがたまんねぇ。網タイツはだめだな。エロ過ぎる」

「黙れ、公然猥褻!」


 璃沙は即座にペンを放った。


「おいおい、てめぇじゃあ興奮するわけねぇだろ? 自意識過剰」


 星河は何事もなかったようにしているが、顔のすぐ脇、ソファーにペンが刺さっている。


「大体、公然猥褻ってのは、てめぇの男のことだろ。あいつにどんなのがお好みか、聞いてみりゃあいい」

「何か言った? 猥褻物陳列罪」


 星河は肩を竦めてソファーに刺さった物を引き抜き、テーブルの上に置く。

 ボールペンが二本コロコロと転がって止まる。


「器物を損壊するな。ただでさえ、俺達には予算がないのだ」

「全部あんたが株で儲けたポケットマネーでどうにかしてきたくせにケチるから」

「ああ、そうだ。やたらと維持費のかかる女のおかげで何度も枯渇の危機に瀕したが」


 ようやく観念したように光明は鞄から紙袋を取り出す。

 差し出されたそれを受け取り、璃沙はソファーに戻る。


「その維持費かかる女を拝み倒したのは誰だったかしらね」

「昔のことだ。この部における唯一の過ちだ」


 もう光明の話はどうでも良かった。

 ガサガサと紙袋から中身を取り出す。大判のハードカバーの本だ。

 紙袋は海里が受け取って、丁寧に畳んでいる。

 そして、そっと開く。

 ずっと欲しかった。画集だ。ゴシックアートの美女達が璃沙に妖艶な眼差しを向けてくる。



「まあまあ、先輩方。これで、五人、ですよ」


 海里が宥めれば、光明が大きく頷く。


「日高少年、君の研究内容はどうする?」

「研究内容?」

「主に何を調べるか、だ。適当で構わねぇだろ」


 首を傾げる健心に星河は言う。

 最早、健心は自然に海里を見るようになっていた。


「被っても平気ですよね? 伝承、神話、都市伝説、超常現象、他にはありますかね……」

「あ、学校の怪談ってどうですか?」


 健心が言った瞬間、室内には誠実が訪れる。

 誰も口を開かず、璃沙も聞いてないフリを続けた。

 被らないと言えば被らないのだが、別の問題がある。


「……き、鬼海先輩?」

「僕からは、ノーコメント、でお願いします」

「まあ、一番つまんねぇよな」


 星河も呟きつつ、聞くなというオーラ全開である。

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