仲間の証
「あの、榊先輩のボスって、詐欺師なんですか? 兄がそういう風に言うんです」
今度は健心の方が質問してくる番だった。
「まあ、客には誠実だけど、サイキックに対してはそんな感じよね」
「歴代部長は全員被害者だ。こき使われてるか、保護されてるか……原型の話はしたろ?」
「一年に一度生け贄が必要だって言って入れられて、気付いたら背後にくっついてるサイキックオフィスの一員。ボスの仕事を手伝わされ、後戻りができないっていう……」
圭斗で最後だからオカ研は廃部になった。十分に人員は集めたはずだ。
「凄い集団なんでしょうね」
「まあ、半々ね。ボスは凄い人だとは思うし、他にも力のある人はいるけど、霊媒とか、あんたには意味わかるんでしょ?」
「オカ研が存続していたら鬼海君だって問答無用で保護対象だっただろうな」
「まあ、僕も釘は散々刺されていますけど、一度廃部になって、手を離れて強制力がないですし、僕、璃沙先輩以外の女性に顎で使われる気ないですから」
海里はさらりと余計なことを言ったが、誰も追及しなければ璃沙も自ら触れることはできない。
「テラ、話してくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ、聞けて良かったです」
そこで璃沙は立ち上がり、再び健心の元へと向かう。
「手、出しなさい」
先程のことがあったからか、さっと出された手に璃沙はできたばかりの物を載せる。
「お礼ってわけでもないけど、あんたにあげる」
「えっ……お、俺にですか!?」
驚く健心の中にはブレスレットがある。
紺色の石を中心に透明な石で纏め、海里の物とはまた違う。
「まあ、みんなにあげてるから。あたしの趣味。深い意味は全くない」
「璃沙先輩のブレスレットはよく効きます。そこの二人も何だかんだ大切に持ってるんですよ? ここぞって時に付けたりして」
「あんたにも必要な気がするから」
なぜ、そう思うのか璃沙にもよくわからない。単に仲間外れだと思われて困るからなのかもしれない。しかし、海里の件も引っかかるのだ。今の彼はニコニコして落ち着き、何も変わらないように振る舞っているように見えるが、《チェーンソー少女》の一件で負った傷は小さくないはずだ。
「ありがとうございます!」
早速、健心は嬉しそうに左手にはめる。そういうところを見るのは璃沙も嫌いではない。尤も、何食わぬ顔で席に戻るのだが。
「これ、パワーストーンですよね?」
「水晶、クラック水晶、ラピスラズリ、ですね」
横からじっと見て海里が言う。彼は璃沙が作っていると興味津々に見ていて、教えている内に覚えたらしい。
「僕のはオニキスと天眼石のなんですよ」
海里は自分のブレスレットを外して健心に見せる。
「あの、冥加先輩?」
「今回、お金は請求しないから気にしないで。入部祝い。オーダーでも少しくらい割引するわよ」
あげると言って与えたものを後から請求しては立派な詐欺だ。だが、健心はそんなこと考えもしなかったようだ。
「いえ、そうじゃなくて、清兄……榊先輩の同級生の兄がですね」
「あー、残念なお兄さん?」
「ええ、非常に残念な兄が、多分先輩のこと榊先輩の彼女だと思ってます」
「……どこまでも残念ね。理由は言ってた?」
面識のない璃沙もすっかり呆れるしかなかった。
「よくメールしてるとか、ブレスレット貰ったとか……」
「確かにそれ、あたしね。彼女じゃないけど」
璃沙にとっては誰にでもしていることだ。
「圭斗先輩って全然彼女作らないですよね」
「俺、直球で実はゲイですか、って聞いたことあるけど、確かに女好きだぜ? 前部長殿に報われない片思いしてたくらいだしな」
「単にモテなくて性格に問題があるということだろう」
「あんなイケメンなのに不思議ですね」
璃沙としてはここにいる男三人に一人も彼女ができたことがないのも不思議なのだが。
「でも、イケメンすぎて凄く冷たく見られているみたいですよ? 近付き難い的な。ただでさえ、オカ研所属っていうミステリアスな面を持っているのに。そこがいいって言う人もいたんでしょうね」
「あたし、あの人がいる間、妙な噂立てられて酷い目に遭った」
今は圭斗が卒業して、噂は消滅した。今も圭斗は時々顔を見せるが、前ほど言われるとこもない。
「オカ研の復活には取り合わないくせに、冥加君には妙に絡んでいたからな」
「サイキック的に気になるってだけ。あたし、霊感とかないのにね」
「璃沙先輩のオーラはちょっと変わっていますけどね。魔除けのアクセサリー作れたり、占いが当たったり、何かありますよ」
海里に言われても、璃沙としては複雑な心境だった。
「しかし、あの当時はまだ平和だったな……まだ神木がご乱心してなかった」
急に光明が懐かしみ出す。一年の時は今とは違った。
「そうね。あいつの関係の嫌がらせの方が陰湿だったし」
「迷惑な隣人も大人しかったしな……」
星河までも遠い目をしている。大人しいどころか存在しなかった。
「蔵重は一年の時からパパラッチだったわよ」
現新聞部部長蔵重を璃沙は一年の時から知っている。
「いや、実際、一年の時はあの人の妨害に苦しんだだけだったな……」
「楽しそうだったよな」
「部員時代にかなり鬱屈してたんじゃない?」
オカ研でもサイキックオフィスの中でも彼は下っ端だ。後輩がいなかったのだから仕方がないのかもしれない。廃部にしたのは圭斗自身だが、その一年前に生贄制度が廃止されている。
「僕が入り立ての時もまだ静かでしたね」
「全ておかしくなったのはやはり美空に目を付けられてからだろうな」
大きく光明が溜息を吐く横で星河が頷いている。美空更紗は最大の悪でしかない。彼女が文芸部を立ち上げ、璃沙達にネタとして目を付けなければこんなことにはならなかったはずだ。
「僕、疫病神とか思われていませんよね?」
「まさか、俺は鬼海君が入ってくれたことに感謝している」
「あたしを入れたこと、後悔してるんでしょ」
「い、いや? 助かったと思う面もあるぞ。用心棒には最適だ」
「妙に変態を呼び寄せると思ったら、とんだ変態だしな。でも、実力は認めてんだぜ?」
男に喧嘩の強さを認められるとは喜ばしいことではない。光明にも海里にも必要とされているのは力の部分である。
それ以外は変態ホイホイだなんだと酷い言われようである。
「そう言えば、奏人先輩って圭斗先輩とちょっと似ていますよね。いつも気さくで優しい感じですけど、心許してない人には壁作りますし、冷たいイケメンです」
「俺でも、時々あいつは怖いぞ」
うんうん、と光明は頷いている。
「生徒会長、ですよね?」
「はい、神木奏人生徒会長殿です。もうお帰りになったみたいですね」
隣はいつの間にか静かになっていた。
「あの人も彼女は作らないですよね。僕のクラスメイトも何人か泣いていますよ」
「あいつは何考えてんのか、趣味悪ぃからな」
「璃沙先輩だけには開けっぴろげですよね」
「あれに関しては社会の窓が開いているより質が悪い」
気付けば三人ともニヤニヤ笑いながら璃沙を見ている。ひどく居心地が悪い空気に変わってきていた。
あれは何も開いていないというのに。
「あれだけアピールしているのに、何で本人に伝わらないんでしょうねぇ、璃沙先輩?」
非常にまずい状況になった。意味深に海里が視線を送ってくる。
「べ、別にそんなんじゃなくて、みんなにそういう態度とってて……」
彼らはとにかく誤解している。けれど、問題は解けないことだ。真実を告げることができないからこそ、きつい。
「いや、神木のチャラい発言は多々耳にしても、行動に出ているのは他に見たことない」
「あの怖気立つ光景な、棒女相手によくやるぜと思ってたけどな」
「奏人先輩が目立つっていうより、璃沙先輩を追っているんですよ、この二人」
海里は笑いながら光明と星河を指さす。本当の小悪魔はここにいるのではないかと璃沙は思わずにはいられない。何しろ、この後輩は先輩をからかって遊ぶのが好きなのだから。
「鬼海君、君はまた間違ったことを教えて……!」
「てめぇっ、な、何で、俺がこの棒女を目で追わなきゃいけねぇんだよ!」
「絶対、当たっていますし、目で、とは言ってませーん」
エスパー疑惑の海里は随分と自分の直感に自信があるようだ。
「まあ、報われないのは、圭斗先輩だけじゃないですよね? 健心君」
「え、な、何で俺に聞くんですか?」
「さあ、何でしょうねぇ?」
「男って嫌ね。自分達の世界作っちゃってさ」
どうにか璃沙は話を自分から逸らしたかった。
「今度の接待は何を要求されるんでしょうねぇ?」
「考えたくない、考えたくなーい」
璃沙は写真集を取り出す。現実逃避の方法でもある。
「奏人先輩は、璃沙先輩餌にすると、サクサク動いてくれますからね。ギブ&テイク、です」
盗聴対策に生徒会に抜き打ちチェックをさせ、その見返りは璃沙だ。餌にされる方はたまったものではない。
「どうせ、最終的に俺の財布が危うくなるのだ」
璃沙もただでは動かない。光明の懐を痛めつけて道連れにするが、彼の財力は未だに謎だ。どれほど儲けて浪費するのか。かなりの儲けがあるのなら璃沙の画集や写真集など大した出費でないはずであるのに。
「だから、あんたには金運アップのブレスレットあげたじゃないの」
「なっ……き、聞いてないぞ、そんなことは。厄除けじゃなかったのか!」
光明はさっと袖を捲り上げ、自分のブレスレットを確認する。彼のブレスレットはイエロー・ゴールド系で纏まっている。シトリンにタイガーアイ、ルチルクォーツと金運アップの石ばかりだ。
「星河先輩の、凄くかっこいいですよ」
「黒いだけだぜ?」
星河も倣うように袖口をまくる。黒一色だが、四カ所、ポイントになる大きめの石には銀色の彫り込みがある。
「あ、テラ。他人に無闇に触らせちゃダメよ。もし、ゴムが切れたり、壊れたりしたら言って。あとラピスは熱と水に弱いから気を付けなさいよ」
「は、はい。本当にありがとうございます」
本当に健心は嬉しそうにしていた。