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生贄の決意

 覚悟を決めてしまえば行動は早い。健心は教室出入り口近くの席に座る男子達に更紗が来た時には足止めするように頼んだ。

 やたら絡んでくる男子に更紗と別れたい、むしろ付き合うことを了承したわけではないのだと言ったら「ありえない」と返された。

 健心は彼らが言うようなラッキーボーイではない。そもそも、オカ研に強制入部させられた時点で、彼らにとってはアンラッキーボーイのはずであり、更紗に付き纏われているからと言ってそれを忘れられては困るのだ。


 その昼も客がきた。彼らも招かれざる存在だった。女子が二人、どちらも二年生である。


「どうも、日高君。文芸部の副部長です。ご挨拶に伺いました」


 片方はキリリとした雰囲気の女子だった。あの集団の中にいたような気もするが、わからない。


「あなたは部室には行かないのですか?」

「オカ研の皆様はいつも大体部室でお召し上がりになられてますよ?」


 喋るのは一人だけだが、さも不思議そうに彼女達は健心を見てくる。そんな話は聞いてもいない。


「更紗様も昼休みはいつも部室で張り込みをなさっております」

「崇高な創作活動のためでございます」


 何が崇高だ、とは健心は声に出さなかった。


「そういうわけで、こちらは私達からのお近付きの印でございます」


 無理矢理握らされたのは紙袋だ。二人はニコニコと笑んでいるが、嫌な予感しかない。


「今後は是非、ネタの提供をお願いいたします!」

「よろしくお願いいたします!」


 一方的に言い切って、彼女達は帰っていってしまった。

 そっと健心は中身を取り出してみた。ちらりと目を通してさっとしまい、それから立ち上がってゴミ箱に放り込んだ。予想した通りおぞましい物体だった。

 海里に対して哀れみを感じるほどだ。




 放課後、健心はホームルームが早く終わらないかと苛立っていた。他のクラスに比べて遅いのは確かだ。早く終わってくれれば、更紗から逃げることも容易だったかもしれない。

 だが、手は打ってあるのだ。ホームルームが終わる頃に更紗は既に来ていた。あらかじめ頼んであった通り、足止めが行われた。数人の男子に囲まれて困っているようである。


「健心様、これは一体どういうことでしょう?」

「やっぱり、あなたなんかとは付き合えません!」


 言い放って健心は猛ダッシュで教室を飛び出した。

 途中、見かけたのは海里だった。


「あれ? テラ君、そんなに急いでどうしました?」

「怖い人から逃げてるんです!」

「部室に逃げ込めば安心ですよ。駆け込み寺です」


 その通りだろう。部室にいる間、彼女達が何かを仕掛けてくるようなことはなかった。

 手を振る海里に一礼して健心は部室を目指した。いつ、彼女が追いつくかわからないという恐怖がずっと背中に張り付いているようだった。

 部室に近付くといくつか人影が見えた。どれも男子生徒であり、オカ研の部室前には光明と星河がいた。


「テラ少年、そんなに焦ってどうした? 我がオカ研は逃げないぞ」


 鍵を取り出す光明は不思議そうだった。

 彼が鍵を開けるのを待つ間視線を感じて見れば蔵重だった。目が合ったが、彼は何も言わなかった。何も言えないと言った方が正しいのかもしれない。



 この日、璃沙が部室に着いた時にはもう四人が揃っていた。

 璃沙は自分の席に鞄を置き、健心へと歩み寄る。健心が身構えたのがわかったが、気にしないことにした。


「テラ、手首出して」


 メジャー片手に璃沙は問う。


「はい?」

「左の手首を出しなさい」

「は、はい!」


 健心はさっと左手を出す。璃沙はメジャーをしゅるりと引き出してその手首に巻き付ける。


「きついのとゆるいのどっちがいい?」

「はい?」

「ピッチピチとゆっるゆる、どっちがいいのかって聞いてんの」

「璃沙先輩、なんかズレてます」


 海里の指摘に健心は尤もだと言いたげだった。だから、璃沙はメジャーできゅっと手首を締め上げてやった。

「締め付けられるのと、られないの、どっち? 普通?」

「ふ、普通で」

「ん、ありがと」


 シュッとメジャーを戻して璃沙は棚の方に向かう。健心が何か聞きたそうにしているのは無視だ。どうせ、後でわかるのだから面倒な説明はしたくなかった。



「あ、あの、お昼って皆さんここで食べてるんですか?」


 どうやら、健心は璃沙の行動の真意よりもそちらを聞きたかったようだ。


「そうです。テラ君もご一緒します?」

「い、いいんですか?」

「気付いたら、ここで食べてたってだけ。集まってるわけじゃないし、いつも全員ってわけじゃないから好きな時に来たら?」


 テーブルの上に道具を準備しながら璃沙は言う。どうして誘ってくれなかったのかと健心が思っているかもしれないからだ。


「でも、美空先輩が張り込みしてるって」

「聞き耳を立てられているのは、いつものことだ」

「今もそうだしな」


 コンクリートマイクは禁止されているが、それで懲りる女ではない。かつて音楽をかけてみたこともあったが、自分達の会話にも支障が出て諦めたのだ。


「って言うか、テラ君、誰から聞きました」

「あ、昼に文芸部の副部長って人が来て、本貰って、ネタ提供するように言われましたけど、捨てました。絶対ネタ提供なんかしません」


 はっきりと健心が言えばパチパチと拍手の音が響く。海里だ。

 更紗にネタを提供してしまえば、また彼女の世界の中で璃沙は犯される。名前が違おうと人間としての尊厳を踏みにじられている気がする。そう思われているのだという気持ち悪さもある。

 副部長が来たのなら、その本の中では海里が犯されていたからだろう。健心が登場するのも時間の問題だ。否、彼女達の世界で健心の貞操は既に奪われているのかもしれない。


「美空先輩とも付き合う気はありません」

「それで、逃げてたんですか」

「まあ、話通じないみたいですから」


 逃げるとは男らしくないとは言わない。皆、わかっている。それが最良の手段だと。

 無駄なことをしようとすれば全て悪い方向に転んでしまう。


「何か、今、テラ君が入ってくれて良かったと心から思いました」

「君は立派な男だ」

「お前みたいな奴、嫌いじゃないぜ」


 璃沙が作業している横で男達三人は感動しているらしかった。

 璃沙は顔を上げて健心をじっと見る。


「テラ、あたし達に情報提供する気はある?」

「もしかして、一兄のことですか?」

「興味本位ってんじゃねぇ。本当のことを知りたいってだけだ」


 誤解されたくないと言うようにすぐに星河が言う。


「わかってます。そのつもりで来てます」

「君の兄上は何か言っていたのか?」

「皆さん、聞く気はありますか?」


 健心は重い言葉は使わなかった。しかし、込められた意味は決して軽々しいものではないだろう。

 覚悟があるのか、と聞かれている気がした。


「もちろんですよ、圭斗先輩を一人で苦しめるわけにはいきません」


 皆、海里と同じ気持ちだった。圭斗を見殺しにするようなことはできない。

 それぞれが力強く頷いたのを確認して健心はふぅと息を吐いた。


「俺も聞きたいことあるんですけど、大丈夫ですか?」

「テラ少年だけが情報を提供するというのもフェアではない。話せることは何でも話す。いいな?」


 部長である光明の確認にも三人は頷く。


「一応、盗聴が怖いので、小声でお願いしますね」


 海里が小さな声で言う。


「室内の盗聴器はチェックしてあります」


 更に海里は続ける。物騒だが、実際この部屋で見つかったことがあるものだ。


「新聞部もスクープの臭いに敏感な猛獣ですから。でも、手は打ってありますから。ね? 光明先輩」


 海里の視線を受けて光明は携帯電話をちらつかせる。話をすると決めた早い段階で彼は少しだけそれをいじっていた。


「そういうわけで、冥加君、またいつもの頼むよ」

「はいはい」


 璃沙はうんざりしていた。いつもののこととは言ってもやはり嫌な気持ちもある。


「まあ、すぐにわかりますよ――あ、ほら、来た」


 海里が言うと急に隣が騒がしくなる。


「困った時は生徒会長の抜き打ちチェックです。さ、今の内に話しちゃいましょう?」


 ニッコリと海里は促す。光明は璃沙を餌に奏人を動かしたのだ。璃沙にとってデート一回はかなり重い。けれど、彼らには言えないことが邪魔をして口を噤むしかなくなる。



「一兄は《呪術師》って言ってました。絶対に手を出すな、って」


 《呪術師》――得体の知れないその単語を口にすることに健心は躊躇っているように見えた。


「それは何者なの?」

「一兄も詳しくは教えてくれなかったって言うか、全貌までは掴んでない感じで」

「それで?」

「その《呪術師》が都市伝説を意図的に作ってると思っても間違いはないだろうって」


 語れることはあまりにも少ない。しかしながら、そんな僅かな情報でもないよりはましだった。


「その君の兄上はどうするつもりなのだ?」

「できれば、関わりたくないそうです。いけないものだとわかっていても手に負えるものじゃない、と。触れれば火傷では済まないけど、放ってもおけないとか」


 それは圭斗も同じことだろう。だから、この前は手を出した。海里が関係していたことは幸か不幸か。あれによって今まで誰かに先を越されていたところに踏み込めたのは間違いないだろう。

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