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不穏の気配

「テラ、一心さんと清心には聞いてみたか?」


 体ごと圭斗は健心の方を向く。

 そうすることで星河と光明に質問をさせないかのように。


「一兄……一心の方は知ってました。でも、自分じゃない、って伝えるように言われました。曖昧にしか教えてくれなかったんですけど」

「それで、清心は?」

「清兄の方は俺が聞く必要ないんじゃあ……」

「あ、俺が同じ大学の同級生だって聞いちゃった?」


 軽い嘘がバレたかのように圭斗は笑った。


「学部学科も同じだってところまで」


 それではわざわざ健心に聞く方が変だとも言える。


「清兄も嫌ってるわけじゃないみたいですよ。ムカつくとは言ってましたけど……」

「ちょいちょい言われてるなぁ」

「あの、ですね、『合コンに連れて行ってくれたら全部許して友達になってやるぞ』と伝えるよう頼まれまして……」


 今日も大学で会ったはずである。それこそ、自分で伝えろと思うものである。


「全部許すって、何したんですか」


 興味を持ったのは光明だ。彼は圭斗のしたことについて気になるようである。


「何もしてねぇよ。お前、ほんと俺のこと信じねぇよな……一方的に嫉妬されてるだけ。清心ってそういう奴なんだよ。な?」

「は、はい、そうですそうです」


 健心が頷くのは圭斗の視線に圧されたからではないようだ。圭斗にもそんな意図はなかっただろう。


「あいつ、モテたことないだろ? 女性経験ゼロ。しかも、最近、二次元に嫁がいる」

「よ、よくご存じで」

「あいつ『同じサイキックなのに、何でお前だけモテるんだ』とか『イケメンサイキックなんてキャラ作りすぎだろ』とか、変な絡み方してくるくせに、俺から行くと『イケメンと口利いてもイケメンになれないどころか惨めさが増すからやめろ』とか言うんだぜ?」

「さりげなくイケメンアピールするのやめてくれませんか」


 いっそ、光明は圭斗へのツッコミを楽しんでいるのかもしれない。憧れを捨てきったとは言えないだろう。


「あいつ、光明見ても、星河見ても、海里見ても『このイケメンどもが!』って言うよな?」

「言いますね、確実に。『イケメン退散!』とか言って踊ります。最近、オタ芸で霊が祓えるんじゃないかって思い始めたみたいで……」

「どういう兄貴なんだよ」


 星河の声は呆れを含んでいた。


「非常に残念な……もう残念としか言いようがないほど残念な兄貴です」

「あれだろ? 一心さんがイケメン要素全部持ってったから自分には何も残らなかったと思ってるんだろ?」


 本当に圭斗は健心に聞くまでもなく、清心のことをよくわかっているようだ。


「いつも『俺はモテ男になる!』って言って失敗してますね。一兄は呆れてます」

「まあ、あんな兄貴がいて、ひねくれなかったのが凄いっつーか」

「あなたはひねくれた方ですもんね」


 光明は言うが、圭斗にとっては触れられたくなかったことだろう。彼にも兄がいて、和解するには時間がかかったという話だ。


「……一心さんには言うまでもないと思うが、気を付けるように伝えてくれ」

「わかりました」


 何も変わらないような日常の中で確実にサイキックが警戒を強めるような事態になっている。


「そんなに俺達は信用できませんか」


 光明は言う。何かを抑え込んだような声だ。圭斗が彼の方へ向き直る。

 実のところ、彼は圭斗を嫌っているわけではないと璃沙は思っていた。相手にされないことが辛いのだろう。

 時折、自分に嫉妬の目が向けられていることに璃沙も気付いている。

 霊感などなくとも線を引かず、抱え込んで苦しむくらいなら話を聞かせてほしいのかもしれない。緩やかに突き放されて、それでも、光明は圭斗に憧れている。何もできないとわかっていても、壁を作られたくはない。一方通行の悲しい関係だ。


「そういう問題じゃねぇ。知れば、必ず巻き込まれる」

「もう巻き込まれているでしょう。少なくとも二人は」


 光明が海里と璃沙を順に見た。


「これ以上は死ぬぞ」


 軽い脅しなどではない。本当にそうなると、彼はわかっている。


「お前らは自分を守れない。俺はお前らを守れない。未だに自分を守ることさえ精一杯だ」


 たとえ、努力をしようと圭斗は眷属に頼るしかない。


「でも、あなたは手を引かない」

「逃げられねぇんだよ、もう。俺の首に死神の鎌がかかった」


 あの後に何かあったのだろうか、璃沙は考える。


「俺に何があっても、その時は自業自得だって笑ってくれ」


 笑えないことを言って、それ以上の追及から逃れるように圭斗は帰ってしまった。

 残された光明達は葬式のような静けさで、この日は早期解散になるほどだった。



 夕方、ニュースを見れば事件について圭斗が話したがらなかった理由が健心にもよくわかった。

 行方不明になっていた女子生徒が発見されたのだ。遺体はバラバラに切断され、埋められていたと言う。

 犯人は自首し、共犯者達もすぐに全員逮捕されるだろう。

 だが、そうなることはわかっていた。全ては健心の兄一心の推測通りだった。昨日、話を聞いた時点で既に残酷な真実を見抜いていた。

 おそらく彼女は数人の男から暴行を受けて死に、チェーンソーで切り刻まれた。だから、チェーンソーを持って男の前に現れるのだ、と。


 夕食後、健心は清心と共に一心の部屋に呼び出されていた。


「圭斗君は何と?」

「《チェーンソー少女》はもう出ないってだけ、絶対に首を突っ込むなって言って帰ったよ」


 圭斗にも一心にも探りを入れられる状況は健心にとって決して居心地が良いわけではない。しかし、仕方のないことだと理解していた。危険があるならば伝えなければならない。情報は共有されるべきである。


「あいつ、どうせ、またかっこつけたんだろ」

「自分の首に死神の鎌がかかったって」

「くそっ、あのイケメンが!」


 全く事態の重さをわかっていない清心は口を開く度に一心の拳骨を食らうが、懲りない男だった。


「清心、鎌はお前の首にもかかっている」

「俺の首に死神の鎌がかかってるんだ」


 格好を付けてみたつもりらしい清心は一心の言葉の重大さをわかっていないようだが、そういう風にしか言えないのだ。


「私は、とある自殺者の知人の知人から話を聞いてね……《彼》を視た」


 明かされたことで、なぜ一心が真相を推測できたのかわかって健心は何を言えばいいかわからなくなる。


「健心、お前も私達の弟だ。オカ研に入ったことは運命なのだろう。だから、言っておく。たとえ、榊君が黙っているのだとしても」


 オカ研に入ったことを咎めもしない一心は彼らのことをよく知っているのかもしれない。


「清心、お前もよく聞け。《呪術師》の噂を聞いたら気を付けろ。あれは絶対に手を出してはいけないものだ」


 呪術師、健心も清心も反芻してみるが、現実味のない言葉だった。何度口にしても、想像もつかない。


「その《呪術師》が都市伝説を意図的に作ってるってこと?」

「そういうことだと思って間違いはないだろう。私も全てをわかっているわけではないが」

「……一兄は、どうするの?」

「できれば、関わりたくないと思っている」


 関わらないのではない。鎌から逃れられずにいられれば、それが一番なのだろうか。

 サイキックが警戒するのは邪魔をすれば消されるということなのか。踏み込みさえしなければ被害者にならずに済むのか。

 敵の正体が一切見えない現状で何をどう受け止めたらいいかさえわからない。


「あれは、いけないものだが、私達の手に負えるものではない。触れれば火傷では済まないが、放ってもおけない。あの人達と手を組むことになるかもしれない」

「あの人……」

「榊君の所属しているサイキックオフィスの方々だ」


 黒羽オフィスと言っていたか。


「でも、一兄はそのボスのこと、嫌ってるって」


 その真偽について、健心は是非とも確かめておきたかった。


「勧誘が詐欺紛い、詐欺的手口でこき使う、性別詐欺……あれだけ力を持っているんだ。詐欺要素がなければ協力をしないこともないんだがな」


 サイキックとしては認めようとも、よく思ってないのは確かなようだ。


「なぁ、健。圭斗の彼女ってどんなん?」


 シリアスな空気の中、清心が言う。真面目な話ができない男である。


「聞いたことないけど……」

「後輩なんだろ? オカ研の」

「女子は冥加先輩しかいないけど……」

「それだ! あいつ、しょっちゅうメールしたり、彼女から貰ったっていうブレスレット付けてたり……あのリア充め!」


 メールもブレスレットも全く心当たりがないわけではない。彼女は彼と連絡を取っていた様子であり、ブレスレットと言えば海里も持っていた。


「付き合ってないと思うけど」

「くそくそ、イケメンめ! 爆発しろ!」


 そもそも、璃沙には両想いらしい相手がいる。圭斗にその気があっても、彼だけでなく光明や星河、海里、誰の想いにも彼女は応えないのだろう。健心であっても言うまでもない。あれは淡い恋を予感させる運命の出会いなどではなかった。初めから苦さしかない。

 更紗にしてもそうだ。璃沙がダメならと半ば自棄になっていたが、彼女に利用されるわけにはいかない。それでも構わないとは思えない。彼女はライフワークのために何でもする。あんなもののために、たとえ、誰かを傷付けようと構わないのだ。誰にも迷惑をかけないなら良いが、健心を女の武器で惑わして情報を聞き出そうとまでする。オカ研の面々がされたことが嘘とは思えない。自分もそうなってしまうのだと感じている。

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