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悪魔は狼を従える

 誰か暴れているのか、そんな音だった。


「イヤーッ! 臭い、臭い! 獣臭い!」


 尋常ではない叫び声は更紗のものだろう。


「犬、化け犬がぁっ!」

「悪霊退散! ぎゃーっ!」


 いくつかの声が混じり、どうやら彼らは廊下に飛び出したようだった。


「ったく……狼だっての。化け犬とか、どういう神経してんだ?」


 ケラケラと圭斗は笑っている。指を鳴らしただけにしか見えないが、健心達には見えないところで確実に嫌がらせをしているのだ。


「七不思議の一つ、新聞部の部室に出る動物霊、です」

「ゴシップ好きのハイエナどもに灸を添えるのも偉大なる先輩の役目だろ?」

「圭斗先輩、大好き!」


 すっかり海里の機嫌は直ったようだが、言われた圭斗の方は複雑そうな顔だ。

 いくら可愛らしい声を出しても、男臭さがなくても、男なのだ。


「それ、璃沙に言われると嬉しいんだけどな」

「いくら圭斗先輩でも言いませんよ」


 璃沙はあっさりと拒否して、菓子をとる。


「まあ、俺でも自称お前の男が怖いからなー。冗談だよ、じょーだん」


 奏人のことを考えると気が重くなる。自称と付ける点、圭斗は他よりましな方だ。

 空気を読んでいるとも言える。同じ状況に追い込まれているからこそかもしれない。しかしながら、圭斗がサイキックである点では全く同じではない。


「見えないと思いますけど、圭斗先輩の眷属の狼です」


 廊下が静かになったと思えば足下に手を伸ばして海里が言う。

 狼がいて、撫でているらしい。


「そ、俺の使い魔ってとこ。大変ありがたい存在なんだけどな。あいつらには見えるらしいんだよな。ここに見たくても見えねぇやつらがいるってのに」


 隣に霊感集団がいるということなのかは定かではない。しかし、見えているらしいのだ。


「ちなみに、新聞部の部室限定ポルターガイスト、って言うのもあるんですよ」

「あれは、今は亡き顧問様の仕業だって」


 さらりと言って圭斗は笑う。かつてオカ研の顧問であった九鬼という教師は璃沙達が入った年には離任していた。決してお亡くなりにはなっていない。


「新聞部の部室から怪しげな声が聞こえるとか、七不思議のほとんどがこの辺りで起きてるのよね。種も仕掛けもあるの。だって、ねぇ?」


 だから、つまらないと星河は言ったのだ。海里の家庭教師や圭斗の眷属といった霊感絡みのものもあれば、人為的なものもある。

 今のオカ研が関与したものばかりではない。圭斗の時代から既にあったのだ。まだ隣が新聞部や文芸部でなかった頃から曰く付きである。


「つーか、元凶はあいつらだろ」

「新聞部だけならまだいい。問題は彼女、あれは腐った果実だ。あっと言う間に周りを腐らせてしまった」


 皆、隣人達を嫌っている。けれど、悪いのは全て更紗だ。彼女さえいなければこんなことにはならなかった。


「あいつら、ゾンビみたいだからなぁ……俺、アンデッドは専門外っつーか、いてたまるかっつーか……幽霊だったら、可愛い後輩のために周囲の非難覚悟で強制除霊っつー暴挙に出るのも一つの手だと思うんだけどな」


 悪霊より質が悪いものである。

 ふと、海里が顔を上げ、じっと圭斗の方を見る。


「圭斗先輩」

「ん?」

「自分の墓の穴を掘らない形であの人達呪えませんかね?」


 彼は真剣なのだろう。怖い海里に戻ってしまった。

 圭斗は困ったように頭を掻く。


「……無理だな」

「無理ですか」


 考える素振りを見せた後に圭斗は答えたが、海里は不服なようだ。無理だと彼もわかっているはずなのに。いくら圭斗がオカ研再興を阻止していながら後輩思いだとしても。


「お前だってわかってるだろ? あの神木が無理だったんだから、どうにもできねぇ。敢えて言うならお前らが、あいつらより期待される将来有望な生徒になることだ」

「そうだ。あの神木がオカ研を存続させることで精一杯と言うくらいだからな」


 圭斗の言葉に、あれほど彼を敵視していた光明が頷く。


「しかも、あたしに散々接待させて、無理矢理動かしてそれが限界だものね」

「お隣の新聞部と文芸部は厄介なんです。あいつらが問題起こしても、こっちの方が悪いって言われるんですよ。被害者なのに、僕達印象悪いですからね。贔屓ですよ、贔屓」


 オカ研には長い戦いがあった。圭斗との攻防が一年、それは璃沙にとっては楽しい時だった。オカ研再興に燃えていた光明には言えないが。

 だが、去年、更紗が入ってきて状況はもっと厄介なものとなった。光明も圭斗の差し金でないかと疑ったくらいだ。

 何度も被害を受けて、言い分が一切通らなかった。中には犯罪に近しいこともあったというのに、誰も璃沙達を信じなかった。


「でも、それは俺のせいじゃねぇからな」


 何でも自分のせいにされたくはないと言わんばかりの圭斗もまた品行方正な生徒ではなかっただろう。在学時は髪を今よりも明るいオレンジに染め、《魔界王子》の異名を得ていたのだから。

 尤も、彼が何かをしたというわけではなく、部を守るために敢えて悪い噂を自ら立てるという風習が旧オカ研にはあったらしい。


「家柄良し頭良し外向きの素行良しで何でも許される理不尽があってたまるか……!」

「猫被ってるっつーのに、誰も信じねぇからな」

「あれ、小悪魔じゃすまないわよ」

「新聞部とそこに寄生を始めた文芸部の人間はやたら教師受けがいいんですよ」


 一同は口々に不満を漏らす。持って生まれたものが違うことで皆虐げられている。

 自業自得と思われる部分もあるかもしれないが、それでも更紗は厄介だった。


「奴らの悪行と言えば、盗撮、盗聴、部室への侵入、それからあれか」


 そこで圭斗は言葉を止めた。


「璃沙、海里、お前らが一番被害受けてるわけだが、言っていいのか?」


 圭斗の視線を受けて、璃沙は海里と顔を見合わせる。溜息が零れた。


「どうせ、その内バレますから」


 隠したところで無駄だ。隠し通せるとは思えない。自分はまだ大丈夫なのだ。海里の方がダメージが大きい。


「健心君にもあの汚らわしい本もどきを押し付けてくるに決まっていますよ」

「け、汚らわしい本もどき……?」

「まさか、もう貰いました? 貰ったなら、即燃やしましょう」


 もし、この場にその汚らわしい本があるならば、海里は本当に燃やすだろう。


「隣の部室にはテロリストがいるくらいに思っておきなさいよ。ちなみに、あんたの今の立ち位置は人質又は内通者」


 少し大げさかもしれないが、それくらいの心構えの方がいい。この先何が起きるかわからないのだから。

 更紗が企てることは璃沙には到底理解できないものだった。


「まあ、散々利用されてポイだろうなー。美空なんか一番信用できねぇからな。俺も来る度、誘惑されたぜ?」


 笑い飛ばす圭斗は部外者だからなのかもしれない。

 彼は卒業後も数度、璃沙達の前に顔を出した。更紗と会ったのも数度である。


「あの女だけはマジで許せねぇな。俺は資料と称して散々盗撮されたんだ」


 星河が苛立たしげに吐き出した。被害としてはまだ軽い方である。


「ご自慢の肉体を誉められて、その内気持ち良くなっちゃったんじゃないの? 露出狂」

「んなわけねぇだろ、それを言うなら、光明の方だ。服の上からベタベタ触られて鼻の下伸びてたしな」


 星河が悠々とジュースを飲んでいた光明を指さした。


「なっ、何を言うか! 断じてそんなことはない!」

「それだけなら、まだいい方ですよ。僕なんか、拉致されて押し倒されましたからねぇ。しかも、手足縛られて写真も撮られて、泣き顔ほしいからって催涙スプレー使われてとんでもない屈辱ですよ。ほんと、あいつら墓穴に突き落として生き埋めにしてやりたいです」


 むすっとしながら海里は言うが、言っていることは不穏だ。校内で起きていいはずがないことだが、更紗の罪を訴えることは誰にもできなかった。

 それは海里の傷である。だから、璃沙の口からは言えなかった。


「それは副部長の方も関与してるだろ? お前の総受け至上主義の」

「何でエロ本のネタにされた挙げ句に実際に貞操の危機に晒されなきゃいけないんですか」

「え、えろ……ほん?」


 あまりにさらりと海里は言うが、健心は理解が追い付かない様子である。


「文芸部の奴ら、俺らを使ってエロ小説を書いてやがんだよ」

「で、その資料やネタ集めのためなら何でもやる。新聞部を利用してでもな。ちなみに、俺は美空にズボン脱がされそうになったことがあるし、凄い勢いでシャツのボタン外されたこともあるぜ? 才能の無駄遣いってああいうの、言うんだろうな」


 星河と圭斗は言う。どちらも不良として認識され、信用はされていない。しかし、二人とも他人を貶めるような嘘は吐かない。


「新聞部は他人の不幸は蜜の味と思っているからな……毎回、餌食になる冥加君には同情する」


 光明は言うが、本当に同情しているかは怪しいものだと璃沙は思う。そもそも、彼は璃沙を利用するためにオカ研に引き込んだのだ。

 そして、ちらりと健心が視線を向けてきたことに璃沙は気付いていた。何を考えているかも察しがついてしまう。

 けれど、海里が被害を告白したところで璃沙もまた自分から事細かに話すつもりはない。


「いたっ!」


 突然、健心が声をあげた。


「テラ君、今、けしからんこと考えませんでした?」


 海里は笑顔だが、その手は健心の脇腹に突き刺さり、足はしっかりと健心の足を踏み付けている。


「あたしも今邪念感じた」


 璃沙はクルリとペンを回してみせる。それが凶器であることはもう学習したはずだ。


「い、いえ、あの……」


 健心は顔を青くしてどう弁明するか必死に考えているようだ。

 璃沙も彼を傷付けるつもりはないのだが、そこで圭斗がパンパンと手を叩いた。


「楽しい話の途中で悪いが、そろそろ真面目な話をしようか」


 楽しくないというツッコミはなかった。

 皆、すぐに真剣な顔に切り替わる。戸惑いを見せるのは健心だけだ。

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