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第8話 インド洋夜間砲撃戦・後編

――― ウォースパイト ―――

 

 

「担架だ、担架を持って来い!!」

 

「左舷注水、船を立て直せ!!」

 

 『リヴェンジ』と『ネルソン』を撃破された東洋艦隊であったが、『扶桑』を撃破した旗艦『ウォースパイト』は艦影が変わる程の近代換装を受け、更に世界最大の砲撃戦シェトランド海戦での大功労艦である『クイーン・エリザベス』級(余談ながら『クイーン・エリザベス』級は現在『ウォースパイト』を砲撃している『長門』級戦艦の参考になったと言われているので今の現象は皮肉であるが)の一隻としての誇りから更に『山城』を後退させると言う見事な孤軍奮闘振りを見せていた。

 

「消火作業はどうなっている!?」

 

「駄目です!! バルブが変形したらしく消火装置が動かないそうです!」

 

「第二主砲より緊急報告!!

弾火薬庫の温度上昇、注水許可を求めています!」

 

「許可する、注水急げ!!」

 

…最も流石に連続しての一対三の戦いに無理があり、追い込まれ始めていた。

 現に『ウォースパイト』は甲板の間近迄海面が迫る位に船体を沈ませていた。

 

「味方の水雷戦隊はどうなっている!?」

 

「駄目です!! 敗走した模様です!」

 

 しかも水雷戦隊の敗退したとなった以上最早勝率は零に近かった。

 

「……謀られたか…」

 

「…長官?」

 

「チャーチル卿の指示通りに決戦を挑まず、退却していれば……少なくとも『コンゴウ』級の追撃部隊は撃退出来た筈だ…」

 

 自身の戦略ミスを悔やんで下唇を噛んでいるソマービルの心情を表す様に『長門』の砲撃が直撃して『ウォースパイト』が激しく揺れた。

 

「……私は又しても祖国大英帝国に悪影響を及ぼす事をしてしまった…」

 

 そんなソマービルに参謀達は誰も言葉を掛けれないでいた。

 

「長官、右舷機関室がやられました!」

 

「……そうか」

 

 艦長から『ウォースパイト』に死の宣告が告げられた事を聞いたソマービルは静かに答えた。

 暫くして…

 

「…艦長、軍艦旗を降ろせ。

それと駆逐艦を何隻かを本艦に着けろ」

 

「っ! 長官、それは!!」

 

…ソマービルの言葉が意味する事を察して艦橋にいる者達全てが彼に振り向いた。

 

「総員退艦令を発令する。

君達も早く行きたまえ」

 

「長官は、長官はどうなさるのです!?」

 

「私は此の船に残る」

 

 簡単に推測出来た事と言え、ソマービルの返事に絶句した。

 

「いけません!

生きて再び再起を図って下さい!」

 

「それはもう無理だ。

メルセルケビルに続いて今回の大敗だ。

チャーチル卿に迷惑を掛けたくない」

 

「ですが…」

 

「私の名誉を重んじたいのであれば私に大英帝国海軍軍人としての最後を迎えさせてくれ」

 

 ソマービルの懇願に近い言葉に全員が黙り、事実上暗黙の了解となった。

 

「…最後に全員、ご苦労であった」

 

 ソマービルは部下達に労いの言葉を放った後、見事な敬礼した。

 

「…我々もお供をさせて下さい!」

 

「…No.Thank you」

 

 偶然だが先代の東洋艦隊司令官トム・フィリップと同じ最後の言葉を放った後、ソマービルは死に場所へと向って行った…

 そのソマービルに部下達は答礼した後、直ぐに退艦の準備に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――― 同・司令長官室 ―――

 

 

 総員退艦を知らせるアナウンスと警報が鳴り響く中、ソマービルは自室に辿り着いた。

 そして扉を開けると…

 

「御待ちしていました」

 

…普通に考えたらいる筈が無い家政婦(しかも全身傷だらけ)が頭を下げてソマービルを出迎えた。

 ソマービルもその家政婦に微笑みながら入室して鍵を閉めた。

 そしてソマービルは家政婦の近くの椅子に近付き、家政婦が引いてソマービルに向けたその椅子に座った。

 ソマービルは着席するとほぼ同時に大きく息を吐いて…

 

「……すまん。

君を此の様にしてしまって…」

 

…深々と頭を下げながら家政婦に謝罪した。

 

「いえ、貴方は精一杯戦ってくれました。

正直勝てなかった事は悔しいですけど運命だと思っています。

“剣に生き、剣に倒れる”……それが私達の宿命ですから…」

 

 だが当の本人は笑って許した。

 だがソマービル達が負けた事より最後の部分に何処か悲しさが出ていた。

 

「…そうか」

 

 ソマービルも何かを察したのか、何も聞こうとしなかった。

 家政婦はソマービルにもう一度微笑んだ後、机の上に用意していた紅茶セットを取り出した。

 

「…こんな状況ですので少し雑にしてしまいましたが」

 

「おお、紅茶か!」

 

 家政婦の言葉に間違いは無く、実際にティーポットからうっすら湯気が上っていた。

 勿論、紅茶を飲むには最高の状態であった。

 

「……そう言えば今朝から今迄飲んでいなかったな…」

 

…あんまり誇らしいとは思えないが、世界一紅茶を愛する英国人でありながら日本艦隊の襲来からのドタバタで全く紅茶を飲んでいなかった事を気にしていなかった自分自身にソマービルは失笑した。

 

「でしたら此で悔いはありませんよね」

 

「ああ、そうだ」

 

 ソマービルにティーカップを手渡した家政婦はそのティーカップに静かに紅茶を注いだ。

 そしてソマービルはティーカップの紅茶の香りを嗅いだ後、一口飲んだ。

 

「……ああ、旨い」

 

 ソマービルが満足そうな表情を浮べた直後、『阿武隈』率いる第一水雷戦隊からの雷撃が複数直撃した『ウォースパイト』が急に大きく傾く同時に家政婦が吐血したと思ったら今回は『ウォースパイト』が反対側に急激に傾き始めた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――― 長門 ―――

 

 

「敵三番艦、転覆します!」

 

「……そうか…」

 

 見張り員から『ウォースパイト』の最後を自身も双眼鏡越しに見ながら報告を聞いた高須は静かに一言を述べた。

 

「他のイギリス艦艇はどうしている?」

 

「戦闘を打ち切って退却していきます」

 

「…撃ち方止め、全艦に集合令も出せ」

 

「了解! 撃ち方止め!!」

 

 戦闘を終わらせた高須は部下達が戦闘終了を各艦に伝え始める中、炎上しながら横倒しになって赤い船底を見せている『ウォースパイト』に静かに敬礼した。

 その直後、『ウォースパイト』の艦首が急に持ち上がったと思ったら、敵ながら見事な粘りを見せていたと思えない程に一気に海面下へ沈んでいった。

 高須の目にはそれは『ウォースパイト』が自分達に惨めな姿を曝すのを拒むかの様に見えた。

 

「……『扶桑』と『山城』はどうなっている?」

 

「はっ! 『山城』は損傷が酷く、巡洋速度が出せないそうです」

 

 元々『山城』は『リヴェンジ』との砲戦でかなりの手傷を負っていた上に『ウォースパイト』に艦首を破壊された為に終盤に戦線から離脱していた。

 

「…ですが駆逐艦からの手助けもあって、鎮火に成功した上に微速後進なら航行可能だそうです」

 

 『山城』の現状に高須達は取り敢えず安堵の息を吐いたが…

 

「ですが『扶桑』は火災が酷く誘爆の危険性がある為、先程総員退艦令が出されました」

 

…事実上の『扶桑』の損失に表情が曇った。

 

「やはり荷が重かったか…」

 

 元々『扶桑』級は36cm連装砲を船体に均等に配備して薄く広範囲にしていた『ネルソン』以降の近代戦艦の集中防御思想とは真逆の装甲配備であった為に防御能力に疑問が感じられていた上、彼女達の竣工後に起こったシェトランド海戦で問題が発覚した装甲配備を改善出来なかった事から失敗作の烙印を押されていた為、『扶桑』の損失には残念そうではあったが余り驚きが感じられなかった。

 因みに此の装甲配備は次級である『伊勢』級は抜本ではないがある程度改善され、更にその次級である此の『長門』級で要約完全改善が出来ていた。

 勿論、新造戦艦も此の手の問題は全く無かった……多分(オイ!)

 

「また南雲提督から敵『イラストリアス』級空母を大破、護衛艦群を多数撃破するも旗艦『比叡』が艦首に被雷した性で混乱が生じて『イラストリアス』級を取り逃がしたそうです」

 

 更に南雲からの通信で全員がシュンとなった。

 

「…完全勝利にはいかなかったが、勝った事には変わりないのだから今回は此で良しとしよう」

 

 大きな溜め息をついたが高須が場を締めた。

 

「南雲は此からどうするか分かるか?」

 

「旗艦を『金剛』に移して次の作戦行動を起こすそうです」

 

「ほぉ、南雲はやる気だな」

 

 イギリス東洋艦隊の脅威が無くなった為、当初は断念する予定であった行動を起こす事を決めた南雲に高須は感心していた。

 

「ですので南雲提督は我々に『比叡』以下の損傷艦艇の受け入れを求めています」

 

「司令長官、どうします?」

 

 南雲の求めに高須は少し思案していた。

 

「……分かった。 受け入れてやろう。

南雲には空母部隊と小沢と合流を急ぐ様に伝えろ」

 

 高須に「了解!」と返事をしながら敬礼した伝令は直ぐに通信室へと走って行った。

 

「……厄介ですね。 結果的に我々にも次の作戦行動をやらなくてはいけませんのに…」

 

「仕方あるまい。 南雲のは下手をしたら艦隊壊滅の危険性があるのだからな。

速度が低下している艦艇を抱えられないからな」

 

 参謀の一人が思わず南雲に愚痴を零したが高須がそれを戒めた。

 

「それよりも我々も次の作戦行動に移るぞ」

 

「旗艦はどうします?

念の為に無傷の『陸奥』に移した方が宜しいのでは?」

 

「否、別に致命傷を受けた訳では無いから、このまま『長門』でいく」

 

 旗艦変更を意見した参謀に高須は苦笑しながら却下した。

 

「…司令長官、全艦集合しました!」

 

「では此より南雲の損傷艦艇と合流を目指す!

その後我々は次の作戦行動に移るぞ!」

 

 高須に参謀達が一斉に「了解!」と返事をして直ちに夫々の職務に着いた。

 その後、第一艦隊は無事に『比叡』以下の損傷艦艇と合流、『伊勢』以下の別動部隊とも合流して既に第一航空艦隊によって壊滅的打撃を受けたコロンボ島へと向った。

 そしてその第一航空艦隊も退避していた空母部隊と第一南遣艦隊と合流し、作戦通りに西に向って行動を開始した。


 

 

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