第7話 インド洋夜間砲撃戦・中編
――― 戦艦『長門』 ―――
「よーし、明らかに戸惑いを見せているな」
東洋艦隊が何処か戸惑いを感じさせる動きを見せている光景を第一艦隊司令官・高須四郎大将は『長門』の夜戦艦橋でほくそ笑んでいた。
「GF(連合艦隊司令部)の土壇場での出撃命令には正直戸惑いましたが、結果的には良かったですね」
「ああ、戦力が中途半端だがな」
参謀の言葉に高須も少し文句を言いながらも同感の意を示した。
実は第一艦隊は当初インド洋方面への出撃は全くなかったのだが、イギリスが『ネルソン』級二隻を東洋艦隊に編入したとの情報が入った為、急遽出撃が下ったのだった。
最も高須の言葉にもあった様に此の出撃令は軍令部が反対した性で昨年の“八月”に“長崎”で竣工した新造戦艦は連合艦隊旗艦として瀬戸内海で留守番となっていた。
まぁ、それでもビッグセブン中最良艦である『長門』級戦艦二隻を筆頭にした大水上打撃戦力に変わりはないのだが…
只、此の結果に新造戦艦は“海上ホテル”と暫く陰口を言われるのだが…
「まぁ、アレが出撃出来なかったのは惜しいがまだまだ編成途上だと聞いたから我々が変に期待してしくじらない様にとの配慮もあると思うがな」
「……?」
高須の苦笑しながらの呟きを理解出来なかったのか参謀達(中には気付いていない)が首を傾げた。
「水雷戦隊と巡洋艦はどうなっている?」
「…イギリスの護衛部隊と戦闘中です。
どうもてこずっている様で敵戦艦部隊への雷撃は暫くは無理そうです」
「…流石は我が海軍の師匠分だと言う事か。
友邦ドイツの『ビスマルク』を撃退した事もあるしな」
味方の苦戦の報告に流石に高須も歯ぎしりしていた。
「それで高須司令官、我々はどうします?」
「……当艦と『陸奥』は共同で『ネルソン』級を砲撃する。
『山城』と『扶桑』は射程に入りしだい敵二番艦、三番艦を夫々砲撃する様に伝達」
部下が「了解!」と返事をした。
そして暫くして射程に入った『山城』と『扶桑』が『リヴェンジ』と『ウォースパイト』を夫々狙って砲撃を開始して少しして…
「当艦、挟叉しました!
次弾より一斉射撃に移行します」
「…『陸奥』は?」
「…まだです。
只、『山城』が斉射に移行しました……っ!
今、『山城』が直撃弾を得ました!」
夜間とは言え、先の連合艦隊旗艦であった『長門』と、その先々代の旗艦であると同時に『長門』の換装時に代わりの旗艦を務めていた『山城』は四隻中で抜群の成績を出していた。
またイギリス側も接近して負けずに砲撃を開始し、『ネルソン』まだであったが『リヴェンジ』と旗艦『ウォースパイト』はレーダーに物を言わせて早くも一斉射撃に移行していた。
…で肝心の『長門』と『陸奥』はと言うと……
「…うう……しぶとい」
…『陸奥』の砲撃が四隻中で最も悪く、要約第十射目で要約一斉射撃に移行した事もあってか、『ネルソン』一隻にてこずっていた。
只、『ネルソン』も『長門』の砲撃でレーダーが壊れた為にコチラも褒められたものでなかったが…
最も『ネルソン』がその独特の主砲配置から出来た世界に衝撃を与えた主砲火薬庫等の重要ヶ所を狭いヶ所に集めて分厚い装甲で覆う“集中防御思想”……機関室や火薬庫等の艦の重要部分を狭い範囲に収め、そこを分厚い装甲で覆った構造が遺憾なく発揮して『長門』の砲撃から未だに致命傷を負っていなかった。
だからこそ、『ネルソン』に衝撃を受けた各国(ドイツの様な例外がいるが)は『ネルソン』の構造を夫々に研究・発展させて新造戦艦に取り入れていた。
勿論、日本も例外ではなく、新造戦艦も当初の設計案の一つは『ネルソン』にそっくりな物があったが、此の案は巨体になりすぎると言う理由で廃案となっていたが、構造そのものはしっかり取り入れられていた。
話を戻して、『長門』と『陸奥』が『ネルソン』一隻にグズグズしている間に東洋艦隊に一万五千に接近して同航戦に持ち込まれた上に『リヴェンジ』相手に比較的優位に進めている『山城』は兎も角、『扶桑』が『ウォースパイト』に押されており、火災を起こしていた。
しかも…
「…っ!」
「やられた!」
…遂に『ネルソン』の砲撃が『長門』を捉えた。
「艦尾カタパルト付近に被弾!
火災が発生しました!」
「早く火を消せ!!
『長門』の動きを教えている様なものだぞ!」
しかも悪い事に被弾は此の一発だけだったが火災が発生して『長門』が闇夜に浮かび上がった。
だが此の被弾で高須が開き直って…
「…艦長、『ネルソン』級に探照灯を投射しろ」
「否、あの、しかし…」
高須の命令に参謀達が一斉に振り向いた。
「出来る筈だろう。
幸いイギリス艦隊が接近してくれたから、ギリギリ探照灯の有効射程に入っている筈だ」
「ですが、今探照灯を投射すれば『長門』が…」
高須の言う通りに探照灯を投射すれば確かに命中率を格段に上げる事は出来るのだが、その代償に完全に『長門』の位置が分かる為に十字砲火を受ける危険性があった。
「構わん、どうせ『ネルソン』級は『長門』を捉えている」
高須の言葉を証明する様に一斉射撃に変更した『ネルソン』の砲撃の九発の内の二発がいずれも装甲が弾いたが『長門』に直撃した。
「…分かりました」
そして高須の指示通りに『長門』が探照灯を投射した。
そしてその結果、『長門』が『ネルソン』の砲撃を更に十五発も被弾したが探照灯の影響で『陸奥』の射撃精度が劇的に向上した為、『ネルソン』に滅多撃ちにした。
そして『長門』が探照灯を照射してから数分後、『ネルソン』は艦全体を炎上させながら右に大傾斜を起こしていた。
そして甲板が海面に接する程傾斜した『ネルソン』はどう考えても助かる見込みは無かった。
「…勝ったな」
「はい、ですが『長門』も中破しました」
やはりと言うべきか、探照灯の影響で『長門』は左舷がズタズタになっていた。
最も『長門』が元から秀でた防御力を持っていた上に近代換装でより強靱化していた為、致命傷を負っていなかった。
何せ『長門』級の一部の装甲は、何と最新鋭戦艦の物より分厚く格上の46cm砲弾さえ跳ね返す事さえ出来るのだ!
「…当艦は兎も角、『山城』と『扶桑』はどうなった?」
「…『山城』は主砲を二基失い、更に速度が半減しましたが敵二番艦を撃破しました!」
『山城』の勝利に参謀達が控え目とは言え、歓声が上がったが……その直後に爆発音が響いた。
そして…
「……大変です! 『扶桑』がやられました!!」
一変して顔色が変わった高須達は『長門』の夜戦艦橋からだと見え難かったが、後方の『扶桑』を向いたらその『扶桑』が炎上しながら艦隊から落後していた。
しかも『扶桑』は独特の細長い艦橋が完全に損失していた。
「…あれではもう駄目だ。
残念だが『扶桑』は助からん…」
先手を取られた『扶桑』は何とか盛り返そうとしていたが、『ウォースパイト』の一発が艦橋の根元に直撃して艦長以下の主要員諸共、へし折れて海没したのだった。
元々日本戦艦の艦橋は世界的にも細長いのだが、その中でも『扶桑』級は群を抜いていた為に強度に問題を抱えていたが、それが今最悪の形で現れたていた。
しかも『扶桑』は当初から火災を起こしていた事も損害を悪化させる要因になっている様であった。
だが残念だが戦闘が続いている以上、『扶桑』の現状を嘆く暇はなく、現にその『扶桑』を撃破した『ウォースパイト』は『長門』へ砲撃を開始していた。
「…駆逐艦の一部を『扶桑』に向かわせろ」
「はい」
「直ちに当艦と『陸奥』で敵三番艦を砲撃します」
「『山城』はどうします?」
「速度が半減している以上、戦線を離脱させる
『扶桑』に続けてやられたらかなわんからな」
高須の最もと思える指示を微笑しながら参謀達も賛同したが…
「報告します! 『山城』が敵三番艦へ砲撃を開始しました!」
…高須達の不安を払拭するかの様に指示を受け取る前に『山城』が三隻中、真っ先に砲撃を開始した。
そんな『山城』に高須達は呆れていた。
「やれやれ…」
「どうします?」
「このまま『山城』にやらせよう」
姉艦の仇を取ろうとしている『山城』を買って高須は先の指示を撤回した。
実際問題『山城』は少なくとも高須達が見ている範囲、又イマイチな砲撃を繰り返している『陸奥』より遥かに優秀な砲撃をしていた。
「…ああ、それと当艦と『陸奥』の速度を落とせ」
「速度を…ですか?」
「『山城』の歩調に合わせてやるんだよ」
「あ、はい!!」
高須の指示を理解した部下は直ぐに実行しようと動いた。
「…勝ちますね」
「ああ、だが油断は出来ないぞ」
間も無く、砲撃戦も日本の勝利との形で終わろうとしていた。
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「…ああ……早くも沈んでしまうなんて…不幸だわ…」
…うん?