第2話 明暗の双空母
南雲艦隊が第三次攻撃隊を発進させるか帰還につくかで揉めていた時、此の奇襲攻撃から夫々に運良く逃れていた航空母艦が二隻、『レキシントン』と『エンタープライズ』がいた。
――― 空母『レキシントン』 ―――
此の時、『レキシントン』は日米開戦が近いと感じた太平洋艦隊司令官キンメルの命令で護衛の駆逐艦二隻と共にウェーキ島に戦闘機輸送任務を終えてハワイへ帰還途中、そのハワイから南西の遥か沖合で日本艦隊から真珠湾と太平洋艦隊が奇襲攻撃を受けて壊滅状態であるとの一報を、しかも平文であったそれを知ったのだった。
そして真珠湾及びその周辺海域に偵察機を放った後、此の艦隊を指揮するニュートン提督以下の司令部も南雲艦隊と同様に今後の艦隊運用の事で揉めていたのだった。
「…ええい! 太平洋艦隊司令部とは…キンメル長官とはまだ繋がらないのか!!」
…否、むしろ偵察機から真珠湾の惨状が伝えれた事が原因で艦隊参謀の殆どが感情的になっている性か、コチラの方がより揉めている様に感じられていた。
尚、彼等は太平洋艦隊司令部へ必至に通信を繋げようとがんばっていたが残念ながら真珠湾の通信施設の殆どが日本機から攻撃を受けて半ば壊滅しており、無事であった陸軍のもの(海軍のは全滅)も混乱状態に陥っておりどうやっても無理な話であった。
因みに何故か無傷であった太平洋艦隊司令部に誤って味方の機銃弾が撃ち込まれたという報告を受けたキンメルは「その弾に当たって死にたかった…」と呟いた後、自身の大将の階級証を外して人事課に赴いて代わりに少将のものを着けて現れた為に参謀達が愕然とするという出来事があった。
「…しかしジャップの艦隊の予測位置は分かったんだろ」
「はい、偵察機が偵察機が通信が途絶前に敵の攻撃隊の帰還方向を報告してきましたので。
ですが方角は分かりましたが日本機の航続距離が不明なので正確には……」
「だったら直ぐに別の偵察機を向かわせれば良いだろ!」
「…偵察機を向かわせてどうするのです?」
航空参謀は嫌な予感を感じていた様であった。
「攻撃するに決っているだろう!!
戦艦部隊の仇を我々で討つんだよ!」
此の感情むき出しの参謀の発言に航空参謀が「ええ!!」という表情をした。
「…正気ですか?
此の船を現状を理解しての発言ですか?」
実は今の『レキシントン』は通常の戦力を持ち合わせていなかった。
というのも先述のウェーキ島への航空機を送り届けた後の為、本来此の船が持つ航空戦力が半減していたのだった。
米空母は露天繋留を常時を行う為に尚更であったのだ。
因みに日本空母は台風が頻繁に来る性でか基本的には露天繋留をしない。
ましてや真珠湾を攻撃している日本側は明らかに複数の空母を中心として運用された大艦隊のに対して『レキシントン』はほぼ単艦…どう考えても無謀であった。
「では君は指を咥えて此のままでいろというのか!」
「今の状態での攻撃は自殺と同じであります!」
「だったらミッドウェーに向っている『エンタープライズ』と合流すればまだ勝機はある!」
「『エンタープライズ』も此の船と似た様な状態です!」
…とまぁ、こんな状態で揉めに揉めていたのだった……よく殴り合いの喧嘩をしなかったな君達
…で結局はニュートンの決断を迫る事になった。
「…取り敢えず『エンタープライズ』と合流しよう。
何より『エンタープライズ』にはハルゼー提督が乗っているしな」
結局は合流を目指そうとしようとしていたが…
「北東に未確認機発見!
コチラに接近しています」
「…北東?」
「予測では日本艦隊は北にいる筈だったよな?」
此の未確認機に来訪した方角もあって戸惑いが感じ取れた。
「兎も角、予備のF4Fを発進させて確認を取らせます」
その数刻後、彼等にとって信じられない報告が届いた。
「不明機は日本機だと!?」
「しかも速すぎて捕捉出来ない!?」
実際に彼等も双眼鏡で確認したが確かに接近機には日本機の証である赤丸が書かれており、F4Fを何処か嘲笑うかの様に振り回していた。
勿論、その間に日本機が無線を放っている事も確認された。
「ニュートン司令…」
「…全機スクランブル!
日本の攻撃に備えろ!
それと『エンタープライズ』に救援要請!」
部下達が一斉に「了解!」と返事をして直ぐに動き出した。
そして数刻後、取り敢えず日本の攻撃隊が来る前に何とか迎撃の準備を出来た。
「…ハルゼー提督の猛訓練も無駄では無かったという事だな……」
此の結果にニュートン以下の司令部の面々は取り敢えず安堵していたのだが…
「…た…大変です!!
三時の方角から大編隊を確認!!」
「…三時……東だと!?」
此の報告に完全に愕然としていた。
彼等は北方に日本艦隊がいると予測して(実際に存在していた)戦闘機隊を北で警戒線を張っていたので東側からの接近は完全に寝耳に水であった。
最も少数ながら此の艦隊の周囲に存在していた上に直ぐに無線で呼び戻しを行っていたが多数の敵戦闘機に瞬く間に殲滅され、しかも慌てて戻ってきた戦闘機隊も各個に次々に撃ち落とされていた。
それに反して日本の攻撃隊完全に後手に回って醜態をさらしている戦闘機隊を気にする事無く敵ながら惚れ惚れする様な完璧な動きで攻撃体制に入っていた。
勿論、真っ先にその標的になっていたのは『レキシントン』であった。
迎え撃つ『レキシントン』とその護衛駆逐艦隊も直ぐに対空砲火を撃ち始めたが、どれも素早くしかも常識外れ(彼等から見て)な日本機の動きに翻弄されて明後日の方向で炸裂していた。
そして…
「真上に敵急降下爆撃機!!」
「…回避運動!!」
見張り員の悲鳴じみた報告に直ぐに舵をきった『レキシントン』であったが…
「敵機、爆弾を投下!
直撃します!!」
…数秒後、『レキシントン』は被弾して派手な火柱が上がった!
しかも此の一撃では終わらずに立て続けて五発も直撃していた。
只、元が巡洋戦艦であった頑丈な船体が耐えて、しかも世界最高レベルの応急修理能力で外見上は飛行甲板が火の海になっていたが未だにしぶとく対空砲火を撃ち続けながら航行していた。
だがそこ迄であった…
「て…敵雷撃機多数接近!!」
「回避急げ!」
「…ああ!!
敵機、魚雷投下!!
間に合いません!」
「…馬鹿な……馬鹿なあぁぁ――!!」
此の十数分後、『レキシントン』は護衛駆逐艦共々海面下に没した。
――― 『エンタープライズ』 ―――
所変わって此所はミッドウェー島の南西の沖合。
此の海域を空母『エンタープライズ』は全速力で西進していた。
「…レディ・レックス(『レキシントン』の渾名)が沈んだか……」
そして今、此の船に座乗するハルゼー提督は『レキシントン』の悲報を受け取っていた。
「はい、先程から護衛駆逐艦も通信が途絶していきます事からも…」
此の『エンタープライズ』の行動にはアメリカ空母戦力の理解者であるハルゼーならではの先読みと戦略眼から来ていた。
実は先程迄『エンタープライズ』もまた攻撃か否かで揉めに揉めていた(但し『レキシントン』とは逆でハルゼーが攻撃を主張してそれを参謀達が引き止めていた)が『レキシントン』からの通信から日本艦隊の追撃部隊の存在に気付いて退避する事にしたのだ。
当然ながらそれは『レキシントン』を見捨てる事でもあった。
「…許せ……レディ・レックス……」
本心で言えばハルゼーは現場へ急行させてせめて『レキシントン』の乗組員達を救出しに行きたがっていた。
ましてハルゼーは部下思いで、何より『レキシントン』の妹艦『サラトガ』の艦長を務めていたのだからその思いは尚更であった。
因みに『サラトガ』は現在、西海岸のサンティエゴで換装工事中であったから当然無事であった。
だが残念ながら日本の追撃隊の危険性もあって急行は最早不可能であった。
現にハルゼーは『エンタープライズ』を攻撃圏外のミッドウェー島しかも西の海域に向かわせて最悪の時はミッドウェーの航空隊に援護を求め様としていた。
「しかし『レキシントン』の連中には悪いですが此の船はラッキーでしたね。
それとも悪運が強かったと言うべきでしょうか?」
「…否、ラッキーなんだよ此のビッグE(『エンタープライズ』の渾名)はな」
実を言うと本来ウェーキ島に向うのは此の『エンタープライズ』であったのだが出航直後に暗礁で船底に傷が付いた為に急遽『レキシントン』に代わり『エンタープライズ』は念の為に状態調査後にミッドウェーに向う事になったのであった。
船底の傷が軽症であった事もあって『エンタープライズ』は正に怪我の功名であったが『レキシントン』にとっては悲運としか言えなかった。
実際、此の数日後に哨戒中の潜水艦に乗組員が数十人しか救助されなかった事もあって『レキシントン』は真珠湾の戦艦『アリゾナ』に並ぶ悲劇の艦として後世に認知されていた。
「…しかし、此からどうなるのでしょう……」
参謀の一人が思わずを口に出した不安は此の艦隊の将兵の殆どが感じる事であった。
「簡単な事だ。
只単にジャップを片っ端から海に沈める。
只、それだけだ」
口で言うのは簡単であったがハルゼー本人もそれが前途多段である事を感じ取っていた。
またそれは此の船の艦尾で人知れずに『レキシントン』の沈んだであろう方角を悲しそうに見つめている女性もそうであった。
そして此の物語のもう一つの側面である後世に最強の称号を獲る『エンタープライズ』の長く辛い日々の始まりであった。
感想・御意見お待ちしています。
次回は予定では一気にインド洋海戦迄いきます。