僕と彼女 二
短編二作目。今回は死神の少女と死ぬ定めの少年の恋愛もの。
書いていて思いましたが、ベタです。
これ、シリーズ化したいと思ったり。
ある日の夜。
僕は夢の中で誰かにこう言われた。
『あなたはあと数年で死ぬ運命よ。』
その人が誰だかわからなかったけど、声からして女の人のような気がした。
次の日。いつも通り学校から帰って夕食を食べ、部屋に入った僕を待っていたのは、大きな鎌を持った、僕と背格好が変わらない美少女だった。
「君は誰?」
「私は死神。黒鋼鉄弥。あなたは昨日の夜言われた通り、残りの寿命が数年しかないの。だからそれまで死なないように、貴方のことを守る。」
どうやら、昨日夢の中で言われたことは本当のようだ。まぁ、別にだから驚くわけでもないのだけれど。
僕の反応がかなり新鮮なのか、その子はこう言った。
「怖くないの?あと数年で死ぬのよ?」
僕はいつものような口調で、
「怖いさ。でもいいんだ。これで、やっと家を出れる。」
と言った。そうだ。やっとこれでこの家、この町を出られるんだ。そう思うと、なんだかうれしくなった。
呆気にとられている彼女に、僕は笑顔でこう言った。
「今から準備するから、その間ここでおとなしく待っててね。」
どういう意味なのかと訊かれた気がしたけど、僕はそのまま部屋を飛び出した。
この、狭くて変化のない退屈な街と家から、ようやく抜け出されるという事実に、胸を躍らせながら。
準備はたいして手間取らなかった。前もって準備をしていたし、この日のためにお金を全部残してある。
五分くらいで戻ってきた僕は、不機嫌そうにベッドに座っている彼女に訊いた。
「これから僕が死ぬまで、君は守ってくれるんでしょ?」
その言葉に彼女は頷いてから答えた。
「そうね。あなたが死ぬ寸前まで守るわ。」
そうこなくちゃ。なんて思いながら、僕は「じゃ、行こうか。」と彼女に手を差し伸べた。
「どういう意味?」
僕はこれ以上ないくらい真剣な口調で言った。
「これから僕はできる限り見ていこうと思う。死ぬまでに、行きたい場所を。それはもうリストアップしてあるから、あとはいつ行動するかだったんだ。」
その言葉を聴いた彼女は「ふ~ん」と興味なさそうに答えてから、
「分かったわ。だったら、その旅に同行してあげるわ。」
と、答えてくれた。
これが、僕と彼女の明確な友好関係を築いた時だった。
それから、僕達はヒッチハイクなどをしながら各地を回った。行った場所は、廃墟となりながらも住む人々が暮らす街や、砂漠に飲み込まれ人が住めなくなった場所、他にも、たくさんの景色を見て回った。
最初は何の関心を示さなかった彼女だけど、次第に一緒に喜びを分かち合えるようになった。
その時から僕の気持ちに変化があった。
なぜだか、もっと彼女と一緒にいたいと思ってしまったのだ。それも、色々な場所を回るたびに、その思いを強くなっていく。
もしかすると、僕は彼女に恋をしてしまったのかもしれない。なんて思えるくらいにまで。
そんなある時、彼女は僕はこんな質問をしてきた。
「私が言うのもなんだけど、両親や友達に黙ってこんな事をしていいの?」
僕はトラックの荷台に揺られながら空を見上げ、こう答えた。
「両親は離婚が近づいているから問題ないし、友達らしい友達なんていなかったよ。それに、」
「それに?」
「死ぬ前にはこうして旅をしたかったんだ。行きたいところへ行って、そこがどんなところなのかを見る。まさかこんなに早く叶うとは思わなかったなぁ。君みたいに可愛い人に看取られるオプション付きで。」
その言葉を聴いた彼女はキョトンとした後、急に顔を真っ赤にして黙ってしまった。
そんな顔を可愛いと思ってしまった僕は、彼女に恋をしていると確信してしまった。
あっという間に残りの寿命は三か月となった。
そのことに気付いた僕は、いつ動かなくなっても大丈夫のように、彼女に手紙を書くことにした。
彼女は、上司に連絡するときと風呂に入るとき以外は大抵一緒にいてくれる。なので、彼女のいない間に手紙を書き進めていった。
残り寿命二ヶ月。
僕の下半身は動かなくなってきた。なので、車椅子を使いながら移動したりベッドで寝たきりになったりしながらも、彼女に内緒で手紙を書き続けた。この手が使えなくなるまで、書き続けると思いながら。
ちなみに、僕はいま彼女が借りている部屋にいる。お金は、必要経費だとかで上司に押し付けたそうだ。
あと、最近彼女の態度が変わってきた。前は楽しそうにはしゃいだりしていたのに、今では時折悲しそうな顔をする。
年齢は知らないけど、死神として僕以外にもたくさんの人の死を見てきたのだろうに、どうしてそんな顔をするのか分からなかった。
残り寿命一カ月半。
ようやく手紙を書き終えた。最後の方は墓まで持っていこうと思ったけど、思い切って書いた。その手紙は、いつものようにベッドの近くにある花瓶の乗った机の引き出しになんとか入れた。
彼女の方は悪化した。無理に元気を装うまでになっていた。
僕の方はというと、車椅子で移動することさえできなくなった。医者に診てもらったところ、現代の医学では治せない奇病と言われた。そりゃそうだ。死神が直接的にかかわっているのだから。
じつのところ、もうこの世には未練がない。それなりに楽しく過ごせて満足だし、手紙に、彼女に対する思いも書いた。
だからもう死んでも心残りはないのだけど、なんだかもったいないなぁと思ってしまう自分がいた。
なので、僕は脳が動く間「死」について考えることにした。
死。それは絶対的。すべてに共通する最期。
消えることはあれど、生まれることは決してない、無への誘い。誰も死から逃れられない。
死ぬことはつがなりをも消す。付き合っていた人や友達、伴侶、上司や部下、等々。それらの関係が一切消える。
そこでふと僕は思った。
僕が死んだら、どんなつながりが消えるのだろうかと。そのつながりの消滅が、この世界にどんな影響を及ぼすのかと。
しかしすぐに考えることを止めた。すぐに答えが出てしまったからだ。
つながりが消滅しても、世界は何事もなく回っている。それくらい、世界は冷酷なのだ。
残り寿命三十日。
僕の体が本格的に何らかの病気に侵されてきた。それを見た彼女は、悔しそうに唇をかんで何もしなかった。ただ花の水替えをやって、僕に具合を聴いてきた。
その時に、まだ完全に動かせる口で訊いた。
「ねぇ、死神の間では死ってどういう扱いなの?」
彼女はびくっと肩を揺らしてから答えてくれた。
「……私達の間じゃ、死ぬということはその魂がこの世から消えるってことなの。その魂をあの世へ運ぶのが、私達死神の仕事。」
「そうなんだ。じゃぁ、あの世に運ばれた魂はどうなるの?そこで何かあるの?」
少し突っ込んで聞くと、今度は先ほどより間がありながらも答えてくれた。
「…………そこである程度魂は管理され、それからまたこちらの世界に放たれるわ。ま、死ぬ前とは全く違う人として生きるんだけどね。」
「そうなんだ。ということは、君たちの間じゃ『死=魂の引き継ぎ』みたいな認識なの?」
「…そうよ。」
そして当日の夜。
僕の体調が急激に悪化し、もう死ぬ一歩寸前まで来ていた。
そんな僕を、彼女はただただ泣きそうになりながら見つめていた。スカートの端をキュッと握りしめ、決して泣かないように。
そうやって我慢している彼女を見て、最後の気力を振り絞って僕は口を開いた。
「・・・・そ・・・う・・い・・・え・・・ば・・・・・」
「ダメよっ!それ以上喋っちゃ!!」
彼女は僕の左手を握ってから言った。だけど、僕は止まらなかった。
「…な……ま…え…な…ん………て……い……う……の?」
「な・・・まえ?私の?」
「う・・・ん。き・・・み・・・の…こ…と、な…ま…え……で………よ……ん…で……な」
「シェミヤよ!!シェミヤ=クルナード!!!」
その名前を聴いた瞬間、僕の心はもう満足した。
何も言えぬまま、笑顔も作れずに、僕は永遠の眠りにつくことになった。
・・・・・・・・いままでありがとう、シェミヤ。僕は君のことが―――――――――――――
☆☆☆☆☆☆☆
「鉄弥!鉄弥!!鉄弥!!!嫌だよ死ぬなんて!!」
私は、彼が目を閉じた時に死んだことを悟った。
それで込み上げてきたのは、任務の達成感ではなく、彼が死んだことによる喪失感だった。
思えば、彼は最初から今まであった人たちと違っていた。
今まで会った人たちは、少なからずショックを受けていたり錯乱していた。
なのに、彼は町を出て色々なところへ行きたいとはっきり決めていた。そこには、死ぬ気力ではなく生きる気力があふれていた。
最初は彼の好きなようにさせ、飽きたところで町に戻す計画だった。だけど、それは無理だった。
彼と一緒に行動するにつれ、彼がどんな人なのか深く知ってしまったからだ。
性格や態度、それに、子供っぽい好奇心旺盛な目。
そのどれもが、私にとって驚くべきことだった。普通、死の宣告をされた人たちは、年々勝手に弱っていく。それなのにもかかわらず、彼はあの町にいた時より生き生きしていた。
そんな彼に、私は惹かれていった。理由なんてない。強いてあげるなら、死ぬことを知っているから、その間にやりたいことをやろうとしていたからかな。
だけど彼は私たちの対象。惹かれていくと同時にそのことに挟まれるので、私の気持ちはパンクしそうだった。
だけど、彼の死についての質問に答えた後の、彼が言った一言に、私は救われた気がした。
『そっか。なら、僕の魂もこの世界に戻ってくるんだ。きっと、君とも会えるよ。』
その言葉は私の心の負担を軽くするものだったけど、それでも板挟みは続いた。
そして今日。
彼は本当に死んでしまった。
「うぅ………鉄弥ぁ。ごめんね、ごめんね・・・・・・」
そう言いながら、彼の体が乗っているベッドに顔を伏せて泣き続けた。
その時、彼の魂がフワリと出てきた。
私は、慌てて成仏できるように鎌を持ち、まだ泣きそうになっているのを必死にこらえながら、
「ありがとう。そして、さようなら、私の好きな人。」
と言って鎌を振った。しかし、その魂はそれを避け、花瓶が置いてある机に近寄ってから自分で消えた。
まるで、これで本当に心残りがなく成仏できたように。
彼は、最後まで私に仕事をさせてくれなかった。最初の宣告以外、彼は私の負担を少しでも軽くしてくれるように取り計らってくれた。そこら辺に彼の人間性が見え、私の想いはさらに強くなったけど。
もうこの場にいる必要がなくなったけど、彼の魂が何を伝えたかったのか気になった私は、その机の引き出しを開けた。
そこには、『一緒にいてくれた死神さんへ』と書かれた手紙が置いてあった。
死ぬ三ヶ月前から手紙を書いていた事は知っていた。だけど、それは家族宛であって私宛だとは思わなかった。
私は、その手紙を読んだ。もちろん、その場で、だ。
その手紙は十枚にまでなり、最初はこんな文で書かれていた。
『名前も知らない可愛い死神さんへ
これを読んでいるってことは、僕は死んでいるよね。君は職務を全うできたわけだ。おめでとう。
まぁこんなことを書きたくて書いてるわけじゃないけどね。
この手紙は、僕の本心が書かれているよ。君との出会いから、今まで行った場所での思い出、そして、床に伏している間のこと。
それでいいのなら、続きを読んでね。 』
私は、普通に続きを読んだ。
そこに書かれていたのは本当に、私との出会いから今までの間で、彼が思っていた事だった。
初めて私に出会ってすぐに死の宣告をされた時。その時の彼は、もう死んでもいいと思う反面夢を叶えられると思っていた。本当に叶えたけど。
色々な場所へ行った時。このままこの時間が続くといいなぁと思ってしまったようだ。私も、そう思っていた。
寿命が残り三ヶ月くらいになった時。彼は私に、今までの感謝をこめて手紙を書くことを決めたそうだ。私も、鉄弥に感謝を言いたかった。けど、もう言えない。
最後まで読んだとき、最後の文に目が留まった。
『最後に。本当はこんなことを書きたくないんだけど、自分の気持ちを書くと決めたから、ね。
――――――僕、黒鋼鉄弥は、君のことが好きです。たとえ死んだとしても、君のことを忘れないと思います。そして、僕の魂が戻ってきたとき、あなたに会いに行きたいと思います。
さようなら。僕の愛した優しい死神さん。
黒鋼鉄弥より』
ポタポタ・・・・・・・・・・・・
「うぅ・・・ヒック、私も、私だって、鉄弥のこと、好きだったよ。死ぬと分かっているのに、誰よりも優しく、誰よりも楽しそうだった、鉄弥のことを……う、うわぁぁぁぁぁん!!」
手紙を危うく握りつぶしそうになりながらも、私は泣き続けた。ずっと、この気持ちが晴れるまで。
どのくらい泣いたのか分からなかったけど、朝になっていたので、一晩中泣いていたのだろう。
手紙はどこも問題なかった。傷一つなく、濡れたところもない。
その手紙を丁寧に畳んで封筒に入れ、仕事が終わった私は最後に彼の顔を見て、
「あなたと一緒にいて楽しかったわよ、鉄弥。ありがとう、私の最初にして最後の好きな人。」
と言って、その場から去った。
その日に彼の遺体は見つかり、死因は病死。葬儀には、家族以外にも、町の人たちや学友たちも参加し、彼が死んだことに涙を流していた。私は、それを空から眺めていた。
特にひどかったのは、彼の妹と彼と同じ学校に通っている女の生徒。ひどく泣いていて、この人たちを見ていると、なんだか胸が痛くなった。もしかして、嫉妬なのだろうか。
それから私は、しばらく死神として仕事を続けた。でも、そのたびに彼のことを思い出してしまい、もう続けられないと自己判断し、上司に退職願を渡し、普通の人間として生きることになった。
それでも、私は寿命が長い。軽く三百年以上は生きれる。
だけど、私は本当に普通の人間として生きることにした。彼のように寿命が短く、毎日を生きることに必死な、人間に。
それが、彼が死んで二年たった日だ。
私が普通の人間として暮らし始めて二ヶ月。年は十八となり、彼と出会った時よりも体格が女性っぽくなった。
よくナンパされるが、全部断っている。彼以外に、私は好きな人などいないのだから。
そんな私のところに、元仕事仲間たちは集まってくる。どうしてなのか知らないが、聴いたところによると「上司がたまに顔見せとけって言うんですよ~。」だそうだ。
そんなに私が心配なのか、はたまた監視のためなのかは別として。
高校三年生の私の学園生活はそれなりに楽しいものだったが、鉄弥がいないのが何ともさびしいものだった。
彼が書いた手紙は、まだ厳重に保管してある。
そんなある日のこと。大学入学する際に引っ越したアパートに元仕事仲間が集まって談笑していた。
「シェミヤ。彼とは出会えたの?」
「ううん、まだなの。魂がこっちに戻ってきたと言われて探してるんだけどね……。」
「?先輩、彼って誰ですか?」
「シェミヤの好きな人で、シェミヤのことが大好きだった仕事の対象の人間のことよ。」
「ちょっ、ナーシャ!?暴露しないでよ!!」
「いいでしょ、別に。それに、もうこれは上司の耳にも入ってるからね。」
「う、うそっ!?」
「本当よ。ま、仕事に復帰したいなら、いつでも戻ってきなさい。」
と言って帰ろうとしたけど、誰かがポツリとこんなことを漏らした。
「でも、魂が戻ってきても、その人が生きていた記憶までは残っていませんよね?それじゃ探しても意味はないんじゃ?」
その言葉に私は動きが止まり、他の人たちも固まった。
そう。魂は一度浄化され、生き返る前にその前の人の記憶が消える。だから、私のことを向こうが憶えているかどうかわからない。
一応死神の能力をまだ持っているから、魂は見える。そして、彼の魂は死ぬまでずっと見てきたから覚えている。
だけど、見つけたところで私のことを覚えていない可能性が高い。そのことが私にとって、探すたびに思う唯一にして最大の欠点。
少し深呼吸をして息を整えてから、私は答えた。
「こういうお話は知ってる?あの世で管理されている魂たちの中で、何か特別に強い思いを持った魂たちは、その思いが認められたときに、その思いと記憶を持ってこちらへ戻ってくるという。」
「確かにそんな伝説ありましたけど……過去にはありませんよね?それでも信じるんですか?」
そんな後輩の質問に、私は大きくなった胸を張ってこう言った。
「もちろん。そうでなきゃ、ここまで待っていないわよ。」
「先輩って一途ですね。」
「そりゃそうよ。職場の男子の誘いをことごとく断っていたのに、仕事の対象である人間に恋したうえその人間になったんだから。」
そこまで言われた私は、さすがに苦笑しかできなかった。
と、不意にインターフォンがなった。
「は~い!」
そう言って私は玄関へ駆けていき、元同僚と後輩たちはテーブルを囲みながら話をしていた。
ガチャッ!「どなたです・・・・・・・・・・・え?て、て」
玄関を開けた私は、その前にいた人見て信じられないと思った。
だって、姿は少し変わっていても、魂や特徴的なものが彼と一切変わっていなかったからだ。
そんな彼は私を見て、笑顔でこう言った。
「久し振りだね。僕の手紙を読んでくれたかな、シェミヤ。」
私は、そんな彼の笑顔を見て胸がドキドキしながらも、精いっぱいの笑顔でこう言った。
「うん。」
☆☆☆☆☆
これはきっと神様が彼にくれた、一つの奇跡なのだろう。ならば、その奇跡に感謝しよう。
そのおかげで、私たちの恋は再び始まったのだから――――――――――――――――――――――――――
感想など、よろしければください。