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第二章 運命は稲妻のごとく 1

 青山椿が迷子になったと聞いても、僕は対して驚かなかった。


 いつでも糸の切れた凧のようにふらふらしているあいつなら、いかにも、という感じがしたし、そもそも僕は彼女に対して、さほど興味がなかったので、だからどうした、と言い返したくなる気持ちの方が強かった。

 しかし、目の前にしゃがみこみ、不安に揺れている教師の目は、僕に助けを求めていた。


「ねえ、小賀玉君。本当にあの子のこと見てないの?」


 近くに椿がいないと知ったこの女性教師は、先ほどからこの調子で同じ質問を意味もなく繰り返している。僕は首を振るのにも疲れて、いい加減うんざりした。


 僕はその日、学校の遠足で、町から離れた小高い山まで来ていた。季節はいつしか暑い夏を越えて、木の葉が色づく秋である。

 全校生徒で美しい紅葉の景色を眺めながらのハイキングだった。からりとした快晴の下、野原で弁当を食べ、散々走りまわって遊んだ後、山の中に入り、綺麗な落ち葉やどんぐりを集めて回った。

 そして、陽が傾き、いよいよ帰ろうか、という段になり、教師が点呼を取った時、あの青山椿がいないことに気がついたのである。

 予想外の事態に場は騒然となったのは言うまでもない。一体、どこに行ったのだろう。迷子になったのかな。崖から落ちたのかも。そんな恐怖と興奮に満ちた声が飛び交った。

 彼女の友人の中に、直前に林の中で椿を見たという少女がいた。

 彼女の話では、椿はその友人の少女と共にどんぐり拾いをしていたらしいのだが、落ちている数が少ないと思った椿は、もっと奥に行って拾ってくると進んで行ったきり、姿を見ていないのだと言う。


「僕は見てませんよ、先生」


 苛立った口調で答える。


「大体、僕があいつのことなんて知るわけないじゃないですか。どうしてそんなことを何度も聞くんです?」


 すると、そこで混乱に満ちていた教師の瞳が、一瞬だけ元通りになった。


「だって――」


 と彼女は口を動かす。


「だって、あなたたち『いつも一緒にいる』じゃない」


 その当然だと言いたげな言葉に、僕は認めたくない事実を突きつけられた気分になった。

 ああ、そうだ。その教師の言うとおりである。

 この学校に転校してからというもの、僕の周囲にはなぜかいつもあの青山椿の姿があったのだ。教室にいる時はもちろんのこと、休憩時間に外で遊ぶ時も、社会見学でも、登下校中でさえ、彼女は僕の背中にくっついていた。

 もちろん断っておくが、僕が彼女に対して友好の情を持って近づいているわけじゃない。彼女の方が勝手に寄ってくるのだ。


「なあなあ、昨日の夜は何食べた?」

「体育の授業はしんどいなあ」

「宿題忘れたー、ノート見せてくれへん?」


 などなど、取るに足らない、どうでもいい事で僕に話しかけてくる。

 基本的に僕はそんな彼女に対し、無視を貫き通すのだが、彼女はなぜか、僕に会話を試みることをやめることはなかった。一体何が、彼女にその不屈の根気強さを持たせているのか、疑問である。

 ともかく、その結果、誠に遺憾なことではあるが、僕と彼女は二人でセットという非常にねじ曲がった常識がクラス内で広まってしまったのである。

 僕はそこで口の奥に広がった苦味のようなものを奥歯でかみ殺して、教師の方を見る。彼女は未だ、何か言いたげに僕を見つめたままである。

 分かっている。

 彼女が僕に望んでいることはもう十分に理解していた。今まではそれに従うことが不服であったために、無視をしていたのだが、このまま教師のプレッシャーを与えられ続けるのも我慢の限界である。


「分かりました、僕が探しに行けばいいんですね」


 僕が観念したように了解すると、現金なもので、その女性教師は困った表情からころりと一変、笑顔を見せた。


「あら、ほんと? すごく助かるわ、小賀玉君」


 そして、立ち上がり、


「じゃあ、先生たちは向こうの方をもう一度探してみるから、あなたは向こうをお願い」


 と駆け出した。


「期待しないでくださいよ」


 僕はため息混じりに彼女の背中に言葉を投げた。


「僕には別に、青山椿レーダーなんてものは内蔵されてないんですから」


 すると、その教師は走りだした途中で振り返り、こう言った。


「そうよね、確かにそうなんだけれど。なんだか、あなたなら彼女を見つけられそうな気がしちゃうのよね」

「なんですか、それ」

「うーん、何なのかしらね。あなたと椿ちゃんってどうしてか、二人一緒にいてしっくりくるっていうか、互いに引き合ってるっていうか不思議な感じがするのよ。だから、もしかしたら、って思っちゃうの」


 思っちゃうの、って。

 僕はその教師の言い方が気に入らなかった。そういう根拠の伴わない曖昧な言い方をするのは頭の悪い人間のすることだと思っていたからだ。

 聞くに耐えない、戯れ言だ。

 そう、思っていた。


 しかし、これまた遺憾なことに、彼女の予感は的中することになる。


 この後、僕は林の中に入ってものの数分で、繁みの中から飛び出してきた彼女に出会うのである。

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