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第二章 運命は稲妻のごとく 5

 そうしてしばらく走っただろうか。急に地面から伝わる土の感触が変わったかと思うと、木々の曲がり角の先に、古ぼけた鳥居のような物が見えた。

 建てられてもうずいぶん経つのだろう。柱の部分は青く苔むしていて雨風に晒されたせいか、石の部分もどこかえぐられているような印象を与えた。おそらく、人が来なくなって誰も手入れをする人間がいないに違いない。その鳥居へと続く石段も、ほとんどが落ち葉に埋もれて、赤茶けた絨毯のようになっている。

 その近くには看板のような物も立っているが、こちらはこちらで、もはや木の部分が腐り、文字が書いてある肝心の部分はほとんど読めそうにない。

 どこか忘れ去られてしまったような、淋しげな雰囲気である。


「しかし、神社か」


 僕はなんだか、しみじみとした気分になった。


「こんな場所に来るなんて、いつ以来だろう」


 昔から引越しばかりの生活だった僕には、こういった地域に密接に繋がりを持った場所を訪れる機会が極端に少なかった気がする。神社に初詣に行くこともないし、お祭りを楽しんだ記憶もおぼろげだ。

 幼い頃から当然あるべき土地や文化との繋がりが、僕には極端に薄いのである。愛着もないし、思い出もない。何にもなくてすっからかん。

 そういう意味では、僕はあまり日本人らしくないのかもしれない。

 そんなことを考えながら、石段を登っていると、


「シロちゃん!」


 椿の声がした。


「もう来てくれたんや」


 僕が仰ぎ見ると、彼女が手を振りながら、神社の石段をかけ下りてくるところだった。

 彼女の無事な姿を見て僕はまたほっとする。良かった。やっぱり生きていた。こころなしか、心臓の血の廻りが良くなり、胸が暖かくなったようだった。

 しかし、それもつかの間、降りてくる彼女の足元を見て、ひやりと肝が冷えた。


「あっ!」


 先ほども言ったように、神社の石段には枯れた落ち葉が多く積もっているのである。遠い昔の経験でそういう場所は滑る危険があることを知っている僕はすぐさま彼女にそれを告げた。


「椿ちゃん、危ない!」


 しかし、その声が彼女に届くよりも早く、彼女はバランスを崩していた。不運な予感的中である。僕が見つめる中、足を滑らせた彼女の体はいとも簡単にふわりと宙を舞う。

 まずい!

 咄嗟に思った僕は体を動かしていた。彼女の落下地点を推測し、その真下に入って、両手を差し出した。両手で彼女を受け止めようと思ったのである。

 しかし、いくら彼女が小柄だとはいえ、人一人分の落下分のエネルギーをこの両手で受け止めきれるかは甚だ疑問だった。正直な予想で言えば、落下する彼女の下敷きとなり、僕は怪我をしてしまう可能性が高いだろう。僕が筋肉隆々のスーパーマンであれば話は別だが、ひょろひょろとした普通の大学生の体では、子猫を一匹キャッチするだけで精一杯である。

 きっと怪我をする。

 僕はそう確信した。

 しかし、事実は違った。

 つまり、そうはならなかったのである。

 なぜなら、

 ふわり――。

 僕が抱えた彼女の体は信じられないほど軽かったのだ。


「きゃあ!」


 椿は僕の両手の中にすっぽり収まった。


「おおっと!」


 僕は不安定な石段の上でバランスを取り、両足で踏ん張って彼女を支えた。拍子抜けするほどの軽さに若干前のめりになってしまったが、倒れる前に足を一歩踏み出して堪えた。

 ナイスキャッチである。

 僕はこの事態に動揺しながらも、心の中で自分に拍手を送った。

 椿に視線を向けると、彼女の驚いた瞳と鉢合わせした。彼女はたった今自分に起こったことが理解出来ていないようで、パチパチと目を瞬かせて、僕の顔を眺めている。


「シロちゃん……うち……」

「石段の上から落ちたんだよ。ふう、危なかった」

「え……やっぱり、そうなん?」

「でもほら、もう大丈夫だよ」


 僕は微笑んで見せて、椿を地面に降ろす。

 彼女は地面に立って少しふらついたが、すぐに僕に笑顔で礼を言った。


「おおきに、シロちゃん。うち、つい慌ててしもうて」

「こんな場所で走っちゃ危ないって」


 僕がそうたしなめると、彼女は罰が悪そうに舌を出した。僕はそれを見て笑った。


「けど、案外シロちゃんって力持ちなんやな」

「え?」

「こんなに簡単に、落ちてきたうちを受け止めるなんて……」

「あ、ああ。まあそれなりに鍛えてるからなあ」


 僕は苦笑いをしながらごまかした。もちろん、嘘である。しかし、まさか、椿ちゃんが人間とは思えないほど異常に軽すぎたのだ、などとは言えない。

 僕は口をもごもごさせながら、ようやく困惑を飲み込むと、怪我がないか確かめる振りをして、彼女の体を上から下まで隈なく観察した。

 一体全体、先程はどういうことだったのだろう。

 まるで……そう、彼女の中身が抜き取られて空洞になって、何もなくなっているかのようだった。大げさかもしれないが、僕はそう感じたのだ。でなければ、こんな僕が彼女を受け止めることができるはずがない。

 しかし、いくら彼女を見ても、僕には彼女に大した異変があるように見えなかった。むしろ、どこからどう見ても、普通の状態の人間に見えた。きちんと呼吸をしているし、ちゃんと両足でも立っている。さらに、僕と自然に会話さえしている。まるっきり正常状態だ。

 もしも、中身がスカスカになっているのならば、そんなことは絶対に不可能だ。第一、本当にそうなっているのであれば、彼女は死人のようになっていなければならない。

 だから、違う。

 そう、さっきのは、きっと僕の気のせいだ。僕はそう考えることにした。

 もしかすると、彼女の体を支えられたのは、あの非常時に体が興奮し、彼女を怪我させまいといつも以上の力を出せたのかもしれない。潜在能力、とかいう奴だ。テレビで聞いたことがある。

 おそらくそのせいで、彼女の体が異常に軽く感じたのだ。

 うん。

 そうに違いない。


「シロ、ちゃん? なに怖い顔してんの?」

「な、なんでもないよ」


 僕は彼女に見つめられているのに気がついて、慌てて手を振った。


「多分、僕の勘違いさ」

「……?」


 それにしても、今日は本当にいろいろなことが起こるな。僕は目が回る思いだった。急に昔の想い人と再会したり、いきなり、木々が動いて道が開けたり……。

 あ、そうだ!

 僕はそこまで考えて思い出した。


「ねえ、椿ちゃん。さっき言っていたミカヅチさんは?」


 そう言えば、神社についたものの、彼の姿が未だ見えないのだ。一体、どこにいるのだろう。先ほど見せてくれた不思議な出来事の謎を彼に問い詰めなくては。

 すると、


「え? さっきからおるやん」


 彼女は意外なことを口にした。僕は耳を疑う。


「本当に?」


 そんな馬鹿な。

 ここには、僕と彼女以外誰もいないではないか。慌てて周囲を見回すが、やはり人影らしきものは見当たらない。


「ど、どこさ?」


 と問いかけて、ふいに、鼻先を掠めて何かが舞い降りてきた。咄嗟に掴みとると手のひらに柔らかい感触と共に、僅かな痛みが走った。


「何だ?」


 見れば、それは見たこともない美しい黄金の色をした鳥の羽だった。

 上?

 そう思って、僕は空を見上げる。

 そして、息を呑んだ。

 その、異質さに。鮮やかさに。神々しさに……。

 そこには、一羽の鳥が羽ばたいていたのだ。まるで、太陽の光が降りてくるかのようなその眩しい羽を悠然とはためかせながら、『彼』は僕を見下ろしていた。


「あれが、ミカヅチさんや」


 椿が、そう、告げた。

 嘘だろ。

 どうにか反論したかった僕だったが、うまい言葉が見つからないまま、口を開けては閉じただけで終わってしまった。

 そうこうしているうちに、その鳥は聞き覚えのある声でこう言った。


「よお、坊主。おれっちがミカヅチ、この神社の主だ」


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