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第二章 運命は稲妻のごとく 3

あけましておめでとうございます。ヒロユキでございます。

少々遅めのご挨拶となってしまいましたが、読者の方々、お元気でございましょうか。本年もどうか、この僕の破廉恥妄想ワールドにお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

「シロちゃん!」


 瞬間、視界が暗転する。

 彼女の叫び声が切れ切れに僕の意識に届く。僕の体はいとも容易くバランスを失っていて、勢いに乗って斜面を転がり出した。


「うわああああ!」


 まるで海の渦に飲み込まれたようだった。落ちていく体のあちこちに小石や木の枝が当たるのが分かる。必死に態勢を立てなおそうとするが、勢いは止まらない。

 痛い。くそ、なんてこった。

 ぐるぐると転がる内にようやく地面が平らになり、僕の体がようやく止まる。気がつけば、仰向けに寝転がった状態になっていた。

 僕は大きく息を吸って、吐いた。大した痛みはない。軽く手首などを動かしてみるが、問題なく動く。どうやら、体にそれほど異常はないようだ。

 良かった。

 すると、


「シロちゃーん!」


 斜面を下りてくる椿の姿が見えた。


「大丈夫?」


 と、駆け寄ってくる。

 そんな彼女に僕はそっぽを向いた。無言で。

 こんな奴に心配なんてしてもらわなくてもいいと思っていたのである。

 僕は誰の手も借りなくとも、一人で立って帰れる。

 しかし、半身を起こしてから気がついた。

 ここは、どこだ?

 周囲を見回す。

 分からない。帰り道が、分からない。

 これじゃ、僕まで迷子じゃないか。

 僕は舌打ちをする。

 くそ。全く、こいつと出会ってから、ろくでもないことしか起こらない。

 しかし、そんな僕の心情など知らないまま椿は笑顔のままで、僕の傍に座った。


「シロちゃーん。怪我してへん?」


 無論、僕は返事をしない。


「あ、シロちゃん、膝っ小僧擦りむいてんで?」


 痛そうや。


「ほっとけよ」


 僕は彼女の方も見ずに言う。


「そんなの勝手に治るさ」


 もう、いっそ構わないで欲しかった。

 その時の僕の心には、もはや怒りを通り越した多くの疑問が生まれてきていた。

 どうしてこいつは、僕の邪魔ばかりするんだ。どうして、僕の心をかき乱すんだ。

 どうして、どうして。

 もう、放っておいてくれよ。

 なんで、いつもあんなに冷たく接してるのに、近づいてくるんだよ。

 するとふいに、僕は膝の辺りに何かが触れたのが分かった。鋭い痛みが走る。


「痛っ!」

「ちーっと我慢して、今ばんそうこー貼ってるから」


 いらねえよ。

 余計なことすんな。

 そう言って手を振り払おうとした。

 しかし、その瞬間、僕ははっと息を呑んだ。ちらりと垣間見えた彼女の足には、自分よりもたくさんの傷があったのである。おそらく、転がった僕を追ってくる途中で、木の枝などで引っかき傷が出来たのだろう。赤い血が深く滲み、僕の怪我よりも酷く見える。


「お、おい、絆創膏、まだあるのかよ」


 しかし、彼女は笑いながら、首を振った。


「ううん、これ一枚きりや」

「な、なら自分に使えよ。僕の事なんて気にすんな」

「ええんや」

「何が?」

「うちは、ええ。こうしておけば、シロちゃんは痛くないやろ」


 それは、そうだけれどよ。

 僕は彼女の足のいくつもの傷を見て、無言になった。

 どうして、そんなにまでして、僕のことに構うんだ。


「どうして……」


 僕は、思わず、声に出していた。


「うん?」

「どうして、僕なんか、相手にするんだよ」

「……」

「僕なんか、一緒にいたってちっとも楽しくないだろ。ちっとも、面白くないだろ。冷たくされて、遠ざけられるだけなのに。なのに、お前はどうして……」


 何か、長い間押し込めていた古い感情が溢れ出しそうになって、僕は言葉を止めた。一度、こぼれてしまえば、きっと止められなくなってしまうに違いない。そうなってしまえば、自分の心が今まで必死に守ってきたものが全て壊れていくような気がしたのである。


 ふと、気がつくと、椿が僕を見ていた。

 じっと、無言で、ただ見ていた。

 その、どこまでも真っ直ぐに透き通った瞳で。


「だって、シロちゃん、寂しそうやもん」


 そう、ぽつりと言った。


「え?」

「シロちゃんって、いつも強がって、近寄るな、一人でええ、って顔してるけど。うちには判るんや、シロちゃんは本当はとても寂しいんやって」

「……僕が、寂しい?」


 彼女は何の屈託もなく笑った。


「うん、うちな、シロちゃんの目ぇを見てたら判るねん」

「……」

「せやから、うちはな、少しでも傍にいてあげたいねん。それで、ただ、気づかせてあげたかっただけや。シロちゃんの本当の気持ちに」

「僕の本当の、気持ち?」


 そんなものが、あるのか?


「せや」


 彼女は自信あり気に頷いた。


「本当はシロちゃんだって、誰かと一緒にいたいって思ってるんや、クラスの皆と楽しく過ごしたいって思ってるんや」

「……」

「うちは、そのことにシロちゃんが気がついてくれたら、一番嬉しいねん」


 ただ、それだけや。

 それで、気づいてくれたら、皆と一緒に笑えばいい。

 僕は彼女の言葉を聞きながら、なぜか心が解きほぐされる気持ちだった。なんと不思議な少女なのだろう、彼女は。


 と、

 知らず知らずに、無意識のうちに、僕はそっと彼女に手を伸ばしていた。なぜだか、どうしようもなく彼女に触れたくなっていたのである。

 ふふ、と彼女は天真爛漫に笑う。


「あ、あ……」


 そして、伸ばした僕の手を、彼女はきゅっと両手で包んでくれた。温かく柔らかい感触が僕の手から伝わってくる。


「なあ、シロちゃん。うちに笑ってみせて……」


 きっと、きっとあの時からだと思う。



 僕は、この少女に、生まれて初めての恋をしたのだ。

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