プロローグ 少女の瞳 ~ Pray ~
どうも、初めましての方は初めまして。他作品から引き続きお読み頂いている方は、また改めまして、よろしくお願いします。作者のヒロユキというものです。
この度はこのような珍奇な僕の作品にご興味頂きありがとうございます。ご期待に添える作品になるか分かりませんが、精一杯努力しようと思いますので、どうかよろしくお願いします。
さて、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、この作品は『天罰なんて怖くない!』の続編に当たる物語です。そのため、前作をお読み頂いていた方が、この作品をより楽しめるのではないか、と思います。
しかし、未読の方でも無理なくお読みいただけるよう、前作との物語上の繋がりはない設定(前作に登場したキャラクターは登場しますが)で執筆していく予定ですので、ご安心下さい。
ああ、神様。
どうか、神様。
うちは祈ります。
膝をついて、部屋の窓から、夜空に向けて、
うちは祈りを捧げます。
遠い遠い、お空の上、
もっと遠い、お星様の上にいる神様へ。
うちのお願い、聞いてください。
うちには、今、好きな人がいます。
とてもとても優しくて、大好きな人です。
毎日でもお話しして、お散歩して、一緒に手をつないでいたい人です。
うちがその人のことを想うと、いつもぽあぽあした気持ちになって、ぼーっとして、ほっぺが温かくなってきます。
それくらいに、好きなのです。
あの、ぽあぽあ、というのは変ですか?
うちが友達にそのことを話すと、なんやそれ、変なのー、と言って笑われました。
そんなにおかしいことなのでしょうか。
でも、本当にうちはぽあぽあしてしまうのです。ぽあぽあは、ぽあぽあなのです。
と、それはさておき、お願いです。
実はうちが好きなその人は今、別の町にいます。
遠い、遠い、別の町へ引っ越してしまったのです。
先週の土曜日に車に乗って行ってしまいました。
その日は、ざあざあとした冷たい雨が降っている日で、その人はとても悲しい顔をして俯いたまま、「じゃあね、さよなら」とだけ言い残して、行ってしまいました。
前にその人が話していた事には、もうきっと会えない、とのことでした。
そう言われた時には、とても驚いて、うちは何も言えなくなりました。その時にはまだ気がついていませんでしたが、うちはそのずっと前から、その人のことを好きなのでした。
もしも……もしも、それに気づいていれば、あの時、うちは……。
お願いです、神様。
どうか、うちとその人を会わせてください。
もう一度でもいいのです。どうしても、その人に会いたいのです。
一言、心のそこから、「大好き」と言いたいのです。
どうか、お願いします。
ああ、神様――。
突然、暗い部屋の明かりがパッと灯りました。
ベッドの上で跪いていたうちは、驚いて振り返ります。乙女の純粋な祈りの邪魔をするのは何者なのか、その正体を見極めようと思ったわけですが、そこにいたのは、暗い部屋で一人、ぶつぶつと呟く幼い娘の姿を心配している母親の姿でした。
「椿、まだ起きてるん?」
と頭をくしゃくしゃしながら、お母さんは寝ぼけた目で、ふらふらとうちのベッドに歩いてきます。
そして、ぼふん、とうちの隣に座ると、窓際にいるうちをひょいと事もなく抱えて、膝の上に、これまた、ぽすん、と乗せました。
「ええ子は早う寝なあかんので」
そう言いながらうちの頭を優しくなでなでとしてきます。
なでなで、なでなで……。
ちょっとやり過ぎでくすぐったいくらいです。
「そ、そやけどな、お母さん」
と、うちはその手をどけながら、言い返します。
「うん?」
「うちなー、今、神様にお願いしててん」
お母さんは目をぱちぱちとさせました。
「かみさま?」
「せや。か、み、さ、ま」
「ふーん。そいで、椿は今まで眠らずにベッドの上におったいうわけや」
「うん」
こくり、とうちは頷きました。それはそれは眠ることよりも大切なお願いだったのです。だって、それはうちの好きな人への……。
「あ、せや!」
うちはそこであることに気がついて、顔を上げます。
「なんやの?」
驚いたお母さんが上から覗き込んできました。
「急に元気な声なんかだして」
「なあなあ、お母さんなら、神様の声が聞こえるんちゃうん?」
「神様の声?」
「せや、大人になったらいろんな人と知り合えるんやろ。この前やって、サンタさんと知り合いやってお母さん言うてたし」
「あ、ああ、そんあことも言うたかなー……」
「それやったら、お母さん。神様とも知り合いなんちゃうん? お話、できへんの?」
すると、それを聞くと、お母さんは目を丸くして、いきなり、ふふふ、と笑い始めました。
「我が娘ながら、ほんまに椿はおもろいこと聞くなー」
「ねえねえ、聞こえへんの?」
「ふふふ、そうやなー」
口を押さえて笑いを堪えながら、
「もちろんわかるで、なんちゅうても椿の母さんやからな」
と自信たっぷりにお母さんは胸を叩きました。
「え、ほんまに!?」
「ところで、椿は神様にどんなことをお願いしたんや?」
そこで、うちは、先ほど神様に祈ったことをそっくりそのままお母さんに教えました。少し恥ずかしかったですが、これも願いを叶えるためです。ちょっとくらいのことは我慢します。
うちのその祈りをお母さんは妙に興味深そうにいちいちリアクションを取りながら聞いていました。
そうして聞き終わって……。
「そうかそうか、椿には好きな人がおったんやね」
としみじみと頷きました。
「我が娘もずいぶん成長したもんやなー」
「……成長?」
よく意味が分かりません。
「ともかく、今はその人、引っ越してしもうたからなー」
「うん、それは大変やな。会えへんいうのは、一番悲しいことや」
今度は深々と頷いて、そこでお母さんはぱちんと手を鳴らします。
「よっしゃ、そういうことならお母さん引き受けたで」
「え、ほんまに?」
「可愛い娘の願い事を聞いといて放ったらかしにはできへんやろ。よう見とき。母さんが神様と話したる」
そして、いきなりお母さんは目と目の間に指を置いて、難しそうな顔をしたと思うと、
「うーん、ピピピピッ」
おまじないをするようにそう言いました。
「うーん、ほうほう、椿は……そうか、なるほどなー」
どうやら、神様との通信に成功したようです。うちは、ずいぶんお手軽なんやなー、となんとなく思いましたが、とにかく、神様のお返事の方が気になります。
「なあなあ、神様はなんて言うてるん?」
「うーん、それはな……」
そして、すっとお母さんは息を止めて、優しくこう言いました。
「大丈夫。問題ないで。いつか必ずその子と椿はまた会える」
「え!?」
「何しろ、それは神様の『運命』で決まってることやからな。間違いないで」
「やった、やったー!」
嬉しさのあまり、うちは思わず、その場で飛び跳ねました。これはベッドで寝てなんかいられません。今からでもパーティーをしたい気持ちになります。
しかし、あまり調子に乗りすぎたのか、お母さんの足を踏んでしまい、怒られてしまいました。何事も、やり過ぎには注意が必要なようです。
それから、しばらくして――。
「椿、あんたに言うとくことがある」
急にお母さんが言いました。
「何?」
お母さんの膝の上で寝転んで遊んでいたうちは顔を上げました。
「椿、あんたが一番得意やと思うもんを伸ばしなさい」
「え?」
いきなりだったので、うちは面食らいました。
「得意なもん?」
「そうや、なんか一つくらいあるやろ?」
そう言われて、うちは少しだけ黙って、考え込みます。うちの得意なこと、得意なこと、何かあるやろか。
「そや、この前先生にうちお裁縫が上手やって褒められたんやった」
「裁縫かー。そやな、椿は手先が器用やしな」
するとお母さんは、うちの小さな手を握って、ふにふにと揉んできました。じっと見つめてから、また揉みます。くすぐったくてたまりません。
「じゃあ、頑張ってお裁縫を上手になって、次にその子に会う時に、驚かしてしまい。そうしたらその子も椿の魅力にイチコロや」
「イチコロ?」
それは一体どういう意味でしょう。
「そうや、イチコロのイチコロころりんや」
「ふふ、なんやのそれ、ころりんって、ふふ。イチコロころりんかー。それはすごいやん」
うちは何だかおかしくなって笑いました。けらけらとお腹を抱えて笑い転げます。しかし、お母さんはまだ真面目な目でうちを見ていました。そして、急にうちのことをぎゅっと背中から抱きしめると、
「椿」
とすぐ耳元で名前を呼んできました。お母さんの息が耳の産毛を触ります。
同時に、お母さんの優しい香りがふわふわと漂ってきます。うちはその香りが大好きで、それを鼻から吸い込むととても幸せな気持ちになりました。
「何、お母さん」
「椿、あんたはな、誰よりも綺麗な瞳をした子や」
「綺麗な目?」
「そうや。誰よりも、物事を素直に、真っ直ぐに受け止めることが出来る力がある。いつもにこにこできるし、皆に優しい。それはな、とても大事なことや。皆が出来ることとはちゃう」
「……」
何だか、妙にお母さんが真剣で、うちは思わず口を閉じてしまいました。
「ふふ、お母さんが保証したるで。あんたはええ子やから、大きくなったら別嬪さんになる。周りの男が放っとかんくらいに、な」
せやから、早う寝ること。美人に夜更かしは大敵やで。
そう言い残して、お母さんは部屋を出ていってしまいました。後には、ベッドに座ったままのうちがぽつんと残されます。
綺麗な瞳……。
どういう意味やろ。
それはうちにとっては謎の言葉でした。
もしかしたら、お母さん。
お空のお星様が、うちの目に映って見えたんかな。
ふとそんなことを思いました。