銀の銃弾《SilverBullet》
R指定するほどではないとおもいますが、流血表現があります。苦手な方はお気をつけください。後、同じ名前の小説がありますが、内容は同じです。できればもう一つのほうを見てください。この続きはそちらで更新します。
まるで暗い水の底にいるかのように、何もなく、ただ流されるだけの人生。はたしてそこに意味はあるのか。16年の時を経ても、そのカケラも見いだせず、ただそこに在るだけだった。でも何もなかったこの場所に、土足で踏み込んできた、ソイツ。
「こんなところで何をしている?」
うっとおしい。
「こんなにケガをして…。まったく…。とりあえず、俺んとここいよ。」
そんな優しさ、いらない。
「お前、名前なんだ?」
いらない…のに…。
「…カ、カケ、ル…。」
なんで…。分からない…。闇に、落ちて…。
パチパチッ
火が爆ぜる楽しげな音に意識が浮上する。数秒間、布団の心地よさにまどろんでいたが、全てを思い出してバッと跳ね起きた。いや、正確には跳ね起きようとした。しかし、鋭い痛みにあえなく布団へ沈むことになった。
「おー起きたかー。ちょっとまってろよ。」
いきなりのんきな声が降ってきて、相手を見る間もなく遠ざかって行った。そろそろと今度はゆっくり体を起こすと、そこは大きな暖炉がある、寝室のようなところだった。そしてこの部屋の唯一のベットに自分はいた。ふと見ると自分の体には、包帯やらガーゼやらが巻かれていた。
「ほら、飯だ。食べな。腹減ってんだろ?まぁ旨いかどうかは保障できないけどなぁ。」
いつの間にか先ほどの声の主が戻ってきていた。そいつは声からも分かるが、男で、人のよさそうな顔をしていて、歳は20代後半といったところだろうか。口の悪さがなければ学校の教師のようだった。手に粥と水を乗せた盆を持っていて、黒いエプロンをまとっていた。男はサイドテーブルに盆を置くと、ニコリとしてベットに腰かけた。しかし、盆に手をつける気にはなれなかった。
「ん?あぁそうか。まぁここじゃその反応は当然だな。俺はコウ。お前…えっとカケルだっけ?別に俺、お前になんかしようとか思ってないし。信用…はできないと思うけど、安心して食べな。」
その言葉にカケルは少し驚いた。コウというこの男は自分についてなにか知っているのだろうか。しかしコウは笑みを浮かべたまま、カケルの心を読み取ったかのように言った。
「俺はカケルのこと何も知らねえよ。ただ目の前でぶっ倒れた奴をほっとけないだけ。」
コウが嘘を言っているようには見えなかった。きっと敵ではない、そんな気がした。カケルは粥に手を伸ばすと、口を開いた。
「礼、を、言う。」
久しぶりに声をだしたためか、かすれ声になったが、コウは答えたということがうれしかったのか、さらに笑みが深くなった。
「いいから。さっさと食べなって。冷めちまう。」
カケルはそっと口に粥を運んだ。それは絶品とは言えないが、結構おいしかった。腹がすいているカケルにとって、結構な量だった粥も、物足りなく感じた。
「どうだ?うまいか?」
恐る恐るといった感じで聞いてくるコウがどこかおかしく感じて、黙って空になった皿をコウへ突き出した。しかし全く意味が分からないといった感じのコウにため息をつくと、しかたなく口を開いた。
「もう一杯。」
やっと理解したのか、コウは満面の笑みで皿を受け取ると、すぐに山盛りの粥をのせて戻ってきた。再び口をつけると、コウはその様子を終始笑顔で見つめていた。どうやら感情が表に出やすい性格らしい。すべてを食べ終わると、カケルは口を開いた。
「ここは…?」
「ここ?あぁここは下町。ウェン川のそばの俺んちだ。」
下町…。その言葉がカケルに重くのしかかる。下町は、上町、中町と三つに分かれているこのアーゲントタウンで、もっとも治安が悪く、もっとも下級階層が住む地域だ。盗みも殺しもなんでも許されているといっても過言ではない。
「俺はどれくらい寝ていたんだ…。」
「うーん。お前を見つけたのがだいたい夜中だから…ざっと半日ってとこか?まぁ夕刻の鐘がもうすぐ鳴るし、半日以上経ってるか。」
コウの言葉にカケルは体中の血が引くような気がした。部屋を見渡すと隅に小さな窓があった。しかしそこから見える空は、カケルを絶望に突き落とすには十分なほど、染まっていた。
「おい、どうしたんだよ。いき」
「俺のベルトは?」
コウの心配そうな声を遮ったカケルの声には、今までにないほど深刻で、暗い何かが混じっているようだった。コウはしばらく気圧されたように呆然としていたが、ふと我に返ったようにベットの脇の棚を指差した。
「あ、ああ、そこの棚の中だ。別にいじったりしてないから安心しろ…ってお前っ!なにやって!」
取り出したベルトを腰にまわすと、驚いたようにコウがカケルの腕をつかんだ。
「俺はもうここにいられない。世話になった。」
「はぁ?なにいってんだよ。お前のケガは全治2週間。馬鹿な真似はよせ。」
コウはカケルをベットに押し戻そうとしたが、カケルはコウの腕を振り払い様ベルトに仕込んであった短剣を抜き放ち、突きつけた。
「ぐぅっ…。」
「すまない。でももうここにいたらいけないんだ。あんたに迷惑かけたくない。」
そのまま足を床におろし、ゆっくりと立ち上がると、一歩踏み出した。しかしとたんに眩暈に襲われて、膝がカクンと折れてしまった。
「おい無茶だ。それにほら、もう日も暮れる。最近ここらじゃ獣がうろついてるって話もあるし、もう何人もやられてるらしい。だからせめて朝まで…」
「やめろ!もう俺に関わらないでくれ!次はあんたが死んじまう…。」
コウを遮るように叫んでいたはずが、いつの間にか力を無くし、最後には懇願しているようにまで見えた。そんな様子を怪訝に思ったコウは、そっとカケルの肩に触れた。
「おい、なにがあったのか知らねえが、俺に話せ。な?」
「うるさい!!いいから!俺にかかわ…」
カラアアアアァァァァン
ピイイイイイィィィィィ
二つの音が合わさって辺りに響き渡る。しかし、甲高いその音はカケルにしか届かない。そしてカケルにとって、その音は地獄の始まりを告げる音だった。
「ぎああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「え、おい、おい!なんだ?おいっ!お!…ぃ…」
熱い。全身の毛が逆立つ。目は見開かれたまま。口から流れる涎が止められない。コウの声は遠ざかり、意識が沈んでいく。
「…カケル。カケルだよな?俺が分かるか?…笛…だな。どこにあるんだ?」
コウの言葉に、微かに残ったカケルの意識は驚いた。普通の人なら悲鳴をあげるか、銃を乱射するかのどちらかだったのだ。しかも自分のようなモノが、どうすればヒトになれるのか、大半の人は知っているのに、決して手は出さない。自らとは違うモノとして、触れると感染でもするかのように、隔離し、関わらないのだ。別にそれについてどうこう思ったことはない。むしろ当然の反応だと思う。だが、コウの言葉は本当にうれしい。コウを見ていれば、それが口先だけではないのは一目瞭然だ。見ず知らずの自分にそんな言葉をかける彼は、本当に、優しい。でも今はその優しさが、一番苦しい。今の姿では…。
もう、限界などとうに超えていたカケルの意識が、ついに、消えた。最後に感じたのは、目の前に広がる紅と、口に広がる鉄の味だった。
街に響くヒタヒタという足音。その音の主は黒っぽい色をした狼だった。足を引きずりながら歩くその狼は、あちこちに血がにじみ、中には銃弾とはっきり分かる傷もあり、見るも無残な姿をしていた。
ピイイイイイイィィィッ
その狼にだけ届く笛の音が、闇を切り裂くように響く。狼はそれに合わせるようにグゥッと伸びをすると、そのまま崩れ落ちた。
「カケル。もう終わりか?もっと俺を楽しませろよ…。それともここの人間はまずいか?だったら中町行くか…」
物陰から、フードを被った男が現れ、冷たい声を発しながら狼を足で小突き始めた。しかし、そこに狼の姿はなく、赤く染まった少年が横たわっていた。少年は男を睨みつけたが、その眼に力はなかった。
「こんなのいやだってか?いやだろうなぁ。でもお前の親とか友人とかを殺しちまったのは誰だ?お前じゃねぇか。もう俺に従う以外に生きられないんだぜ?」
男はフードのせいで表情をうかがい知ることはできないが、いかにも楽しそうに言った。一方少年は、何を言われてもピクリとも動かず、目にはありありと諦めの色が浮かんでいた。
少年は狼ではない。しかし、人間でもない。彼は極まれにしか生まれない、いわゆる狼人間というやつだ。そして彼らは狼の時、理性を保つことができない。しかもその獣化がいつくるのかも分からないので、人間からは忌み嫌われる存在だった。そんな彼らは命を体からだし、笛に閉じ込めることによって、完全ではないが獣化をコントロールすることができた。しかしそれは、裏社会に生きる者達にとって、絶好の奴隷にしかならなかったのである。だから自ら笛を作る者はほとんどいない。そしてただただ殺戮を望む者達が道具として、彼らの笛を使ったのだ。
そして、カケルもそのひとりだった。幼い頃に命を奪われ、その瞬間、様々なものを失った。まだ世の中のこともまだよく分からないような年齢の時からこき使われ、それから何年も経ってようやく気づいた。
自分は、不幸しか生み出さないのだと。
でも今まで生きていたのは、淡い期待を持っていたからだ。自分を受け入れてくれる者がいるのではないかと。でも今は、何故生きていたのかと、罪悪感でいっぱいだった。今自分がここにいなければ、コウを傷つけることなどなかったのだ。もう、生きる希望などというものは、カケルのなかに存在しなかった。
「おいおい、なんの真似だぁ?」
カケルは腰のナイフを抜くと、刃を自らの首筋に当てた。男のおもしろそうな声は無視した。
「俺は、人を不幸にしか出来ない。俺は存在しちゃいけないんだ。生きる意味が俺にはないんだからな。」
少し深く入って、血が首筋を伝っても、男はただバカにしたように笑うだけだった。
「ハハハハハハハハッ!今頃気がついたのか?それに気づくのに16年のもかかるなんて、ホントお前バカだなぁ!そうだ!お前は不幸しか生まない!だがなぁ、生きる意味はあるぜ?俺の玩具として、欲望のままに牙を振るえばい、いっ…。」
突然、声が途切れた。カケルははっとした。胸元から突き出た刃が、月光を反射してフードの中の男を照らし出す。
「う…ぁ…」
先ほどまでの自信に溢れた言葉を微塵も感じさせないようなうめき声をあげながら、ガクリと膝を折り、男はそのままつんのめるようにたおれた。
「コ…ウ…?」
「…まったく…血だらけじゃねぇか、カケル。とりあえず、その物騒なもの、しまいな。」
男の後ろから現れたのは、朱色に染まった剣を手にしたコウだった。右手でおさえている左肩からは、絶え間なく血が流れ、無残に赤く染まっていた。
「なんで…。なんで…。」
「…お、これがお前の笛だな?」
狂ったようにくりかえすカケルをよそに、コウは男の服に手を突っ込み、小さな白い笛を取り出した。それを見たカケルははっとして再び刃を押しつけた。それに息を吹き込めば、カケルはコウに従わなければならない。もうそんなのは、いやだ。
「あ、あんたもその笛がめあてか?残念だったな。俺はもう死ぬ。もう殺したくないんだ!」
「ちげーよ。ほら。」
コウは落ち着いた声で言うと、笛を地面に落とし、その上に足を振り下ろした。
「…え…?」
粉々になった笛の残骸から青白い光が飛び出し、カケルの体へ消えた。あっけなく、カケルは自由になった。縛る物はもう何もないのだ。
「それと…さっき生きる意味がないとかぬかしてたが、ないんなら俺がやる。」
「…はぁ?」
コウは傷をぐっと抑えつけながらこともなげに言った。
「俺にこんなケガさせたんだからな。償えよ。」
カケルには意味が分からず、ただ困惑するだけだった。
「ケガが治るまで家の手伝い。その後は俺の仕事場で働け。いやとは言わせないからな。」
コウはいたずらっぽい笑みを浮かべて続けた。
「これで生きなきゃならなくなったな。俺は死にたがってる奴を死なせてやるほどお人よしじゃないんでね。」
カケルは何も言わなかった。否、言えなかった。口を開いても肝心の言葉が出てこない。ただただ目頭が熱くなるのだけを感じた。こんな気持ちになるのは、本当にいつ振りだろうか。
「で、でも俺、いつまた暴走するか…。」
「分かってる」
「何人も殺して…。」
「知ってる」
「生きる資格なんか…。」
コウはため息をつくと、カケルのそばにより、ぐいっと頭を引き寄せた。
「あのさぁ、生きるのに資格とかいるかよ。んなもんどこに行けばもらえんだ?いい加減はっきりさせろ。お前、生きたいの?死にたいの?」
カケルは即答できなかった。生きたいと答えていいのか分からなかった。分かっているのは、自分に死んでほしいと思っている人はいても、生きていてほしいと思っている人はいないということだった。そんなのは分かり切っていたことだったのだが、コウの温もりに包まれている今は、それがくやしくて、悲しくて、それがカケルから染み出してきたかのように、コウの肩を濡らした。そんなカケルの心を読んだかのようにコウは一層つよく頭を押しつけた。
「生きてていいか、死んだほうがいいか、じゃないからな?お前がどうしたいか、だ。いい加減にしろ。お前は誰一人殺してない。殺したのはあの男だ。だから自分の意思を言え!」
「い、生きたいぃ!」
最後には叫ぶようになったコウにつられてカケルも叫ぶように言った。しかしカケルの声はくぐもった声になって、ほとんど聞こえなかったが、コウには伝わった。カケルは声をあげて泣いた。今まで許されていないことだと思っていた。望んではいけないと思っていた。でも、コウは全部許してくれた。コウはカケルの本心を受け止めてくれた。カケルの手から力が抜け、辺りにはカタカタと音をたてる乾いた音だけが響いた。
「俺、生きてていいの?」
「いいんじゃねぇの。」
ぽつりとこぼれたカケルの言葉に答えたコウの言葉こそが、今カケルが最も欲しいものだった。銀の銃弾《SilverBullet》。唐突にそんな言葉がカケルの頭をよぎった。確か、どこかの国の言い伝えだったか、狼人間の弱点らしい。だったら俺の銀の銃弾はコウだな…こんなにも俺の欲しい言葉を言ってくれる…いつかこいつに殺されるのかなぁ…。なんて思っていたら、コウの驚いたような顔が目に入ってきた。
「おまっ、笑って…」
今度はカケルが驚く番だった。でも確かにカケルの口角は上がっていた。
「なんだ、お前も笑うんだ…なんか安心した…」
コウは満面の笑みになっていた。その顔がやけにおかしく感じて、二人で声をあげて笑った。カケルにとってそれは経験のないことで、ちゃんと笑えているかは分からなかったが、それでもとても楽しかった。
ひとしきり笑った後、コウは突然真剣な顔になった。
「…俺の仕事は…ていうか目標は、この国を殺すことだ。さっき…無理やり手伝えとか言っちまったが、いやならやめてもいい。」
カケルは少なからず驚いた。つまり、一緒に犯罪者になろうって言ってたわけか。考えるまでもない。カケルはコウの頭を思いっきり殴った。
「いだっ…カケル?」
「今さらだ。それに俺から生きる意味を奪うつもりか?」
しばらくコウは呆然としていたが、徐々に二人に笑いがこみあげてきて、再び笑いあった。
「そうだな。わりぃ。じゃ帰るかぁ。」
二人で「いだっ」とか「いてっ」とか言いあいながら、よろよろと立ちあがった。未来なんか見えなかったが、今カケルはすごい楽しかった。それだけでカケルはよかった。なぜなら、カケルにとって明日からが今までにないほど楽しい日々になることだけは、はっきりしていたのだから。
まずはここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。な、なんという短さ…。本当にすいません!しかも終わり切っていない感ありまくりですよね…(泣)実は続きも少し考えています。需要があるか自信がなかったので…。(いないとは思いますが)続きが見たいという方はお知らせください。本当にありがとうございました!