元カノの結婚式 1
「あのさ……この間私たちの高校時代の友達……ってか、弘毅の元カノなんだけど……絵梨香の結婚式があってさ、私呼ばれて行ったのよ。」
圭子はしゃくりあげながら、事情をぽつりぽつりと説明し始めた。
「んでね、結婚式には出席してなかったんだけど、弘毅……終ったときに表で待っててさ……」
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「最愛の元カノの結婚式に呼ばれなくて残念だったわね。未練たらたらで覗きにでも来た?」
「バーカ、そんなんじゃねぇよ。たまたまこっちに用事があっただけだ。そういや今日、絵梨香の結婚式だったなって思って、あいつはともかく、先越されて悔しがるお前のアホ面が見たくなったんだよ」
圭子がニヤニヤ笑って言うと、弘毅は圭子の額を小突きながらそう返した。
「でも、あんたなんで、お開きの時間知ってるんのよ。」
「あれ、お前言ってなかったっけ?式3時からだって。それから考えりゃ出てくる時間くらいわかるさ」
弘毅ってウソをつくのが本当に下手だと圭子は思った。彼女には彼が近くに用なんてなく、もうずいぶんとそこに待っているんだろうということがわかったからだ。
「二次会行くのか」
続いて弘毅は唐突にそう聞いた。
「う~ん、行こうかと思ってたんだけど、やっぱやめるわ。仲のよかった面々でまだ独身なのは私とナナだけなのよ。ナナも今日は残らないって言うし」
「なら付き合えよ。俺の部屋で飲みなおそうぜ」
やっぱりね、一緒に飲みたかったんじゃないのと、圭子は思った。
「いいわよ。じゃぁ、あんたの完全失恋記念に付き合ったげましょうかね」
そう言って、圭子は二次会の出席をキャンセルし、絵梨香とその夫に挨拶を済ませると、弘毅と共に彼の部屋に向かった。
それまでにも圭子は何度か弘毅の部屋に行っていた。弘毅がかつての恋人たちと別れたときも、圭子が彼女の彼氏と破局したときも彼の部屋で飲み明かした。それは、失恋の一連行事みたいなものだった。圭子はこの日もそんなつもりでいた。まだ、弘毅は絵梨香の事を完全に忘れはいないのだ、圭子はそう思っていた。
コンビニで好みの酒とつまみを買い込む。しかし、弘毅はこの日、いつもはあーでもない、こーでもないと品定めをするのに圭子にまかせっきりで、酒などどうでもいいという感じだった。
何かが違う……圭子はそう思ったけれども、それが何かは彼女にはその時わからなかった。
あいつ気まぐれだから、こんなこともあるか……そう思っただけだった。
弘毅は圭子を部屋に招き入れると、いつもは締めない玄関のドアの鍵を閉めた。――カチャリ――軽い金属音が部屋に響く。それもおかしいとは思った。
それでも、いつも通り圭子は、テーブルにコンビニで買った荷物を置いて、その中から弘毅の好みそうなビールを取り出して、プルトップを開けながら、こう言った。
「飲も!絵梨香だけが女じゃないわよ、女なんて山ほどいるじゃない」
明るく言った圭子に対して、弘毅の返事はいつものお茶らけたものではなかった。
「女なんて山ほどいるけど、本当に必要な女はたくさんはいねぇ……いや、1人しかいねぇよ」
「何よそれ、あんたそんなに絵梨香に惚れてたの?」
圭子は弘毅の返事に驚いた。絵梨香のこと、そんなに惚れてるなら離さなきゃいいのに……
「お前、俺のこと何も解ってねぇんだな。」
すると、弘毅は圭子の顔を覗き込みながら言った。
「俺は絵梨香のことなんか最初から好きじゃなかった。あれは、お前が『この子弘毅のことが好きなんだってよ』って連れてきたからだ。そんなにあっけらかんと連れてこられたら、いい加減俺のこと何とも思ってねぇって寂しくなるぜ」
「ちょっと待ってよ!弘毅、あんた一体何言い出すのよ!」
圭子は弘毅の真剣な目がどんどんと近づいてきたので、思わず目を反らした。
弘毅は圭子の腕を掴んで言った。
「俺は高校ん時からずっとお前が……お前だけが好きだった。お前は俺のこと遊び人って言うけどよ、あれはお前が俺のことなんて全然眼中にないって感じだったから、忘れようとしてたんだぜ。長いこと一緒にいたって、そんなことも解かってねぇのかよ!」
「ウソ!」
圭子は弘毅の手を振り解こうとして、体をくねらせた。しかし、彼女のそんな抵抗は無意味だった。却ってそんな抵抗が弘毅の心に火をつけていたのにも気付いていなかった。
「ウソじゃねぇよ! お前……お前そんなに俺が嫌いか!?」
「き、嫌いじゃないわよ……嫌いなら友達なんかやってらんない」
そう、私も弘毅がずっと好きだった。たぶん、弘毅が私を想うよりも。でも、モテる彼は私のことなんて相手にしないと思ってた。よしんば付き合うことになっても、すぐに飽きられてしまうだろう。そんなことを考えたら、ただの友達の方が長く付き合える――そう自分に言い聞かせてきたのに……ずっと好きだったってホント? 信じらんない。圭子の頭は弘毅の突然の告白で一気に混乱した。
「嫌いじゃねぇんだな。じゃぁもう俺のモノになっちまえよ。好きだ!もうガマンできねぇ!!」
一方、嫌いじゃないと聞いた弘毅は圭子をそのまま床に押し倒した。
「イヤ、止めて!」
圭子は反射的に抵抗してみるものの、力の差は歴然で、彼女は動くことすらできなかった。
「止めない、好きだ……もう、絶対離さない。なぁ、嫌いじゃねぇんだろ、ならいいだろ」
(ああ……私も弘毅が好き……)
そして、耳元で好きだと甘く囁かれた瞬間、弘毅への想いが頭の全てを占拠して、圭子は体の力が全て抜けていくのを感じた。
後はもう……圭子は彼の成すがままだった。
そうして弘毅は圭子に彼の想いを遂げたのだった。