妊娠
洋介と小百合は知り合ってから5ヶ月で結婚した。
そして、小百合は3ヵ月後最初の妊娠がわかった。洋介の喜びようはものすごいものだった。
しかし、小百合は10週目に流産した。
その時医師は、
「お母さんが悪いわけではありませんからね。最初から弱い胎児は結構いるんですよ。」
と優しく彼女に言ったが、小百合は自分の行動の1つ1つがそれの引き金になってしまったように感じて全ての事が悔やまれてならなかった。
続いて1年2ヵ月後、彼女は2度目の妊娠をした。しかし、今度も流産した。2度目ということもあり、医師は検査を勧めた。そして、その結果……彼女にある病が見つかった。
それは慢性病で、投薬の必要のあるものだった。
「この薬は服用して妊娠すると胎児に影響を及ぼす可能性のあるものです。だから、妊娠は避けてください。」
医師の事務的な説明に小百合は絶望した。
彼女は薬を飲むことには抵抗はなかった。しかし、薬を飲ということは子供を諦めるということにつながる……それは彼女にはどうしても受け入れることのできない事実だった。
「とにかく先に病気を治してしまおう。」
と洋介はのんきそうに言ったが、慢性的なこの病は小康状態になることはあっても決して完治しないということを彼女は知っていた。
もう、子どもは産めない……そうまざまざと思い知らされる――
小百合は洋介に求められること自体苦痛になっていった。
洋介にしてみれば、病気があろうがなかろうが夫婦のスタンスに変わりなどないし、妻を愛しているという意思表示の意味があるということは小百合にも解っていた。
しかし、子供好きの彼が当然のように避妊措置を講じてコトに臨む事に、どうしようもないやるせなさを感じずにはおれなかった。
夫の欲望のはけ口にしかなれない自分がうとましかった。
加えて、彼女を悩ませたもの――それは周りの女たち、特に年配の女性たちだった。
彼女らは半ば挨拶代わりのように結婚後1年以上たった彼らに『子供はまだか?』という質問を浴びせてくる。まるで判で押した様にだ。
「まだなんですよ、欲しいんですけど」
と彼女は笑顔を繕ってかろうじてそんな返事を紡ぎだすが、その度彼女の心は切り裂かれるような痛みを味わうのだ。
そして、孫を見る楽しみを奪ってしまうことも怖くて、病気のことはお互いの両親にもそのことを言えずにいたし、彼女はその痛みを誰に相談することもできずにいた。
誰かに聞いてほしい……彼女の心はそう悲鳴を上げていた。
そんなある夜遅く、彼女に一本の電話が入った。圭子からだった。彼女は泣いてこう言った。
「ねぇ、サユどうしよう……私ね、できちゃったの……」
それは圭子が弘毅の子供を妊娠したというものだった。