母の告白
「乃笑留、ママがずっと薬を飲んでることは知ってるわよね」
母の言葉に乃笑留は頷いた。母が自分に隠すように薬を飲む姿を彼女は何度も見ていた。
「ママはね、あなたを産んじゃいけなかったの」
続く母の告白に乃笑留は目を見張った。産んじゃいけないって、それ……何!?
「あの薬はね、飲みながら妊娠しちゃいけない薬なの。ママはあなたの前の子どもがダメになったときに病気だと知らされたのよ」
「でも、私ができちゃった……」
「いいえ」
恐る恐る乃笑留が聞くと、小百合は頭を振った。
「パパはきっぱりと『もう子どもは要らない、二人で暮らそう』って言ってくれたわ。でも、ママにはそれが余計辛かったの。あなたのときもそうだけど、あなたのお兄さんかお姉さんの時もそれはものすごい喜びようだったの。だからママね、離婚届まで書いてパパにわがまま言っちゃったわ。どうしても子ども産みたいし、じゃなきゃ離婚するってね」
小百合は遠い目をして笑って続けた。
「そりゃ、パパは納得しなかったわよ。だって、前の2回の流産は病気が原因だったし、なんとか育っても今度は産む時にママもあなたも無事でいられるって確率は低いって言われていたから。パパね、あの時、『俺を一人にしないでくれ』って泣いて頼んだわ。でも、だからママはパパにあなたを抱かせてあげたかったの。あなたが無事に生まれてきてくれてそれをとろけるような顔でパパが抱いた時、ママはもう死んでも良いって思った。でも、あなたが無事で生まれて生きてくれたのに、今度はパパが天国に行っちゃったんだもの。皮肉よね……」
そう言うと小百合ははらはらと涙を落とした。
「私も、病気になるの?」
しばらくの沈黙の後、乃笑留は震えた声で切り出した。
「ううん、まだ判らないわ。この病気は絶対に移るとかそんなんじゃないけど、形質遺伝っていうのがあって、あなたが病気になる確率は普通より何倍も高いの。ママのように妊娠や出産が引き金になることもあるし、資格を取るような段になってそんなことにでもなったら、全てを棒に振らなきゃならないのよ。場合によっては命も危ないし……」
「はいはい、ストップストップ」
しかし、突然沈痛な小百合の告白に弘毅が割って入った。
「小百合ちゃんそこまで。そんなの誰だってあんだろ。まったく夫婦は似るってってけど、これじゃぁあん時の洋介と一緒じゃん。よくそう悪い風にばっか考えられるよな」
「弘毅が能天気過ぎなのよ」
すかさず圭子のツッコミが入る。
「じゃぁ、能天気で結構」
「でも、洋介さんと一緒って……」
「俺らはとっくに小百合ちゃんが病気だってことも、それでも乃笑留を産んだってことも知ってたよ。俺は周人が圭子の腹ん中にできたときに、洋介にそれで殴られてさ。そん時、殴られっぱなしってのも気持ち悪りぃからムリに聞き出した。圭子には絶対に言うなって言われてたんだけどさ、俺って、ほら口……軽いから、乃笑留が生まれてからだけどばらしちまったよ。もっとも洋介は最後まで圭子にはばれてねぇと思ってたろうけどな」
弘毅はわざとなんでもないことのように小百合に言った。
「でも、ホントに洋介さんが桜木さんを殴ったの?」
あの洋介が弘毅を殴ったと聞いて小百合は驚いていた。
「ああ、泣きながら殴られたよ」
「ごめんなさい……」
小百合が頭を下げると、弘毅は頭を掻きながらこう言った。
「ああ、いいよいいよ。19年も前のことを今更謝られてもな。それにあれは俺が一番悪いんだし。……って、何の話だ? とにかく、これは周人と乃笑留の問題なんだよ。どんなことがあっても周人と乃笑留が乗り越えればいいんだ。俺たちはその手伝いで良い。小百合ちゃんが取り越し苦労することなんて何もないんだからさ」
それから、弘毅は周人に向かって言った。
「ま、責任を取れない内は、好きだからって一緒に住もうなんて甘いってこった。責任取れるからって、いきなりってのもいただけない話だけどよ」
それって、自分のことじゃない。自分のことを他人事みたいに言うな! 圭子はそう思って笑いをこらえた。
「周人、この件はお前が自分の足でちゃんと立つまではお預けだ。甘いことなんか考えんなよ。さっきのでもわかるようにサユママかなり頑固だからな。絶対に許してくんなくなるぞ」
「わかった」
周人と乃笑留は同時に頷いた。
「これでどうだ? だから、小百合ちゃんもこれ以上変な取り越し苦労はすんなよ。いざとなったら俺も圭子もいるし、絶対に何とかなるからさ」
そう、今までもそうだったように……と、弘毅は思った。