時間差 4
乃笑留は自宅にも周人の家にもいなかった。
(たぶん、あそこだ……)
周人は洋介がいなくなってから乃笑留がつらくなるといつも行く場所……自宅近くの公園に向かった。
彼女はやはり、その公園のブランコに座っていた。
「やっぱりここか……」
「ここにいちゃダメなの!?」
乃笑留はそう言うと周人から目線を反らせた。
「さっきの話、聞いてたのか」
周人の質問に乃笑留は答えなかった。
「聞くのはいいけど、話は最後まで聞いてくれないと。お前なんか誤解してないか」
「私が何を誤解するって言うの?!」
乃笑留は周人の言葉にヒステリックな語調で返した。やっぱり誤解してるじゃないかと周人は思った。
「親たちの約束があったかどうかなんて、関係ねぇだろ。あの時、俺が何でお兄ちゃんって呼ぶのを止めさせたと思う」
あの時って……パパのお葬式のときのこと? そう思って乃笑留はブランコにすわったまま周人を見上げた。
「俺はお前のお兄ちゃんになんてなりたくない。ましてやパパになんてもっとなりたくない。男として乃笑留を守りたい、そういうつもりで洋介パパにもずっと守ると言ったし、だから、乃笑留にお兄ちゃんって呼ぶなって言ったんだ。ガキの俺には上手く説明できなかったけどな」
「だって、水嶋さんには……」
それなら最初からそう言えばいいのに、パパたちのことばかり言うから……聞いてるの辛くなっちゃったんだもん。乃笑留はそう思ってふくれっ面になった。それを見て周人は声を荒げた。
「だから、最後まで聞けって! あの後、水嶋には約束があろうがなかろうが俺にとっての女は生まれたときから、いや、生まれる前から乃笑留しかいないって、そう言ってきた」
「そんなの、ウソ……私なんか、周ちゃんとは全然つりあわないもん。」
しかし、周人は乃笑留から何の脈略もないと思われる言葉が返ってきたので耳を疑った。
「は!?」
「周ちゃんはカッコよくてサッカーも上手くて……一緒に歩いてると『何でこんな娘が彼女なの?』って声が聞こえるみたいで……そんな私が周ちゃんにそんな風に言ってもらえるなんておかしいよ」
「何考えてんだ、お前怒るぞ!」
怒るぞって、もう怒ってるじゃんと乃笑留は思った。
「だから今言ったろ! 俺にはお前しかいないって! 他の奴がどう見ようがどう考えようがそんなこと関係あるか!?」
周人がそう言うと、乃笑留はまた俯いて、制服のスカートのひだを指でなぞりながら言った。
「それに……何日かまえに、周ちゃん水嶋さんのこと……」
「俺が水嶋に何か言ったか?」
「抱きしめてた……見たもん!」
そう言って乃笑留はまた顔を上げた。眼には涙が溜まっていた。
「そんなことしてねぇって!vお前やってもないもん何処で見たって言うんだよ!」
周人にはまったく覚えがなく、乃笑留の言葉に眩暈がしそうだった。
「帰り道。新町の交差点で……」
乃笑留にそう言われてやっと思い当たった周人はいきなりげらげらと笑い出した。
「それ、水嶋がコケかけたのを支えただけじゃん。」
「えっ?」
「大体道の真ん中でそんなことする訳ねぇだろ、ちっとは考えろよ! やっぱおまえこのごろ変だよ」
「だって…だって…」
こんな私は周ちゃんには釣り合わない、いつもそう思っちゃうんだもん。乃笑留がそう言おうとした時、周人は彼女の想像もしなかったことを言い出した。
「そんなこと言ったら、俺だって不安なんだぞ。お前んとこに面と向かって男子が寄って来ないのは、俺が睨み利かせてるからだって知ってるか? お前が中学に入ってきたとき、同小じゃない男子にかわいい娘がいるって何人かに言われて、それがお前だって分かった時、いつそいつの誰かがお前に言い寄ってくるかって気が気じゃなかったんんだからな。高校に入ってからは、何回留年してやろうかって思ったか。今年1年フケたら、同じ学年だって……でも、そんなことしたら、洋介パパがいたらそんなことをする周人くんを許さないって、サユママに言われそうだろ。だから、ぐっとこらえたんだって」
「ウソ!」
乃笑留は周人の言葉をにわかに信じることができなかった。
「ウソじゃないってば!! どう言ったら解ってくれる……」
周人は心底困ったような表情をして、乃笑留をブランコから立たせて抱きしめた。
「これでどうだ?」
そして周人は乃笑留にキスをした。唇が軽く触れる程度だったが、それでも2人にとっては、その部分はものすごく熱を持っているように感じられて、あわてて離れた。
「これくらいなら……洋介パパも許してくれるよな」
周人は照れながらそう言った。
乃笑留は涙が出るほど嬉しかったが、たぶんパパは許してくれないよと心の中で周人につぶやいた。