時間差 3
乃笑留が最近おかしい……周人はそう思っていた。
毎日の弁当の受け渡しで、日に二度は会っている。でも、その時の空気が違うのだ。それまではついでに何かしら言葉を交わしていたのだが、最近は
「はい」
と渡すだけでそそくさと去っていくし、空の弁当箱を受け取っても感想を聞かなくなった。前は煩いほどに聞いていたというのに。それで、
「最近、乃笑留おかしくない?」
と母や妹に聞いてみたのだが、彼女たちは首を傾げるばかり。違和感を感じているのはどうも自分だけのようだ。
しかし、周人には乃笑留の態度が変わった理由に心当たりはなかった。
一度話し合いたい……そう思ったものの、どう切り出したらいいのかわからない。大体何を話し合おうと言うのだ。
このままじゃいけないような気がする。そう思いながら、いつもと変わらない日々を彼らは続けていた。
―*―*―*―
「桜木君、19日用事なにかある?」
周人は放課後校庭の隅で葵に呼び止められた。
「クラブの練習試合。」
大体運動部なんてテスト前ででもなきゃ休みに何かならないぞ。こいつそんなことも分かんないのかなと周人は思った。あ、やこいつ美術部だっけ……なら、仕方ないと。
「そっかぁ、練習試合……残念。じゃぁ次の祝日は?」
そんなもん当然休みじゃないと言いかけて、周人は顧問の都合で休みになったことを思い出した。
「あ、その日なら珍しく先生の都合で休みみたいだけど……それがどうした?」
それがどうしたと周人は思った。
「じゃぁ、一緒にどっかいかない?」
「えっ、何で水嶋と……」
周人はウザそうにそう答えた。水嶋とどっか行くくらいなら、乃笑留とちゃんと話しがしたい。それが周人の本心だった。
「何でかぁ、そんなの理由要るの?」
「理由がないなら断るよ。他にやることあるから」
だから、そう言って周人はその場を離れようとした。
「あなたが好きだから、これは理由にはならない?」
しかし、葵のいきなりの告白に周人は思わず振り返った。
「水嶋!?」
「私、入学したときから桜木君がずっと好きだった。それで桜木君と同中のミソノに聞いたら彼女がいるって聞いてちょっとあきらめかけたんだけど、この間桜木君言ってたでしょ。彼女とは親が決めた付き合いだって。じゃぁ、まだ私にも見込みあるかなと思って」
「そりゃ、乃笑留とは父さんが洋介パパにそう言ったのが最初だけど……」
周人がそこまで口にしたとき、後ろの校舎で誰かが走り去った。周人はその姿をチラっと見て血の気が引くのを感じた。あの少しウエーブのかかった細い髪は……乃笑留だ!
今の話を聞かれたか。別に、聞かれたって悪い話をしていた訳じゃないけど、これって聞き様によっては俺があいつのことを親から押し付けられているようにしか思えないんじゃないかな。もしかしたらこれがこの間からのあいつの態度の変わった原因なのか? そう思った周人は急にそわそわし始めた。
「言ったのが最初だけど、そんなのどうでもいいんだ。」
「どうでもいいって?」
葵は急に落ち着かなくなた彼にそう尋ねた。
「確かに親同士は赤ん坊の乃笑留を見ながらそんな話をしたんだって繰り返し聞かされた。でも、そうじゃなくても俺は乃笑留を生まれたときから、いや生まれる前からずっと好きなんだ。水嶋、悪いけど俺にとって乃笑留以外は女じゃない。今までも、これからも。」
そう言って、周人は乃笑留を追って走り出した。一刻も早く乃笑留を見つけて誤解を解きたい……彼の頭にはそのとき、そのことしかなかった。
葵はそんな周人のリアクションにショックを受けながらも半ば呆れていた。これがミソノの言う、『あいつはムリ、止めときな』の意味なのだと思った。それにしても、『乃笑留以外は女じゃない』って一体何? チープな恋愛コミックスじゃないって言うのよ、葵はそう思った。
「ばっかじゃないの、あいつ……」
そして葵は小さな声でそうつぶやいてみた。ちょっぴり寂しくはあったが、ここまでばっさり切られると案外清々しくもあった。