約束 2
夜遅く、乃笑留は洋介の棺の前で泣くでもなく身じろぎもせず、まるでお人形の様にじっと座っていた。
「乃笑留、人がたくさんいるところではお利口さんにしてないといけないよ」
パパはいつもそう言っていた。パパの言うことを聞いたらもしかしたら
「乃笑留はホントにいい子だね」
とパパがいつもみたいに優しく頭を撫でてくれるかもしれない。
もうそんなことはありはしないのだと幼い頭ででも何となく判ってはいるのだが、乃笑留はそれでも大好きなパパの言いつけを破る気にはならなかった。
そこに周人が来た。桜木夫妻が家に帰ると言った時、周人は頑としてここに残ると言い張った。
それで、圭子が渋る中弘毅は、
「お前がサユママと乃笑留を守ってやるか」
と言って、洋介や小百合の親戚たちに断りを入れて周人を置いて帰ったのだ。
「乃笑留、大丈夫か」
周人は乃笑留の隣に座った。乃笑留は黙ってこくりと頷いた。
それから周人は答えてくれるはずもない棺の中の洋介に向かって言った。
「これからは洋介パパの代わりに乃笑留を僕が守るから。ずっと守るから……安心して」
周人は答えてくれないとは解かっていても、洋介の体がある内にそれだけは言っておきたい、言っておかなければならないと思っていた。
「お兄ちゃん……」
お兄ちゃんはパパに何が言いたいのだろう、乃笑留はそう思った。
「乃笑留、これからはお兄ちゃんって呼ぶな」
すると、周人は乃笑留を見ないで洋介の方を向いたままそう言った。
「どうして?」
「どうしても」
7歳の周人には、言葉でそれを上手く説明することはできなかった。でも、お兄ちゃんではいたくはなかった。
「じゃぁ、どう呼べばいいの?」
「周人でいいじゃん」
周人はそう言ったが、さすがに1学年上の周人を呼び捨てにすることは乃笑留にはできなかった。
「ねぇ、周ちゃんでいい?」
「うん、それでいいよ」
その後…2人は手を握ったままずっと洋介の棺を見つめ続けた。
乃笑留は告別式に小学校の制服を着て参列した。『お姉さんになったね』と言ってくれたパパへの最後の贐にと頑として譲らず、小百合もそれを許したのだ。
身に合わぬ大きな制服で健気に大人でさえ退屈に感じる空間にいることが参列者の涙を尚更誘った。