約束 1
洋介は病院からそのまま近くのセレモニーホールに移された。
『1つだけ絶対に守って欲しいことがある。俺より先に死ぬなよ。1日でいいから』
小百合の耳に洋介の真面目くさった励ましの言葉が今もしっかりと残っていた。絶対に彼に赤ちゃんを抱かせたい。それをこの目で見るんだと笑いながら泣いたあの時のことを、小百合はついさっきのことの様にはっきりと思い出せた。
そう言えば、洋介さんは昔から約束事に煩かった。どんな小さな約束でさえ、彼女は破られた記憶はなかった。
でも、約束だからって、こんなに早く守ることなんてないのに! と彼女は思った。乃笑留が大人になって、成人式の晴れ姿を見て、結婚して(相手は周人くんかしら)孫が生まれて……それから後でも私、充分約束を果たせた気がするわ。
小百合は乃笑留の成人式やとか結婚式・出産など、そういう遠い先の話で何か彼と約束していなかったことを悔んだ。荒唐無稽と言われるかもしれないが、何か1つでも約束していれば、律儀な洋介はたとえ何か障害が残ったとしても、よしんば植物状態であったとしてもそこまで必ず生きていてくれたような気がした。もしかしたらこの事故さえなかったかもしれない。
そこに弘毅たちが乃笑留を連れて現われた。
「サユ……大丈夫……なわけないか……」
「おケイちゃん……」
小百合は圭子の顔を見た途端、それまで一旦は止まっていた涙がまたあふれて止まらなくなった。
圭子がたまたま用事のついでに誘ってくれなければ、洋介さんとの出会いはなかった。そして、桜木さんとおケイちゃんの一件がなければ、寂しさをもてあましながら、今も二人での生活をしていて……
「乃笑留……」
小百合は乃笑留を抱きしめると、周りが驚くほど大きな声で泣いた。
洋介さん、ごめんなさい。本当は私と同じ病気の人なんていなかったの。おケイちゃんのことがうらやましくて、どうしてもあきらめきれなくなっていろいろ調べて、薬を抜いて厳しい生活制限を自らに課せば何とか産めると確信しただけだったの。乃笑留が生まれた後も言えないまま……とうとう言えなかった。
ねぇ、私は間違っていたのかしら。あなたが心を遺しながら去らなきゃならないことを選んだこと。
本当は今すぐあなたのところにいって謝りたい。でも私のことを心から心配しながらそれでも産むことを許してくれたこの子がいるから……私、まだいけない。
そうだわ、あなたは私を一生幸せにすると言ってくれた。
あなたは去らなきゃならないのをどこかで知ってたのかもしれない。だから、あなたが去った後も私が笑っていられるようにこの子を遺してくれたんだ。
――いつまでも笑っていられるようにと名前を付けて――
洋介さん、本当に最後まで約束を守ってくれてありがとう。
私、明日からは元気になるから……だから、今は……今だけは泣かせてね。
小百合はその日、自分が体の中にこんなに水分を持っていたのかと思うほど泣き続けた。