洋介の事故
洋介は自転車でレンタルショップに向かう途中、歩道に翌日回収されるゴミが散乱している箇所があった。彼は自転車から降りてそれらを避けながら歩道を歩けば良かったのだ。しかし、洋介はそれをしなかった。彼は、一旦車道に出て、ゴミをやり過ごして歩道に戻るコースをとろうとした。そこに、折悪しく速度超過して走って来たバイクに接触、4mも飛ばされて中央分離帯に激突した。
後々状況を聞いた小百合が思わず首を傾げたくなってしまうくらいの、夜で車通りが少なく見通しが利かないとは言え、慎重な洋介にはあり得ない――「魔が差した」としか思えない瞬間だった。
何故?何故なの!小百合は病院に向かうタクシーの中で震えながらそうつぶやいていた。
『ここなら車なんてなくたってそう不便じゃないだろ』
洋介さんはいつ人を傷つけるかもわからない車が大嫌いだった。地方出身の彼は、
『折角都会に住んでるんだから、車を極力使わないで済むに越したことはない』
今の家を選ぶ際のかなり優先順位の高い理由にそれを挙げたくらいだ。そんな洋介さんがどうして車に傷つけられなくてはならないのだろう。彼女は隣に座っている乃笑留を自分の許に引き寄せて、横からギュッと抱きしめた。そうしないと彼女の心はバラバラに砕けてしまいそうだった。
病院に着いてから小百合は、その悲惨な現実に打ちのめされながらも、とりあえず義父や彼女の両親、圭子のところには電話で夫の今の現状を報告した。電話を受けた誰もが、
「頭蓋骨を骨折、脳内に出血がかなりあり、緊急手術で頭を切開している。」
という状況に絶句するしかなかった。
「小百合ちゃん、洋介は?」
圭子から連絡を受けた弘毅は病院にすぐさま駆けつけた。
「まだ、手術中……」
弘毅の声を聞いて一度目を上げた小百合だったが、また目線を床に落として、彼女はつぶやくようにそう答えた。
「圭子が、とりあえず乃笑留を預かってこいって。まだ、どれだけかかるかわかんねぇんだろ。清華がいるから私にはこれくらしかできないって。洋介のお袋さんが生きていてくれりゃ良かったんだけどな。小百合ちゃんとこは、充君とこで今大変だろって」
小百合の弟充はつい先日子供が生まれたばかりで、小百合の母は実母のいない嫁の面倒を見ていてすぐさま対応ができないだろうというのが圭子の考えだった。
「あ……ありがとう……」
「じゃぁ乃笑留、弘毅パパの家に行こうか」
「あ……」
小百合も乃笑留を長い間病院で置いておくより、その方が良いとその申し出に感謝したのだが、いざ弘毅が乃笑留を連れて行こうとした時、彼女は言いようもない不安感に襲われて思わず声が出てしまった。
「小百合ちゃん、頑張れよ」
弘毅はそれに対して、そう声をかけた。内心何を頑張るんだと自身にツッコミを入れながら。小百合は無言で頷いた。
乃笑留も弘毅に手を引かれながら、何度も何度も振り返りながら病院を後にした。
そして……洋介は手術後も意識が回復することなく、3日後36歳の若さで帰らぬ人となったのだった。