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温度差

 そして、小百合が洋介に離婚届を突きつけたのは、弘毅と圭子の一件があったおよそ4ヶ月後の事だった。

「何故、2人じゃ駄目なんだ」

「私は子供が欲しいの」

「なら、養子縁組でもするか?それは前にお前が嫌だと言ったんだろ」

養子縁組をするとなれば、他人はともかくお互いの両親には小百合の病気のことを知らせねばならない。彼女はそれを理由に、洋介が切り出した養子縁組の話を受け入れようとはしなかった。

「私は自分で産みたいのよ」

「バカな事、言わないでくれ!」

洋介は小百合を叩くことができず、側にあった机を叩いた。バンッと大きな音が響く。それに対して小百合は一瞬ビクッとしたが、涙を溜めた赤い目をして洋介を睨みながら言った。

「バカな事なんかじゃないわ。私、つい最近ラジオで同じ病気の人が子供を産んだって葉書を読まれているのを聞いたわ。一旦薬を抜いてしまって、それから……いろんな生活制限はあるけど……それでもちゃんと産んだって……」

「それはたまたまその人が上手く行っただけだろ!」

そうだ、誰もが同じ結果になるとは限らない。洋介はそう思った。

「それはそうかもしれないけど、可能性があるならかけたいの。」

小百合は洋介を振りほどいて、彼の目を見てこう言った。

「ねぇ、お願い……1年、ううん半年でいいわ。それでできなければあきらめるから。結婚してから3年以上経つと妊娠確率も減るとか聞くし、これが最後のチャンスだと思うの。だから、お願い!」

「駄目だ!」

逆に洋介はそんな小百合の目を見ていられなくなり、目線を外して答えた。すると小百合は急に思いついたように、

「そうよ、聞いてくれないんだったら、私家を出るわ。そうよ、離婚しなくても出れば良いのよ。」

と言った。

「どうしてそこまでする必要がある!」

「だからお願い、もう一度だけ……チャンスをちょうだい」

そのとき、リビングの時計が、午前2時を知らせるオルゴールを奏でた。



――子供を産みたい――

小百合は頑として譲らなかった。しぶる洋介を尻目に荷物をまとめる準備まで始めた。


「小百合、お前死にたいのか?」

「今のままでも私にとっては死んでるとの同じだわ。だったら命をかけても良いと思わない?」

そこまでして俺は子供なんて要らない! 洋介は心の中で叫んだ。

「どうして、そんな風に考える! もしものことがあって残される俺のことは考えてくれないのか」

「どうして私が死ぬことばかり考えるの? 100%ダメだって決まってないのに!」

「俺にはそんな博打みたいなことはできない。第一、俺と子供とどっちが大事だ!」

洋介がそう言うと、小百合はひどく悲しい顔をしてこう言った。

「そんな言い方しないで……誰の子どもだからじゃない、あなたの子供だから産みたいの。」

もう、堂々巡りだった。

 普段はおとなしくて、洋介に反論などしない小百合の、どこにこんな頑固で強い部分がが隠されていたのだろうかと、洋介は思った。

そして、洋介は震えながらもう一度小百合を抱きしめた。

「頼む……頼むから俺を1人にしないでくれ……」

「1人になんかさせないわ。絶対に大丈夫だから……信じて? 私、絶対に元気であなたに赤ちゃんも抱かせるから……お願いだから……」


勝てない……と洋介は思った。


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