番が現れました。どうしますか? ・受け入れる ・逃亡する ・ぶん殴る◀
センシティブな内容(強姦、暴力)があります。ご注意ください。
パチン。
初めて番を叩いた。
だが威力で言えば撫でたに等しい。
だが今まではそんなことは許されなかった。
それだけで心が高揚した。
ああ、わたくしは解放されたのだと。
「フフッお笑い草でしょう?あなたを殺したくても殴る力すらないんです」
そう笑みを浮かべれば番はまるでゴーストを見たかのような顔をした。
◇◇◇
獣人国にある高い塔にわたくしは住んでいた。
ここに来たのは十七歳の時。それからかれこれ二十三年、この高い塔から街を眺めている。だがこの数日は体調が芳しくなく起き上がることもままならなかった。
「あら珍しいお客様ですこと」
気配を感じ瞼を開ければ随分久しぶりに見る夫の姿があった。夫は自分と違い耳があり牙があり尻尾があり肌も露出しているところは毛で覆われていた。
獣人の見た目の年齢は判別し難いが出逢った頃となんらかわりないように見える。その事実にふわりと微笑んだ。
「体調が思わしくないと聞いた」
「ええ。そろそろ永遠の暇をいただくことになりそうです」
「それはダメだ!!」
石壁に反響し置かれた質素な調度品が震えるほどの声量だったが妻はどこか遠くを見てるかのような顔をした。
「まだ新しい番は現れませんか」
「長命種の龍族ならともかくそこまで開きはない獣人族で見つけることは難しいだろう。だから」
「ではできるだけ早く死ななくてはなりませんね」
「それはダメだと言っているだろう?!」
怒鳴られ口を閉じれば夫はバツが悪くなったのか顔を背けた。
「食事を持ってきた。食べろ」
「いりません」
「食べろと言っている!生きるためだ!」
そう言って差し出してきたのは誰かの心臓だった。鮮度は高いが素のままの姿に吐き気を催し顔を背けた。だが拒絶は許されず顔を掴まれ無理やり食べさせられた。
心臓は体を回復させ寿命を延ばすと獣人族の間で信じられているらしい。
「いい心臓が手に入ればまた来る。俺のために生きてくれ」
そう言い残して出て行った。夫の気配がなくなったところで食べたものを全部吐き出した。寝床は血と胃液塗れで染まりその匂いにまた吐きそうになる。
意識を集中して呪文を唱えれば血も汚れもすべてなくなった。震える腕を叱咤して起き上がり手を組む。
「どこの誰の命かはわかりませんが無駄にしてしまい申し訳ありません。どうか安らかに。女神様の御許に行けますように」
その声は涙に濡れていた。
「また番様のところに行ってきたのですか?」
王宮に戻ると同じ獣人族の第二夫人が鼻に皺を作っていた。番は死臭がするらしくあの塔に行くのを夫人達はとても嫌がっていた。
「陛下も飽きませんわね。伝承は嘘かもしれませんのに」
「そうとも言えないだろう。危険だと判断したから先祖が残しているんだ。軽んじるわけにはいかん」
番を失った時、残された側は狂い死ぬ。
とくに残された側が獣人だった場合持っている力が強大とあって被害も大きくなるらしい。
龍族が番を失った際は己の国を潰したと言うくらいだ。獣人族はそこまでの被害にはならないにしろ用心にこしたことはない。
「父上〜!」
こちらに走ってくる子供達を抱き上げようと腕を広げたが数メートル先で急ブレーキをかけ皆一様に鼻をつまんだ。
「父上臭い!」
「やだ〜!お父様臭い臭い!」
「何この変な匂い」
文句を言う子供達に尻尾をへにゃりとさせると第二夫人がそれ見たことかという顔をした。
「第一夫人様に見つかればこの程度ではすみませんよ。あの方のお小言がお嫌でしたら穢れを落としてきてくださいまし」
番を穢れと言われムッとしたが早く抱き締めてほしい、話を聞いてほしいと訴える子供達に押され自室に戻った。
俺には番以外に三人の妻と十二人の子供達がいる。全員獣人族だ。番だけが人族だった。人族は最弱の種族だと認識しかなく番を見た時も掴んだだけで折れてしまいそうだなと思った。
だからというかあれが番だとわかった時ショックを受けた。こんな女に俺の子など生めるはずがない。
仮に生めたとしてもとても王に相応しい獣にはなれないだろう。そう思った。
だが理性とは裏腹に本能は番を求め挙式を適当に行った後すぐに初夜を決行した。
だがそこで事件が起こった。
番が悲鳴をあげ膣から血が止まらなくなった。検査してわかったことは体格差と番の体がまだ十分に育っておらず挿入した際内臓を突き破ってしまったらしい。
なんて貧弱なのだと周りは番を詰ったが俺は目の前で鼓動が小さくなっていく番を見て恐ろしくなった。
相手を殺すことに恐れはない。躊躇すればそれだけ苦しめることもあると知っている。
あの恐怖は番を失うと思ったから感じたものなのだろう。だとすれば伝承は本物だと見るべきだし番を失うわけにはいかない。
少なくとも子供達が成人し国を任せても大丈夫だとわかるまでは番を生かさなければならない。
「番様に新しい番の話を教えたのか?ですか?」
「そうだ。番にはなんの情報も与えていない。番の伝承すら疎かったのだ。それがなぜ新しい番を探せなどと言い始めたのかわからない」
情報を得ているとすれば番の世話を任せている第一夫人だけだ。
「それはきっと陛下を想ってのことですわ。陛下は伝承をとても気になさっているから番様もご心配なのでしょう」
ご自分がいなくなった後も陛下とこの国の安寧を気にされるなんて素晴らしい方ですね。と第一夫人が微笑んだが違和感を覚えた。
「話は変わりますが陛下。立太子は我が息子でよろしいのですわよね?」
「…ああ。そうだな」
本来ならば番との子が望ましいがあれ以降番の体調は悪くなるばかりだし自分もあの血塗れの姿を思い出してしまい閨に臨めそうになかった。
となれば今いる子供達の中から選ぶしかなくなる。
第一夫人の長男はそろそろ成人だ。成人の儀式をしなくてはならない。それをもって立太子させるかと考えた。
「ならば成人の儀式の際、人族から手に入れたあの魔剣を託そう。爪や牙を使うのもいいが剣を扱うことも重要だ」
この魔剣は斬りつけた相手の魂を吸い取り振るった威力を大きくするという効果があった。
俺はそれを改造させ吸った魂を寿命に変え番を生き永らえさせるようにした。
最初は効果を感じたが今は逆に寿命を吸い取られているかのように弱っている。だから心臓を食わせるほうに切り替えたがやれることはやっておこうと思った。
「父上!見てください!この首の数を!」
成人の儀式から戻ってきた長男は所狭しと人族の首を床に並べた。息子は楽しすぎて過剰に人族を狩ってきたらしい。呆れはしたが将来が楽しみにもなった。
「そしてこれが父上のお土産です!」
「………………は?」
頭を掴みぶら下げたのはボロボロになった番で、頭の中が真っ白になった。
「コイツ塔から逃げだしてたんですよ!だからさっき生け捕りに……あれ?死んでるな」
「普段から死臭塗れだから気絶してるんじゃないの?」
臭いからこっちに寄せないでと手を振る娘に長男が「あ、首の骨折れてた」と笑った。
「人族って弱っちぃですね。これくらいで簡単に死ぬんだから。でもこれで母上も肩の荷がおりましたね」
「これ。陛下の前ですよ」
「なんの価値もない女を番として世話をしなくちゃならない母上が不憫で仕方ありませんでしたよ。
本当だったら母上が正妃として敬われるべきだったのに第一夫人に甘んじなければならなかったのですから」
「仕方ありませんわ。陛下は番伝承に囚われておいでですから。ですがこれでひとつ解決しましたわね。番が亡くなっても陛下はなんともな」
なんともないと言おうとして顔面を殴られた第一夫人は壁に激突した。
「母上!!」
「お前なのか?番を外に出し息子に殺させたのは」
「ち、ちが…」
「違います!本当にあの女は逃げて」
「番はもう起き上がれないほど弱っていた!抵抗すらできない番が階段を降りることも走って逃げることもできん!!」
可能性があるとすれば外部からの手引きだけ。第一夫人しかいない。
「母上はずっと耐えてきたのです!死臭を漂わせる亡霊の世話をしながら父上のために務めていたのです!」
「だから番を殺すなど許されることではない!」
第一夫人の首を強く握りしめると夫人が手足をばたつかせた。
「陛がぁ。お許じぐだざぃ。わだぐしわば、陛がのためにぃ…」
「煩い!黙れ!!」
「やめてください父上!母上が死んでしまいます!!」
「煩いと言っているだろう?!」
そう叫んだ瞬間腹が熱くなった。視線を下げると剣が血を纏わせながら腹から突き出していた。
振り返れば剣を握った次男が震えながら「母上を傷つけるな!あんな女死んで当然だ!あんな死臭塗れな奴番じゃない!番は母上だ!!」と叫ぶ。
そこで目の前が真っ赤に染まり何も考えられなくなった。
気がつけば城が半壊し、至る所に血と肉片が飛び散っていた。その中には第二夫人や第三夫人、彼女達の子供らの骸があったが思考が回らず悲しみも怒りもぼんやりとしか感じれなかった。
生き残ったのは自分一人。
番が死んでしまっては自分も生きてはいけない。
そう諦めた時すぐ近くに人の気配を感じた。
顔を上げればそこに番が立っているではないか。あまりのことに目を大きく見開いた。
「…あ、あぁ…っ」
歓喜の涙がこみあがり思わず手を伸ばすが彼女に一歩届かない。来てほしいのに来てくれない彼女に焦れ、こっちに来い!と叫んだ。
パチン。
こちらに歩み寄った番を抱きしめようと腕を広げたらとても小さな音が聞こえた。
まるで頬に落ちた葉が当たったようなそんなささやかな衝撃。遅れて番に叩かれたのだと認識した。
「フフッお笑い草でしょう?あなたを殺したくても殴る力すらないんです」
そう笑った番の顔は骨に皮を被せただけのように見えた。だが番は番だ。王である俺に手をあげたことも許してやろう。番さえ生きていれば俺は何度だってやり直せる。ここからでも立ち直ってみせる。
「レーメル様!」
どこからともなく聞こえた声に驚き振り返るとそこには人族の男が立っていた。
「ゼスト!!」
差し伸べた俺の手を取ろうとしていた番が初めて聞く声量と喜ぶ声で男のもとに駆け寄り抱きついた。
抱きしめ返す男の表情は皺があり老いていたが番を愛しげに想っているのが見て取れた。
だがそれは俺の番だ。他の男に渡すつもりはない。
「俺の番に触るな!!」
「おいたわしや。このように痩せ細ってしまって」
「見苦しい姿でごめんなさいね」
「いいえ、いいえ。ご無事で何よりでした」
涙を流す男に番は嬉しそうに頬を撫でている。そんな表情俺には見せたことなかったのに!やめろ!こんなものを俺に見せるな!!
殺気を放ち威嚇すれば番を背に隠した男が剣を放り投げてきた。
投降するつもりか?と見やれば魔剣に頬を串刺しにされた長男の首もあった。
「自分の息子が殺されたのに感傷にも浸らぬか」
「こやつは番を傷つけた。死んで当然だ」
番を慮って言えば、なぜか番がクスクスと笑った。
「わたくしはもうあなた様の番ではありませんよ」
「何を言うか!お前は俺のつが……」
番だと言おうとして違和感に気づいた。本能的に感じる番との繋がりが感じれない。
あんなにも煩わしいくらい強く頭に響いていたのにそれがさっぱりと消えてしまっている。
だが代わりに恐ろしいほどの喪失感と倦怠感、手足の重さに息を呑んだ。
「う、嘘だ…」
「嘘ではありません。あなたの妻、正妻と呼べはよろしいかしら?その方が番の繋がりを自分に移せと何度も拷問したのです。
番の繋がりを移すなど聞いたことがございませんでしたが死ねばいいと仰るのでなるほどと思いましたのよ。
ですが何度殺されても私は生きている。聞けばあなた様が人様の命を使ってわたくしの寿命を伸ばしていたとか。
お陰でわたくしは生と死を綱渡りしながら生きるという地獄の日々の繰り返しでしたわ」
そんな話知らなかった。だがそういえば最近第一夫人を新しい番として正妃にしてはどうかという話が出ていた気がする。
番伝承を軽んじる者達の戯言だと思っていた。第一夫人も信じてはいないようだったが俺への忠誠があった。
だから任せたのに。
「悍ましいことだ。番を他人に移すなど不可能だというのに何をもって大丈夫と思ったのだろうね」
「さぁ?あの正妻はご自分が本当の番だと信じていたようですから確証があろうとなかろうとどうでもよろしかったのでは?」
愛する方の手で葬られて彼女も本望でしょう。と視線を別の場所に向けたので追いかけるように見ると第一夫人が一番無残な姿で朽ちていた。
「違う。この女ではない!俺の番はお前だけだ!」
「そう言われましてもわたくし、お前という名前ではありませんが」
あなた様はわたくしの名前を知っていますの?
その問いと低く警戒する声に初めて動揺した。
「あなた様は興味もなかったでしょうがわたくしはレゼヴェンドルトという王国の第一王女でした。
国自体はあなたに攻め滅ぼされる程度の小さな国でしたが平和なよい国でしたの」
だが番を感じた俺が先触れなく現れ、家族や民を蹂躙し番を誘拐したと話した。
違う。たしかに気がはやって先触れもなく入国したが番を引き渡せば何もせず出て行くつもりだった。
「……お前、王女だったのか?」
「ええ。当時は白髪もなく皺もなく仕立ても最高級のものを纏い、肌も白く滑らかでどちらかと言えばふくよかなほうでしたが」
「レーメル様はあの頃も細く美しいですよ」
「まぁゼストったら」
お上手ね、と笑う二人はとても親しげで仲睦まじく見えた。それを見て怒りがわくのに体が動かない。
「お前の家族を手にかけたつもりはなかった。ただ俺は番であるお前と会いたかった。話したかっただけだ!」
「はぁ。ならば正式な手続きをして謁見の間でお会いしたかったですわね。あなた様も一応王族のようですから」
「王族が親交もなかった他種族の国にいきなり侵入し無抵抗な民草を虐殺したのですか?」
「死人に口無し。こちらの国では友好的に対応しようとしましたが番伝承に疎い我が国は番などいないと一方的に剣を抜きあの方を害そうとしたとか。まるで蛮族のような扱いですわね」
「レゼヴェンドルト王国は人族の中でも温和で他種族に理解のある国として有名でしたのに…」
「他種族の方々とは国交を結んでおりましたがこちらの国は外交の認識があまりありませんから」
「ああ。支配することでしか交流できないと思い違いをしている民度が低い者達でしたね。まさに獣の考え方だ」
「何を!!」
激昂したが気持ちだけで体がついていかない。まるで手足が重石付きの鎖に繋がれてるみたいだ。
「誘拐したのではない。俺の妻として娶ってやったんだ!」
「娶ってやった。そんなことただの一度も望んではいなかったわ」
「そんなこと一度も言わなかったではないか!」
「無理やり犯して子宮を割いたケダモノに人の言葉など通じると思うわけないでしょう?」
言ったとしてもわたくしの言葉を聞き届けるつもりもなかったでしょう?と言われ口をつぐんだ。
「ともあれ、それで半分。先程殺されたことで完全に番の繋がりが切れましたわ」
「なんと無茶なことを……」
「あなたがくれた身代わり石のお陰で生き返ることができましたの。ありがとうございます」
心配そうに見る男に番は嬉しそうに胸元にあるロケットを握った。そんなものを持ってたなんて気づかなかった。
「俺も、俺だってお前のために尽くしてきたんだ!」
「…はぁ、そうでしたね。わたくしを瀕死の重傷にして実験する正妻に世話を任せ、あなた様は生の心臓を無理やりわたくしに食べさせた。
わたくしが弱っていたのは生肉に拒否反応を起こしすべて吐いていたからなんですよ」
そうでなければここまで痩せ細りはしなかったでしょうと言われショックで呆然とした。
「好みすら把握せず無理やり食べさせられていたなんて…」
「正妻と違って気紛れにしか来なかったので被害は少なくすみましたが、誰ともしれない心臓を無駄にしてしまったことは申し訳なく思っていましたわ」
ああ、声が聞こえますね。と番が笑みを浮かべた。
「あなたの息子が荒らした国は獣人族を強く恨んでおりますの。あなた様が弱ったと聞いたら喜んで挙兵してくれたそうですよ」
ね?と隣の男に聞くとやはり嬉しそうに微笑んだ。
「私の力だけでレーメル様をお救いできず不甲斐なさを感じていますが」
「何を言うの!この国を滅ぼせるのは内側をわたくしが、外側をあなたが崩したからよ」
「ですがここまで至るのに二十三年もかかってしまいました」
その間の不遇と苦労されたお姿に自分の不甲斐なさに怒りを覚えます、と涙ぐむ男に番が「いいのよ」と労わるように彼の頬を撫でた。
「あなたはわたくしのためにすべてをなげうってくれたわ。そして迎えに来てくれた。それだけで十分よ」
「…レーメル様、」
そのまま二人の距離が近づき俺は目の前が真っ赤になって立ち上がった。
「あら、わたくし達はもう番ではありませんのよ?」
「殺す、殺す。男を殺して番よ。今度こそ俺の子を」
「冗談じゃないわ。ケダモノとの子供なんて死んだって生むものですか」
初めて聞くようなドス黒い低い声にビクッと肩を強張らせると「いいことを思いつきましたわ」とガラリと表情を変え隣の男に耳打ちした。
男は放った息子の顔つきの剣を持つと立ったまま動けない俺の胸につきつける。
「わたくしも実験をして差し上げますわね。これで刺した場合肉体はちゃんと死ぬのかどうか」
「やめろ、やめてくれ…」
「わたくしずっと考えておりましたの。どうやったらあなたの心が折れるほど傷つけられるか。苦渋に満ちた顔を見せるか」
番と言いながら何も思っていない無表情で視線も合わせず見下ろすあなたにずっと殺意を抱いていましたの。と微笑む番に初めて彼女の気持ちを聞いた。
みっともなく感情を振り乱すことは王は許されない。番とはいえ下級の人族に膝をつくなど体裁が悪いと思っていた。
毎回大切な番のもとへ通っていながらそう考えていた。
だが今ならわかる。
番なのだからもっと近くに寄るべきだったと。
視線を合わせ彼女の目を、表情を見て話すべきだったと。
この国に人族は番しかいないのだから。
頼れるのは自分しかいないのだから。
俺は最初から何もかも間違っていたのだ。
「あなたの今の顔、とても素敵だわ」
わたくしが見たかった顔よ。と言って男が持っている柄に自分の手を重ねた。
「あなた様のお陰で番を監禁すればそうでない女と結婚できるしそうでない女達といくらでも子をなせるという害悪なシステムだと理解しました。
わたくしはこの身をもって番を提唱する国に訴え、不幸なしきたりに苦しむ方々の一助になることを誓いましょう。
あなたにされたこと、あなたの妻達にされたこと、あなたの子供達にされたことすべて詳らかにしこの国すべての獣人を根絶やしにしてやる」
そう言ってゆっくりと俺の中に剣を埋め込んで行く。
「安心してくれ。私は魔法使いの端くれでね。記憶操作の魔法も得意なんだ。
レーメル様には頃合いを見て私が忘却魔法を使いこの国のことや貴様のこともすべて忘れてもらうつもりだ。
私との新しい人生に貴様はいらないからな」
「そうね。できればすぐに忘れたいところだけど…仕方ありませんわね」
「…や、やだ。やめろ…っ」
剣が奥深くまで力強く押し込まれる。女の力ではない。
だが番は子供のように楽しそうに目をキラキラさせながら握っている柄をグリッと横に引き裂くように回した。
頬を上気させる彼女に初めて見惚れた。
「では名も知らぬ誘拐犯様。ごきげんよう。さようなら」
人族の民草を意味もなく蹂躙したのが獣人国の第一の息子だと密告があり被害に遭った国が報復に動いた。
同じ数だけ民草を間引く予定だったが辿り着いた時には首都は壊滅。獣人国を治めていた一家はすべて惨殺されていた。
主犯の第一の息子は剣に刺さったまま首だけの姿になっており報復はそこで一旦終了した。
その後突如国が滅亡したレゼヴェンドルト王国の生き残りである王女が獣人国の王だという男に番誘拐され、抵抗した家族や国の者達が惨殺されたことを公開した。
その獣人は王女を番だと言い拉致したが弱小種族と見下し番として扱わず塔に閉じ込め、三人の妻を迎え十二人の子供を持ちその中の長子を次の王に据えるつもりだったことも明かされた。
番はただ獣人の精神安定剤として生かされただけで奴隷と変わらない扱いを受けていた。
また番の繋がりを他人に移すという人体実験を強制的に強いられていたことも明かし番というシステムを今一度見直すべきだと提唱した。
レゼヴェンドルト王国と言えば他種族にも公平に接する国であり亜人種を毛嫌いする人族の国とを橋渡ししてくれた友好国だった。
そんな国を名も知らぬ獣人が番を使って蹂躙した。これは許されることではないと誰もが嫌悪した。
とくに被害を受けた国とレゼヴェンドルト王国と友好を結んでいた亜人種の国が激怒しその獣人国に属していた生き残りを駆逐しその種族は根絶やしにされた。
王女を拉致監禁し尊厳を傷つけ穢した獣人の男はその魂が魔剣に取り込まれていたので番を尊ぶ者達の研究対象として引き渡された。
番であることが王女の寿命変換の鍵になっていたらしく第一の息子の魂もそこにあるという。
王だった獣人の肉体は町中で彷徨っていたところを歩兵に数合わせとして斬られていたため他の死体と共に燃やされ残っていない。
彼らの魂は番を正しく認識できない欠陥品サンプルとして幾度も実験され、番伝承を持つ国は反面教師として物語に刻んだ。
死以外で番を拒絶できる対策ができたところで王女は表舞台から消えたが、老紳士と並んで歩く後ろ姿はとても幸せそうだったととある夫人の日記に記されている。
読んでいただきありがとうございました。
蛇足としては息子の番も人族で被害が遭った国でエンカウントしましたがなんとなく手を出せなくて彼女を避けて蹂躙しています。
今回は息子が認識できず彼女は番だと感じますがクォーターなのもあって弱く家族や恋人を殺された怒りが勝り繋がりの感覚が有耶無耶になります。
息子が亡くなって精神が不安定になりますが家族を失ったせいだろうと判断され本人も長くそう思い込みながら過ごすことに。
番との繋がりを切る魔法薬が出た時に精神安定剤と間違えて飲んだことで自分を取り戻します。
王女と魔法使いは幸せに過ごしますが多分魔法使いを看取ってずっと長生きすると思います。




