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エピローグ:ひき継がれる音

 島崎刑事が去った後のマンションの一室は、やけに静まり返っていた。


 あるじを失った部屋は、翌月にはハウスクリーニング業者の手によって、何事もなかったかのように片付けられた。佳織の遺品は、身寄りのない彼女に代わって、機械的にリサイクルショップへと回された。


 一週間後。


 都心から少し離れた、学生街の古本屋の軒先。

 雑多に並べられた100円均一の籠の中に、あの煤竹すすだけの虫籠が紛れ込んでいた。

「わあ、これ、可愛い」


 足を止めたのは、就職活動に疲れ切った面持ちの女子大生だった。


 彼女は、面接でついた「自分を大きく見せるための嘘」や、親に言えない「借金」の重みに、毎日押し潰されそうになっていた。


 彼女が籠を手に取ると、竹の隙間から、ひんやりとした風が吹き抜けた。

 中には何も入っていないはずなのに、耳を澄ませると、かすかに「カサッ……」という、誰かが囁くような羽音が聞こえる。


「……ねえ、君の悩み、私が預かってあげようか?」

 どこからか聞こえた幻聴に、彼女は吸い寄せられるように財布を開いた。

「これ、ください」


 店主は、古い新聞紙で無造作に籠を包みながら、ボソリと呟いた。


「……あんまり、中を覗き込まないことだね。一度入れたら、二度と取り出せないものもあるんだから」

 女子大生は、その言葉を背中で聞きながら、大事そうに虫籠を抱えて人混みへと消えていった。


 彼女の後ろ姿からは、少しずつ「影」が薄くなり、代わりに、抱えた籠がずっしりと、どす黒い重みを増していくのを、誰も気づく者はいなかった。


 東京の夜は、今夜も多くの「嘘」と「秘密」を飲み込んで、静かに更けていく。

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