虫籠の罰
その虫籠は、決して開けてはならないものだった。
博打で首が回らなくなった直助は、ある夜、蔵の隅で古びた竹籠を見つけた。それは、死んだ祖父が「これだけは触るな」と遺言を残した、不気味に黒ずんだ籠だった。
だが、金に窮した直助は、それを売るつもりで手に取った。その瞬間、籠の中から羽音のような、あるいは女のすすり泣きのような声が聞こえた。
「……ねえ、出して」
直助は、その声に聞き覚えがあった。一年前、自分が借金のために売り飛ばし、その後、自害した女房のお菊の声だった。
腰を抜かした直助だが、籠は甘く囁きかける。
「この籠に、あんたの『罪』を入れな。そうすれば、お奉行様も、借金取りも、あんたを追いかけなくなる。全部、私が食べてあげるから」
直助は縋る思いで、自分の犯した悪事を籠に向かって白状した。博打のイカサマ、仲間の金を盗んだこと、そしてお菊を裏切ったこと。
言葉を吐き出すたびに、不思議と体が軽くなった。追っ手の足音は遠のき、まるで世界から自分の罪が消えたかのような全能感に包まれた。
しかし、異変はすぐに起きた。
直助の体から、少しずつ「熱」と「重み」が失われていったのだ。腹が減らず、痛みも感じない。鏡を見ると、自分の顔が透けて見え、まるで籠の中にいる虫のように、存在が希薄になっていた。
慌てて虫籠の蓋を閉めようとしたが、指が竹の隙間をすり抜けてしまう。
籠の中から、お菊の哄笑が響いた。
「身勝手だねえ。罪を捨てたってことは、あんた自身の『生きてきた証』を捨てたってことだよ。中身のない人間が、この世にいられるわけないじゃないか」
直助の叫びは、もはや誰の耳にも届かない羽音へと変わった。
翌朝、長屋の住人が見つけたのは、中身がもぬけの殻になった直助の着物と、その横に転がる、パンパンに膨れ上がり、何かがのたうち回るような音を立てる黒い虫籠だけだった。
直助は、死ぬことさえ許されず、永遠に自分の罪が詰まった暗闇の中に閉じ込められたのだ。
自分の罪や過去をなかったことにしようとする狡さは、結局、自分という人間そのものを消滅させてしまう




