第七話 雪夜(せつや)の再会と義の楔(くさび)
宋江は、青龍の予言の日付を信じ、急ぎ滄州へと向かいました。遥から教えられた通り、彼はまず皇族の末裔でありながら流人を匿う柴進の屋敷を訪ねました。
柴進は、宋江の義侠の心を知っており、快く協力を約束しました。林冲が送られた滄州の草料場は、冷たい雪が降り積もる荒涼とした場所にありました。
予言の夜。雪は激しく降り、あたりは静寂に包まれていました。宋江は柴進の手配した数名の用心棒と共に、草料場の外に身を潜めました。
「草料場に火が放たれる。その前に、彼を見つけねば」
宋江は凍える手で刀の柄を握りしめました。内心、彼は恐怖していました。遥の「未来の史実」が、あまりにも正確に現実となっていくことに。
やがて、遠くから何者かの話し声が聞こえてきました。それは、高俅が林冲を始末するために送り込んだ刺客たちでした。彼らは酒を飲み交わし、間もなく草料場に火を放つ計画を立てています。
宋江は、刺客たちの存在に憤怒し、飛び出しそうになりましたが、遥の言葉を思い出し、冷静さを保ちました。
遥は出発前、宋江に強く釘を刺していました。「火計の実行前に動けば、あなたは命を危険に晒します。林冲殿の悲劇の連鎖は、彼が絶望の淵に達し、自らの意志で悪を断ち切った瞬間に終わるのです」
宋江は歯を食いしばり、待つことにしました。
その瞬間、微かな爆ぜる音と共に、草料場の小屋から炎が上がりました。風にあおられ、雪を赤く照らしながら、炎は瞬く間に勢いを増します。
「林冲!」宋江は思わず叫びそうになりました。
その時、炎の中から、一人の男が飛び出してきました。それが林冲でした。彼は既に小屋を襲った刺客たちを返り討ちにし、傷つきながらも立ち尽くしていました。彼の武術は、絶望の中でも衰えてはいませんでした。
宋江は急いで林冲の元へ駆け寄りました。林冲の顔は、憔悴しきっていましたが、その瞳の奥には、憎悪と、ようやく自由を得た男の覚悟が宿っていました。
「林冲殿!」
「あなたは…宋江殿!なぜここに」林冲は驚愕しました。
宋江は、林冲を力強く抱きしめました。その熱い抱擁は、流刑の地で独り絶望していた林冲にとって、何物にも代えがたい慰めとなりました。
「お前を救いに来た。高俅の陰謀も、お前の無実も、全てわかっている。お前の命を狙う悪党は、わしが始末した。もう、お前は朝廷に忠を尽くす必要はない!」
宋江は、遥から預かっていた呉用の書状を渡しました。そこには、生辰綱の顛末と、晁蓋たちが志す「民のための義」の理念、そして青龍の存在が簡潔に記されていました。
林冲は、その書状を読み終えると、雪の上に膝をつき、声を上げて泣きました。
「私の妻は、高俅の息子に…無念にも自害し、私は全てを失った。もう、この世に生きる意味はないと思っていた…」
「生きる意味なら、わしらが作る!お前の武勇は、悪のためにあるのではない。これから苦しむ無辜の民を救うためにあるのだ!」宋江は林冲の手を握り、立ち上がらせました。「共に来い。梁山泊へ。そこにお前を心から待つ義の兄弟たちがいる。青龍という智者が、お前の未来を変える道を示してくれたのだ」
林冲は涙を拭い、夜空を見上げました。降りしきる雪の中、彼の心には、遥が示した「未来の希望」という灯火が、力強く灯ったのです。彼は、宋江の熱い義の心に触れ、再び剣を振るう理由を見つけました。
この雪の夜、宋江は林冲の命を救うことで、未来の悲劇を回避する大きな一歩を踏み出したのです。林冲という豪傑は、宋江というカリスマと、青龍という知恵の光によって、腐敗した朝廷への忠誠から解放され、梁山泊の旗の下へ加わることを決意しました。
語り手 林冲
私は林冲。都の禁軍の教頭だった。私の人生は、ただ一人の悪党、高俅の私怨によって全てを奪われた。流刑の地で、妻の死を知り、命まで狙われた時、私は心の底から絶望した。もう死ぬしかない、と。
しかし、雪の夜、炎の中で、宋江殿が私を救い出した。彼は私の全てを知っていた。私が辿るはずだった、さらに先の悲劇までも。
宋江殿の熱い義の心と、呉用殿の書状に記されていた「青龍」という未来からの智者の話。それは、私の心を貫いた。私の武勇は、朝廷の道具ではない。民を救うための義の剣として、再び生きる道がある。
涙は止まらなかった。これは、亡き妻への無念と、私を救いに来てくれた兄弟たちへの感謝の涙だ。
私は、この命を梁山泊の義のために捧げる。青龍の示す未来を信じ、宋江殿と共に、この世の不義を断ち切るのだ。
次回、林冲が梁山泊へと合流。物語は一気に加速します。




