第六話 青き龍の誘いと豹子頭(ひょうしとう)の救出
生辰綱の成功は、官軍の追及を激化させました。しかし、それはもはや、晁蓋たちの恐れるものではありませんでした。彼らは、遥が考案した「飛信の法」により、鄆城にいる宋江と瞬時に情報を共有し、追っ手の動きを完全に把握していました。
ある夜、東渓村の屋敷に、宋江が密かに姿を現しました。彼の顔には、安堵と、新しい時代への希望が満ちていました。
「青龍よ。お前の智恵は、まさに天の加護だ。官軍は未だに黄泥岡で手がかりを探している。我々は、その間に次の手を打つべきだ」宋江は強く訴えました。
遥は頷きました。彼は今こそ、歴史上最も不運で、最も強い英雄の一人を救うべき時だと知っていました。
「宋江殿。歴史では、あなたにとって最も大切な兄弟の一人が、悲劇の淵にいます。彼を、我々の義の元へ迎えるべき時です」
「それは、誰のことだ」
「豹子頭、林冲です」
宋江、晁蓋、呉用の三人は、息を呑みました。林冲は、かつて都の禁軍を率いていた、武術の達人。しかし、高俅という悪徳高官の陰謀により、無実の罪で滄州へ流刑されている身でした。
「彼の流刑先で、彼は命を狙われています」遥は静かに、しかし断言しました。「高俅は、彼の生存を許さない。彼は今、滄州の牢獄に隣接する草料場に送られています。そしてまもなく、彼の命を奪うための火計が実行されるでしょう」
この具体的すぎる「未来の史実」に、宋江の顔は蒼白くなりました。彼は林冲の人柄を知っており、その才能が失われることを心から惜しんでいました。
「一体、いつだ」宋江が焦燥に駆られて尋ねました。
遥は、史実の記憶を辿りながら、日付を告げました。「あと十日です。彼は雪の降る夜、草料場で危機に瀕する。我々が救出する猶予は、わずかしかない」
呉用はすぐに立ち上がりました。「青龍の知恵は、単なる未来の知識ではない。これは、義を貫くための『救済の指示書』だ。宋江殿、動くべきです。林冲という豪傑を仲間に迎えられれば、梁山泊の武力は一挙に盤石となる!」
晁蓋もまた、林冲の武勇を惜しみ、強く宋江を促しました。
「宋江。お前の義の心で、彼を救い出せ。だが、滄州は遠い。誰を派遣すべきか」
遥は、すでに最適な人物を見定めていました。
「単なる武勇だけでは、都の警備を突破することはできません。宋江殿、あなたは林冲を救うため、親友を失う痛みを堪えて、旅に出るべきです。そして、現地で柴進殿を頼ってください」
柴進。彼は皇族の末裔でありながら、義の心を持つことで知られ、流人を匿うことを厭わない人物です。
「彼の財力と地位、そして宋江殿の義の心があれば、林冲を無事に救出できるでしょう。これが、梁山泊が持つべき『人の絆』の力です」
林冲の悲劇的な運命を知る遥にとって、彼の救出は単なる戦力増強ではありませんでした。それは、物語の悲劇を回避するための、最も重要な「楔」を打ち込む行為でした。
宋江は、その遥の静かな熱意に触れ、深く心を打たれました。林冲の救出、それは彼にとって、朝廷の腐敗に対する明確な反逆の意思表示でもありました。
「分かった。わしが行く。わしが、林冲をこの義の元へ連れてくる。青龍、お前がくれた『未来』を、わしは必ず変えてみせる!」
宋江の目に、鄆城の小役人だった頃の迷いは一切ありませんでした。そこには、一つの時代を動かす、確固たる決意が燃え盛っていました。
語り手 宋江
林冲。彼の悲劇は、わしが日頃から憎む高俅という悪党の、最も卑劣な陰謀の産物だ。都の最強の武人を、私怨で追い詰める。この腐った世は、いつまでこんな不義を許すつもりなのだ。
青龍は、わしに林冲が命を落とす日、場所、そしてその手口までもを教えてくれた。これは、わしに与えられた天命に違いない。わしは、これまで義侠の心を持ちながらも、小役人という立場にしがみついていた。だが、もう迷わない。
この旅は、わしが完全に朝廷への忠誠を捨て、義の道に生きるという、自分自身への誓いとなる。
林冲という豪傑の命を救い、彼の武勇を梁山泊の義のために活かす。そして、彼の苦しみを理解し、癒してやれるのは、わししかいない。
待っていてくれ、林冲。お前の義を、この宋江が必ず救い出す!
次回、宋江による林冲救出の旅が始まる




