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第二話 義の絆と未来の史実

鄆城の郊外、宋江の隠れ家は、夜の闇に沈んでいた。


簡素な卓を囲むのは三人。宋江、そして彼の無二の親友であり、隣村の東渓村で義侠の徒として知られる晁蓋、そして未来からの転移者、一条遥、今は青龍と名乗る青年だ。


晁蓋は豪胆な男だった。強靭な体躯に似合わず、思慮深く義を重んじる。彼は青龍の服装と、その落ち着き払った態度に強い警戒心を抱いていた。


「宋江、こやつは一体何者だ。突然現れ、妙な言葉を使い、お前の判断を狂わせようとしているのではないか」


晁蓋はそう言って、卓の上の酒杯を強く握りしめた。彼は青龍が語ったという「未来の史実」を、まったく信じていなかった。


宋江は静かに酒を呷り、青龍を見た。


「晁蓋殿の懸念はもっともです」青龍は声を荒げることなく、冷静に答えた。「私は、ただの歴史教師でした。ですが、この宋の国が辿る運命のすべてを知っています。晁蓋殿、あなた自身の運命さえも」


晁蓋の目が、怒りを含んで細められた。「何を戯言を。わしの運命だと」


「東渓村に、ある七つの宝物が運ばれてきます」青龍は静かに、だが確信をもって語り始めた。「それは都の宰相、蔡京への賄賂です。あなたはその宝物を、呉用殿らと共に奪取するでしょう。そして、その一件で官憲に追われ、梁山泊に逃れることになる」


晁蓋は息を呑んだ。


「まだ誰も知らぬはずだ。都から賄賂が送られるという話は、わしと呉用、そして少数の者しか…」


「それは史実です。そしてその梁山泊で、あなたは頭領となる。しかし、曽頭市との戦いで、あなたは毒矢に当たり、命を落とす。頭領の座は、宋江殿に引き継がれるのです」


青龍の言葉は、まるで目の前で起きた出来事を語るかのように詳細で、一切の感情の揺れがなかった。それは、ただの戯言ではない、冷たい真実の重みを伴っていた。


晁蓋は言葉を失った。冷や汗が背中を伝う。彼を頭領とする梁山泊の旗揚げ、そして彼の死。それは、誰も予測し得ない未来の出来事のはずだった。


宋江は静かに口を開いた。「青龍は、わしの過去の過ちや、まだ誰にも話していないわしの心中までも、知っている。わしはこの数日で、彼の言葉が真実であると確信した。彼は未来の知恵と、悲劇の回避という、途方もない希望をもたらしたのだ」


宋江は身を乗り出し、晁蓋の目を見た。


「晁蓋殿。わしは、青龍の知恵を借り、あなたの死を防ぎたい。そして、我々一百八人が、官軍に利用され、犬死にさせられるという最悪の未来を回避したい。義とは、朝廷への忠誠ではない。それは、苦しむ民を救い、友の命を守ることにこそあるはずだ」


青龍は話を継いだ。


「曽頭市の戦いで、晁蓋殿が命を落とせば、梁山泊は戦略を失い、宋江殿は朝廷への帰順へと傾きやすくなる。私が知る歴史では、この宋という国は、金国という異民族に滅ぼされる。朝廷に忠誠を尽くしたとしても、好漢たちは功績を認められず、国内の戦いで消耗し、やがては無駄死にさせられる。その後、民衆はさらに悲惨な目に遭う」


遥は歴史教師として、単なる事件だけでなく、その後の社会的な影響、王朝の盛衰、民衆の苦難に至るまで、すべてを知っていた。


「我々は、民を救うための義の国を、梁山泊に創るべきです。朝廷の腐敗を正すために、一時的に朝廷と手を結ぶことはあっても、最終的には、金国との戦いに備え、民を守るための独立した勢力となるべきです」


卓上に重い沈黙が降りた。晁蓋は、長年の親友である宋江の覚悟、そして、青龍が突きつけた冷徹な未来の史実という、二つの重圧に晒されていた。


やがて、晁蓋は深々と息を吐いた。彼の目には、疑念ではなく、新たな決意の光が宿っていた。


「面白い。わしは自分の運命というものを見たことがない。だが、目の前のこの若者が、わしの死と、兄弟たちの悲劇を防げると言うのならば…」


晁蓋は立ち上がり、酒杯を掴んだ。


「宋江。わしはお前を信じる。そして、青龍。お前のその奇妙な知識が、本当に天の啓示であるのかどうか、このわしの命をもって試してやろう。わしらは、歴史を変える。行く末が地獄であろうと、この義の旗を下ろすわけにはいかない」


三人は、硬い酒杯を打ち鳴らした。それは、一百八人の英雄たちが辿る悲劇的な運命への、明確な決別を意味していた。


語り手 晁蓋

わしは晁蓋。東渓村の顔役として、これまで数多くの義の行いをしてきたつもりだ。だが、自分の運命を、見知らぬ若者に言い当てられる日が来るとは、夢にも思わなかった。


青龍の語る未来は、残酷だ。わしが死に、宋江をはじめとする兄弟たちが、腐りきった朝廷のために命を散らすという。わしらの求める「義」は、朝廷の都合の良い道具として利用されるだけで終わる。


わしは宋江を信じる。宋江が青龍を信じるのならば、わしもまた、青龍の知恵に賭けるしかない。東渓村の宝物奪取事件は、もうすぐ始まる。青龍は、その事件を「どうすれば、より多くの好漢を救い、梁山泊の旗揚げを盤石にするか」という視点から、徹底的に見直すよう提案してきた。


彼の知識は、まるで戦場を上空から俯瞰しているかのようだ。わしらはもはや、一対一の武勇だけでなく、「情報」と「戦略」という、新しい武器を持った。


わしの死は回避されるのか。そして、この新しい義の道は、本当に民を救うのか。不安は尽きないが、好漢たちの未来を奪わせるわけにはいかない。


次回、いよいよ事態は動き出す。

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