第十七話 疫病(えきびょう)の脅威と医学(いがく)の革命
梁山泊が盧俊義や関勝といった最後の英雄たちを迎え入れ、百八星の力が完全に集結した頃、遥は、組織の未来図を描きながら、静かに一つの大きな懸念を抱いていました。
「軍事力、経済力、人心掌握。全て準備は整いました。しかし、この国には、官軍よりも恐ろしい、そして歴史上必ず起こる、避けがたい厄災が迫っています」
遥が示したのは、疫病の脅威でした。この時代の衛生概念の低さ、劣悪な水質管理、そして戦乱による栄養失調は、大規模な伝染病の発生を不可避にしていました。史実では、この後、宋の国力を削ぐ恐ろしい疫病が蔓延するはずでした。
「疫病は、軍隊を、そして民を、一瞬で崩壊させます。我々がいくら勝利を収めても、疫病の前には無力です。今こそ、『医学の革命』を起こし、国の命運を救うべきです」
遥は、宋江、呉用、そして医術に長けた好漢たち——神医・安道全と聖手書生・蕭譲——を集めました。安道全は、遥がその能力を知っていたため、極秘に招集されていた梁山泊の切り札でした。
遥は、彼らに現代の公衆衛生学の基本を伝えました。
「疫病の発生原因は、我々が目に見えない微細な存在にあります。それは水と汚物を通して広がります。解決策は二つ。清潔な環境の整備と、予防医学の徹底です」
遥の指示は、これまでの梁山泊の改革をさらに発展させたものでした。
水と下水の分離: 既に進めていた水質改善に加え、人里離れた場所に簡単な下水処理溝を設け、汚水が生活水域に流れ込まない仕組みを構築。
加熱の徹底: 「煮沸」の重要性を徹底指導。全ての飲料水、そして調理に使う水は、必ず火にかけて沸かすことを義務付けました。
石鹸の製造: 遥の記憶に基づき、灰と動物の油を組み合わせた簡単な石鹸の製法を安道全に指導。手洗いを徹底させ、感染経路を断ち切る予防策を推進しました。
安道全は、最初はその「目に見えない存在」という理論に戸惑いましたが、遥が示した衛生管理の論理的な根拠に、すぐに感銘を受けました。
「青龍殿…あなたの教えは、私が学んできた全ての医学を超越しています。これこそが、民を救う真の『予防の術』です」
梁山泊は、この「医学の革命」の成果を、周辺地域に広める活動を始めました。簡易活版で「疫病予防の心得」を大量に印刷し、柴進の流通ルートで村々に配布しました。
この活動は、間もなく訪れる恐ろしい疫病の波を、梁山泊とその周辺地域から完全に遠ざけました。
数か月後、史実通り、宋の国内では疫病が大流行し、官軍の兵力は激減し、民衆の不安は極限に達しました。しかし、梁山泊の周辺地域だけは、被害を最小限に抑えることに成功しました。
この「疫病の回避」という奇跡は、宋王朝の権威を完全に失墜させ、民衆の梁山泊への信頼を絶対的なものにしました。
「我々を救ったのは、官軍ではない。義の星、梁山泊の智者だ!」
遥の智恵は、ついに軍事的な勝利だけでなく、国家規模の救済という形で、天下にその存在意義を証明しました。
宋江は、遥の手を強く握り、深く感謝しました。「青龍。お前は、我々の命だけでなく、この国の未来をも救った。最早、天命は我々にある。最終決戦の時だ!」
語り手 安道全
私は安道全。「神医」と呼ばれるが、青龍の教えを聞いて、自分の知識の浅さを痛感した。
「目に見えない存在」が病の元である。そして、それを防ぐのは、高価な薬や秘術ではなく、「清潔な水と手洗い」という、極めて単純な理である。
この知識は、この時代の医学を、千年先へと進ませるものだ。私たちは、青龍の指示で石鹸を作り、清潔な水の製法を教えた。そして、その結果、疫病から人々を守れた。
これは、梁山泊が持つべき、最も強い力だ。武力は命を奪うが、青龍の知識は命を救う。
私と蕭譲は、この梁山泊の義のために、彼の医学を広め、この国を救ってみせる。
次回、梁山泊はついに、腐敗した宋王朝との最終決戦に挑みます。




