第十四話 満漢(まんかん)の血戦(けっせん)と情(なさけ)の女将(おかみ)
梁山泊の大勝利は、各地の英雄たちの心を捉えました。彼らの多くは、朝廷の追手を逃れ、あるいは義を求めて梁山へと向かい始めました。
その頃、遥は、武松の義兄弟である魯智深に対し、ある重要人物との合流を命じていました。その人物は、孟州からさらに西、二竜山の麓にある宿屋を営む、孫二娘という女傑でした。
「魯智深殿。孫二娘は、一見すると恐ろしい女将ですが、その奥には強い義侠心を持っています。そして、彼女の宿屋は、登州の顧大嫂の宿屋と並ぶ、西部の重要情報拠点となります」遥は説明しました。
魯智深は、腕を組みました。「あの女将か。噂では、食い逃げする輩は容赦なく叩き潰すと聞く。だが、青龍がお勧めなら、行こう」
遥はさらに、武松の義兄を殺した西門慶の縁者が、孫二娘の宿屋付近を拠点にしているという情報を伝えました。
魯智深が孫二娘の宿屋に着いたとき、宿はちょうど騒動の最中でした。宿の裏には、孫二娘の夫である張青が、数人の男たちに囲まれていました。男たちは、西門慶の縁者と結託し、孫二娘の宿屋の縄張りを荒らそうとしていたのです。
「この女の店は、今日限りで潰してやる!」男たちが刀を振り上げました。
その時、宿の奥から、孫二娘が恐ろしい形相で飛び出してきました。彼女は、手にした包丁を振り回し、男たちに一歩も引かず立ち向かいました。
「この店の義に懸けて、お前たちのような不義の者に、指一本触れさせるものか!」孫二娘の咆哮は、魯智深の雄叫びにも引けを取りませんでした。
魯智深は、その女将の情の深さと、張青を命懸けで守ろうとする姿に胸を打たれ、即座に助太刀に入りました。
「お前に手を出す輩は、この魯智深が許さん!」
魯智深の剛拳と鉄杖が、男たちを一瞬で蹴散らしました。
戦闘後、孫二娘は、魯智深が梁山泊から来た好漢だと知ると、すぐに彼と張青を奥座敷へ通しました。彼女は、夫と兄弟を守るために常に戦い、心を張り詰めていたのです。
魯智深が梁山泊の義の理念と、遥の示す未来の希望を語ると、孫二娘は初めて、涙を見せました。
「私たちのような女にも、この世の不義を正すための役割があるというのか…」
遥は、事前に魯智深に渡していた書状で、孫二娘の役割を明確に示していました。
「顧大嫂は内政と経営、孫二娘は広範な情報網と補給路の確保。女性の持つ細やかな気配りと、度胸は、梁山泊に不可欠です」
孫二娘は、その書状を読み、深く頷きました。彼女は、夫と共に梁山泊への合流を決意しました。
一方、梁山泊の山塞では、武松が、兄の仇である西門慶の一味を根絶やしにするため、ある計画を立てていました。遥は、武松の義侠心を理解しつつも、個人的な復讐が組織の義を曇らせることを懸念していました。
「武松殿。あなたの兄の無念は、私の未来の知識が証明しています。しかし、我々の義は、個人的な復讐を超えた、天下の義のためにあります」
遥は、武松の力を最大限に活かしつつ、組織の理念を貫くための、新しい戦略を提案しました。それは、西門慶の残党を討伐しつつ、同時にその地域の腐敗した官吏を摘発するという、一石二鳥の作戦でした。
武松は、遥の知恵が、彼の個人的な怒りすらも、大義のために昇華させる力を持っていることを知り、深く感銘を受けました。
語り手 孫二娘
私は孫二娘。人は私を恐ろしい女将だと噂する。だが、私は夫と、この店と、訪れる義を重んじる者たちを守るために、必死だっただけだ。
魯智深殿が来て、青龍という智者の話を聞いた。私のような女の力が、国を変える梁山泊に必要だと言う。そして、私が作り上げてきた情報網と、人を欺く度胸が、「義の補給路」になると。
私は涙を拭った。夫と共に、この命を梁山泊の義に捧げる。これからは、私の情と怒りの全てを、腐敗した宋の朝廷に向ける。
義に懸けて、梁山泊の女は強い!
次回、魯智深と孫二娘が梁山泊へ合流。そして、武松の怒りの剣が大義のために振るわれる。




