8 闇
『あの黒い影は、悪いモノなの』
『アレを祓えるのは、──だけ』
『私はいつも側に居るから──』
そう言った彼女は、少し寂しそうに微笑んだ。
ライラ─────
「……エヴィ………」
「──あれ?私………」
「気を失っていたんですよ。少しだけですけどね」
「え?あ、お姉様は──」
と、目の前で寝ている姉を見ると、先程とは違って穏やかな寝顔で、呼吸も落ち着いている。
エメリーとアリスはソファーに座って眠っている。
「やっと呼んでくれましたね?」
「ごめんなさい」
姉の眠るベッドサイドに座っている私の横に居るのは“ライラ”。サイラスが生まれる前迄は、私が寂しいなと思った時に、気が付けば側に居てくれた人──だけど、今なら分かる。
ライラは人間ではない。
「私、幼い頃の記憶が曖昧で……」
「それは…仕方無い事です。私の存在が、脆いものでしたから」
ーあぁ、やっぱりそうかー
「ライラ、あなたは……」
「私は、“闇”を司る者です。」
“闇”
それは、“光”とは反する魔力ではあるが、決して“悪”と言う訳ではない。“闇があっての光”であり、“光あっての闇”なのだ。
光は、人を物理的にも精神的にも癒す力がある。呪いに関しては、表に出ているモノを浄化できても、根本的なモノを浄化する事迄はできない。
闇は、癒す力は無いが、穢れや影を祓う事ができる。呪いを解く事、返す事もできる。
ライラは、その闇を司る者と言った─闇の精霊──。
「「…………ぷっ───」」
と、2人同時に、思わず吹き出した。
「エヴィ?そろそろ、この畏まった口調、止めていい?」
「ふふっ。勿論。少し……いえ、かなり違和感があるから、止めて欲しいって思っていたところよ」
ライラは、最後に5年程前に見た時と全く変わっていない姿で立っている。長い黒い髪を後ろに一つで纏めていて、眼鏡を掛けている。その眼鏡の奥には、漆黒の闇夜のような黒い瞳がある。服装は、昔も今も、何故かブルーム家の侍女の服を着ている。昔は、そんなライラを見て、本当に我が家の侍女だと思っていた。その割には、口調がタメだったけど。
「ここは、相変わらずなのね」
と、ライラは私と姉を見てから呆れたような口調で言う。
「理由は後で訊くけど、エヴィ、私の闇の魔力を受け取ってくれる?」
「────え?」
「だって、エヴィから水と風の魔力が消えてるんだもの。私、心配し過ぎて倒れちゃうかもよ?だから、私が倒れない為にも、私の魔力を受け取ってもらわないとね?」
「えっと……それは、とても嬉しい申し出なんだけど……でも……」
私が闇の魔力持ちだと、父や母が知ったらどうなる?それでも、リンディを優先する?私に手の平を返したような態度になる?どちらになっても、不快感しかない。
「大丈夫よ。闇の魔力は隠れるのが得意なの。だから、私の存在も儚い─脆いのよ」
「そうなの?」
「うん。だからね、エヴィが闇の力を持ったところで、誰もその事には気付かない。光の魔力持ちのリンディでさえね」
それには驚いた。光と闇は、いわば持ちつ持たれつみたいな関係ではないんだろうか?なら、お互い分かると思っていたけど…。
「うーん…言い方が悪かったかなぁ?光持ちなら気付いてもおかしくはないんだけど、リンディには、分からないみたい。リンディが、私の存在に反応した事が一度も無かったから」
ーえ?それって大丈夫なの?ー
思わず眉間に皺が寄ってしまった。でも…それなら……
「ライラ、もし、その闇の魔力を受ければ……今回みたいな事がまた起こった時に、またお姉様を助ける事ができる?」
今回の姉の発熱は、ただの病気じゃなかった。あの影のせいだ。何かを受けたのだ。
「勿論、助ける事はできるわ。闇持ちは、悪意や悪しきものが目に視えるから」
ライラは、そう言いながら不敵に笑い、ソッと姉の喉元に手をあてると、僅かに残っていた黒い影が霧散した。
「エヴィは、ジェマを助けたいのね?」
「助けたい──幸せになって欲しいの。お姉様は、私に“嬉しい”や“優しさ”をくれたから」
「──そう。なら、私の闇の魔力はとっても役に立つわよ?その代わり、私をエヴィの側に居させてもらうわよ?もうね、エヴィに呼ばれなかったこの5年?は暇だったのよ」
ー“暇”って…精霊がそんな事言っちゃって良いの?ー
「ふふっ。ライラは、相変わらず変わってるね?」
「そうね、変わってる自覚はあるし、楽しい事は大好きよ?あ、一番好きなのはエヴィだからね?」
「ゔっ……恥ずかしい…けど、ありがとう、ライラ」
「それじゃあ、皆が寝ている間に、サクッとやっちゃうわね」
と、ライラが右手を上げて黒色の光が現れると、私は意識を失った。




