65 誤算、後、また誤算
ランチを取った後は、王太子宮の敷地内にある庭園を案内してくれる事になった。
その庭園の奥に、鈴蘭の花が沢山咲いている一角があった。しかも、私の好きな紫色の鈴蘭もあった。
「鈴蘭が好きだと言っていたから。他にも、比較的小さい花を植えてもらった」
私の好きなモノを知って、覚えていてくれる。それだけで、とても嬉しい。
ゆっくりと庭園を見回った後、「そろそろ寮に帰ります」と言うと、「もう、寮にエヴィの部屋は無いぞ?」と言われた。真顔で。
「え?何で??あ、ひょっとして、ローアン邸に──」
「いや、エヴィの荷物は、全部王太子宮に運んである」
「────はい???」
ー“ここ”とは…何処だ?ここって………王太子宮だよね?ー
俯き加減で考え事をしていると、アシェルハイド様が私の顔を両手で挟んで持ち上げた。
「エヴィ?エヴィが俺の気持ちを受け取った後も、そのままエヴィを、後2年もあの寮で生活させると思ってた?」
ー“え?思ってましたけど?”とは、言わない方が良い……のかもしれないから、言わない事にしようー
そのまま、黙ったままジッとアシェルハイド様を見つめる。
「今日からエヴィには、ここ─王太子宮に住んでもらうから。アレクシア殿にも了解を得ているから」
“了解を得た”ではなく、“了解させた”の間違いではないだろうか?──ではなくて!
「王太子宮に住むって……ちょっと…早過ぎませんか!?」
「理由はあるんだ」
と言われ、手を繋がれて、私に充てがわれた部屋に案内された。
一週間後に開かれるデビュタントの為の夜会。
そこで、自分が光の魔力持ちである事と同時に、私との婚約を発表する事になったそうだ。その為、色んな意味で私の身を護る為と、王妃教育を受けなければいけないと言う理由で、それならいっその事、王太子宮に住めば良いのでは?─と、母親である王妃陛下に言われたそうだ。何でも、王妃陛下は、自分には兄や息子と、男ばかりしかおらず、女の子─娘と言う存在に憧れを抱いているらしい。
ーえ?それ、私へのハードル、上がってませんか?ー
「あの…確認なんですけど…後2年は学校に通いながら王妃教育を受けて、外交のお手伝いもして良いんですよね?」
「勿論。学校は第一優先で、その次が王妃教育。外交は無理をせず、その時に余裕があれば─にして欲しいが…」
確かに。外交のお手伝いに関しては、必ず私がやらなければいけない事ではないから、仕方無い…よね。
「分かりました。無理しない程度に頑張ります」
ふにゃっ─と笑うと、殿下は私の頭をポンポンと優しく叩いた。
「夕食迄は、ゆっくりしていてくれ」
と言われ、殿下が部屋から出て行くと、いつもの女官がやって来て、部屋の説明をしてくれた。
私に充てがわれた部屋は、三つに仕切られている。一つ目は広目な部屋で、日中過ごしたり人を出迎える部屋。二つ目は少し小さ目な部屋で、そこで執務もできるようになっている。三つ目はプライベートルームで、ベッドが置かれている。後は、手洗い場とお風呂もある。
そして、プライベートルームの奥にある扉。これはどこへ?と思い開けてみると、またまたベッドの置かれている部屋があった。
「夫婦の寝室です」
その女官は、シレッと言った。
「夫婦………あれ?ひょっとして……私に充てがわれた部屋って……」
「そうです。王太子妃となられる方の為の部屋でございます。あの、夫婦の寝室の奥にある扉の向こう側は、王太子殿下の寝室へと繋がっております」
と、今度はニッコリ微笑む女官。
ーそんな事は訊いてませんー
引き攣りそうになるのを何とか耐え、私はその場を乗り切った。
******
その年のデビュタントの為の夜会は大騒ぎとなった。
王太子が光の魔力持ちだった事、もう一人の光の魔力持ちのリンディはゲルダン王国の王弟に嫁ぐ事は、概ね歓迎された。
そして、エヴィ=ブルーム改め、エヴィ=ローアンと王太子との婚約が成立した─と発表すると、デビュタント達が一斉に拍手をしながら祝福した。その様子に驚いたのは、デビュタント達の特に下位貴族の親達だけだった。中には、苦虫を噛み潰すような顔をする親も居たが、デビュタント達にとっては、王太子がエヴィを囲い込んで捕まえた事は周知の事実であり、そのエヴィに対する感情は“腹黒王太子に捕まった、可哀想なご令嬢”なんだそうだ。
卒業式から今日迄の一週間。会う先輩会う先輩に『頑張って!』と、励まされ続けた。
ー何を頑張れと?ー
とは、恐ろしくて訊けないままだ。
私の卒業後は、ブルーム家から籍を抜き平民となり、5ヶ国語を喋れるのを武器に、何処かの商家にでも雇ってもらい独り立ちする予定だった。
それが、まさかの……王太子との婚約。これは本当に誤算だった。気付いた時には、逃げられるような隙がなかった。
王妃教育は、1年も掛からず終了した。実務的なものは実際やりながら教えるわ─と、王妃陛下に言われ、今は少しずつお手伝いをしている。
そして、マナー。何と、ブルームで雇っていたマナーの家庭教師が、実は現王妃陛下にもマナー指導をしていた先生だったのだ。どうやら、私の飲み込みが良かったらしく、王妃水準のマナーを仕込まれていたそうだ。コレが、また誤算を生み出した。
もともと、勉強に於いても4年で習得しなければいけない事は既に終えていた私。
『王妃教育も終わり、学校も卒業できる学力を持っているのなら、学校に通う必要はあるのか?』
そのアシェルハイド様の問いには、誰も反論する者が…居なかった。
学校生活を3年で終え(させられて)、正式な成人前だった為、公ではなく、書類上ではあるが──アシェルハイド様と婚姻し、王太子妃となってしまった。
後1年。自由なうちに、もっと他国と触れ合いたかった私にとって、これは更なる誤算だった。
「夫婦になったから─ね?」
と、その日からは夫婦の寝室で………一緒に寝る事になった。はい。夫婦とは言え、私はまだ成人してませんからね?本当に、一緒に寝るだけです。「その辺りは、ちゃんとしたいから─」と言われたけど、それ以外はちゃんとしていなかった自覚があるんですね?と、目だけで訴えてみると
「エヴィ…可愛い……」
甘い瞳をして甘い声で囁き、ベッドに寝転んでいる私を、後ろからギュゥッと抱きしめる───デレな殿下も、これまた誤算である。腹黒殿下には強気で立ち向かえられるのに、甘い殿下にはどうしても……ドキドキしてしまうのだ。
「その甘さは誤算ですよ?……アシェル」
と、初めて愛称で呼び、お腹に回されている腕をギュッと握る。
「───くぅ──っ…ここで…まさかの愛称呼び!まさかのデレエヴィ!それも……誤算だからな!!!」
「ぐふぅ────っ」
何故か、アシェルに圧死させられる勢いで抱きしめられたのだった。
我儘令嬢だった私─エヴィは、腹黒殿下に囚われてしまったけど、誤算だらけだけど……とても幸せです。
❋これにて、本編完結となります。最後迄読んでいただき、ありがとうございました。続けて、“その後の話”(ざまあ?有り)を投稿してから完結とさせていただきます。よければ、もう少しお付き合い下さい❋
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