5 姉との時間
「エヴィ様も、お座り下さい」
「あ、ありがとうございます」
「エヴィ様、私に敬語は必要ありませんよ」
「あ…ごめんなさ……ごめんね、アリス」
ふふっ─と笑うアリスは、エメリーとケンジーの娘で、姉の専属侍女をしている。今回、姉に会う為にアリスにも手伝ってもらっていた。
アリスに勧められて、私は姉が座っている対面の椅子に腰を下ろした。
アリスが私と姉に紅茶を淹れてくれて、エメリーはクッキーを用意してくれた。
「あの、お姉様。このクッキー……私が作ったんです。良ければ…食べてもらえませんか?」
「…これを、エヴィが作ったの?」
姉は、クッキーを1つ摘んでジッと見ている。
姉の好みはアリスから訊いて把握済みだ。姉は、甘過ぎる物が苦手で、紅茶が大好き。フルーツは、甘い物より甘酸っぱい物が好き。今回作ったクッキーは、甘さ控えめの紅茶のクッキーにした。ケンジーのお気に入りでもある。
「──美味しい。エヴィは、お菓子作りが得意なの?」
「得意と言うか、作るのが好きなんです。エメリーが色々教えてくれて……」
「凄いわね。私には作れないわ。それに、私は食べる事の方が好きだわ。」
フワリと笑う姉は、とても可愛らしい。きっと、母親であるフリージア様も可愛らしい人だったんだろう。
それから、私と姉はお互いの事を色々訊き合って話をした。何が好きなのか、普段は何をしているのか──。
「エヴィ様、そろそろ本邸に戻った方が……」
姉と楽しく話していると、エメリーが申し訳無さそうに部屋へとやって来た。エメリーもアリスも姉もハッキリとは口に出さないけど、やっぱり、別邸に私が来ている事は、秘密にしておいた方が良いと言う事だろう。
「お姉様。また…遊びに来ても…良いですか?」
姉はまた、少し驚いたように固まった後「勿論よ」と、笑って私とエメリーを見送ってくれた。
「あ、エヴィ、何処に行っていたの?」
本邸の裏口からコッソリ入り、何とかギリギリ母達より先に邸に戻れた─と思ったところで、リンディに声を掛けられた。
「リンディ…お母様にサイラス。おかえりなさい。図書室で本を読んでいたの」
と、持っている本をリンディ達に見せる。
「エヴィったら、本を読むくらいなら、私達と一緒にお出掛けすれば良かったのに」
プクッと頬を膨らませて怒るリンディは、怒っていても可愛い顔だなと思う。
ーと言うか、お出掛けに誘われてもさえいないんだけどねー
きっと、その事にさえ、気付いていないんだろう。
「エヴィ、今度は一緒に行きましょうね」
母が微笑みながら私の頭をポンポンと優しく叩く。
「リー姉さま、早く部屋に行って、買ってきたものをあけよう!」
サイラスにいたっては、私に声を掛ける事もなく、リンディの手をとって2階にある部屋へと走って行った。
私は、弟であるサイラスとは殆ど話をした事がない。そんな私にサイラスも懐く筈もなく、会っても私の近くに寄って来る事もない。
母に至っては……相変わらず私を見てはいない。
母とはお出掛けどころか、一緒にお茶すらしてはいない。唯一共にするのは食事だけだ。
「あ、エヴィへのお土産は部屋に置くように言ってあるから、後で見てね」
母はそれだけ言うと、母も2階へと上がって行った。
お土産は、ピンク色のワンピースと髪飾りだった。
「………」
勿論、ピンクはリンディが好きな色だ。
そして、私が……あまり好きではない色。私が失った色だ。
“リンディが好きな物=エヴィも好きな物”なんだろう。理由は、“双子だから”。なら……平等に見てくれればいいのに。見てくれていれば、私がピンクが好きではない事ぐらい……そこ迄考えてから、考えるのを止めた。考えても仕方無い事だから。
ーどうせ、このワンピースも、私が着なくても……誰も気付かないよねー
私は、そのワンピースを入っていた箱に戻すと、そのままクローゼットの奥に仕舞い込んだ。
あれから、私は月に2、3回は別邸に住む姉に会いに行くようになった。いつ行っても、姉は嫌な顔をする事もなく、笑顔で迎え入れてくれた。
それが、とても嬉しかった。
『エヴィ、今日はリンディが体調が悪くて─』
『エヴィなら、今日でなくても、いつでもできるだろう?』
『リンディの体調が良いから、今日はリンディのお願いを──。だから、エヴィはまた今度ね?』
“また今度ね”とは、一体どう言う意味?
“今度”なんて、一度も無かった。
でも、姉は違う。いつでも受け入れてくれて……私を見て笑ってくれる。姉と居ると、心が温かくなる。
姉と過ごす時間がとても嬉しい時間になった。
そんなある日、姉が珍しく本邸へとやって来た─父に連れられて来た。私もそうだけど、いつもよりも少し綺麗な服を着て、いつも下ろされている髪はアップにされていて、“可愛い”と言うよりは、“綺麗な”姉が居た。母の目がある為、姉に近寄りたい気持ちを我慢する。兎に角、本邸のリビングに家族6人が揃ったところで、父が口を開いた。




