20 自分の幸せ
*アシェルハイド視点*
エヴィが王太子に慣れて来た頃、“王太子殿下”ではなく、アシェルハイドで良いと言うと、全力で拒否をされた。まさか、拒否られるとは思わなかった。驚いたり恥ずかしがったり謙遜する者は居たが、あそこ迄全力で拒否られると、流石の俺も少し傷付いた。
アシェルハイド様ではなく、アシェルハイド殿下と呼ぶが、取り敢えずはと思っていると──
『なら、私に許した分を、喜ぶ人に与えて下さい』
エヴィに名前呼びを許した分を、他の誰かに与えろと言う。エヴィは本当に面白い思考をしている。そして、俺には全く興味が無い。寧ろ、嫌われているのか?と思える位に。エヴィの中は、姉のジェマ嬢しか居ないんじゃないだろうか?
「エヴィは、本当にジェマ嬢が好きなんだな」
「はい。お姉様の事は大好きです!お姉様には、必ずアンカーソン様と幸せになって欲しいです」
ふふっ─と笑うエヴィは………
ー可愛いなー
魔力を失った時に、リンディ嬢と同じだったピンクブロンドの髪色を失い、琥珀色になった髪。そして、瞳は透き通るような琥珀色。本人は、髪色を“くすんだ髪色”、瞳は“薄い”と卑下するように言うが、俺にはどちらもキレイなモノに見える。純粋にそう思っているのか、エヴィだからそう見えるのかは分からないが…。
「ブレインなら、ジェマ嬢を幸せにしてくれるだろう。それで?エヴィ。君の幸せは?」
「私の……幸せですか?」
そんな質問が意外だったのだろう。目をパチッと大きく開けてキョトン─と俺を見上げている。
ーそんな可愛い顔もできるんだなー
「姉の幸せを願うのも良いが、自分の幸せは願わないのか?ジェマ嬢が幸せになっても、エヴィが幸せにならなければ、ジェマ嬢だって気に病むんじゃないのか?」
「───なっ……なる…ほど……」
そこで、「初めて気付いた!」と言う顔になり、少し俯いたまま黙り込んでしまった。そのまま俺も何も言わずにエヴィの反応を窺っていると「そうですね……」と、エヴィはポツポツと将来の事を話し出した。
どうやら、エヴィは卒業した後は働くつもりでいるらしい。その為に、学校ではAクラス在籍の維持と、成績もトップ3をキープする事を目標として頑張っているとの事だった。
この国─アラバスティアも、ここ数年で女性の就職率が上がって来ている。数年前迄は、貴族平民関係無く、外で働くのは男性で、女性は内に居る者とされていたのだが、現国王が即位して直ぐに着手したのが、女性の就職推進だった。どうしても、男性ばかりの世界だけでは限りがあり、経済の成長も停滞していた為、新しい風を入れるべく、女性も外に─となったのだ。それにいち早く反応したのは、商家を営む平民や下級貴族達だった。すると、その者達はあっと言う間に成績や売上を伸ばしていき、今では国外とのやり取りをしている程大きくなっているそうだ。
そして、ここ数年では、まだまだ稀ではあるが、高位貴族の令嬢であっても結婚せず、就職をして働いている者も少なくはない。そこに関しては、嫡子以外の、次女や三女と言う事が多いが。
ブルーム伯爵家は──
サイラス殿が生まれる前迄は、エヴィが嫡子だったが、今ではサイラスが嫡子となっている。ジェマ嬢はアンカーソン公爵家に嫁入り。リンディ嬢は、光の魔力持ち故に、王族か高位貴族との婚姻は確実だと信じているだろう。勿論、色んな意味で王族として、リンディ嬢を受け入れる事は無い。
そして、残るのは………エヴィだ。
おそらく、エヴィに充てがわれる婚約者は、マトモな相手ではないだろう。それを分かっているからこそ、エヴィ本人も独り立ちをする為に頑張っているのだ。
「──それで、色々調べているうちに、少し隣国に興味がわきまして………」
「隣国に………興味?」
隣国とは、クレナード国の事だろう。クレナード国は、先々代の時代から女性の経済進出が始まり発展し、今では貿易大国となっている。このクレナード国の政策が、我が父がモデルとした国なのだ。
「アラバスティアでも、女性の就職は可能ですけど、隣国では、もっと窓口が広くて多いと耳にしたんです。なら、私も……私でもできる事が見つかりやすいかな?と。それに、貿易にも興味あるんです。色んな国の人達と関わる事で、自分の視野も広がるんじゃないか?と……」
ー“貿易=外交”だなー
「ひょっとして、エヴィは他国語も話せるのか?」
「はい。私には時間だけはありましたから、自国語以外に3ヶ国語話せます。あ、大陸共通語を合わせると4ヶ国ですね」
これには驚いた。まさか、自国語以外で3ヶ国語とは。貴族であれば、大陸共通語は基本的に学校に通うまでに、家庭教師などを雇って習得させている事が多い。共通語さえマスターしていると、大概の国で困る事はないからだ。俺でも、自国語、共通語以外では主に交友の深い二国の言葉しかマスターしていない。
「なら………外交の仕事を手伝うのはどうだ?」
「外交の手伝い……ですか?」
と、エヴィは、少し興味を持ったのか、俺の目をジッと見つめて来た。




