19 中庭にて
学校生活が始まってから10ヶ月─もうすぐ1年生も終わりを迎える。長かったようで早い流れだったなぁ…と思う。
ー家族と離れただけで、こんなに楽になるとは思わなかったー
父と母とサイラスと言うストレスと関わらない毎日は、本当に気持ちが楽だった。学校の勉強も大変だけど、困った時にはルイーズやメリッサが助けてくれる。
大好きな姉とも、邸に居た頃よりも一緒に居る時間が増えて嬉しい────んだけどなぁ………
「はぁ────」
「大きい溜息だな」
「─っ!?で……殿下っ!」
「ん?“殿下”?」
「─っ………ア……アシェルハイド殿下!」
「だから、“殿下”は要らな──」
「無理ですから。色んな意味で無理ですから。でなければ、これ以降は、名前をお呼びする事を止めさせていただきます」
ここは学校の中庭の奥にある人目の少ない場所にあるベンチで、私が1人で過ごす時の定位置となっている。静かな場所で、ここでゆっくりと本を読んだりするのが好きなんだけど、たまに、こうして殿下─アシェルハイド殿下がやって来たりする。
ー本当に、いい迷惑なんですけど?ー
とは、絶対口に出しては言えない。
それよりも──
何故か、少し前から『一緒に居る事が当たり前のようになって来ているのだから、“王太子殿下”ではなく、名前で呼んでくれ。俺は、そう言う堅苦しいのが苦手なんだ』と王太子殿下に言われたのだ。勿論、最初の頃は全力で拒否をした。あれ以降、直接令嬢に絡まれる事はないけど、婚約者候補になっていると言う噂がある限り……いや、なくても、できる限り王太子殿下とは関わりたくないのが本音だ。私の目標は
ー卒業したら独り立ちして自由に生きる事ー
だから、目立つような事はあまりしたくない。なのに、王太子殿下からのまさかの名前呼びのお許しだ。
ーそんなモノは要りませんー
されど相手は王太子殿下。全拒否はできない。その為、せめてもの抵抗として、“アシェルハイド殿下”と呼ぶ事になった。
「エヴィは、本当に根が真面目だな。他の者なら、喜んで名前呼びをするぞ?」
「なら、喜ぶ人に呼ばせてあげて下さい」
「ふっ─エヴィは、本当に面白い事を言うよね?」
そして、何故か、姉の事は“ジェマ嬢”と呼ぶのに、私の事は“エヴィ”と呼ぶようになった。
ーあれ?いつ名前呼びを許したっけ?ー
と思ったりもしたけど、姉がフルフルと首を軽く振っているのを目にして、仕方無いのか──と、反抗するのを諦めた。そもそも、たかが魔力無しの伯爵令嬢ごときの私が、王太子殿下に「止めろ」とは言えないのだけど……。
「それで……アシェルハイド殿下は、どうしてここに?」
「少し休憩しようかと思ってね」
「そうですか。なら、私は邪魔にならないように──」
「あ、エヴィに話があるから」
「───────分かりました」
たっぷり間が空いてからの返事になったのは、許していただきたい。殿下に「話がある」と言われれば、聞くと言う選択肢しかない為、私は渋々と殿下から距離を空けてベンチに座り直した。
「それで……お話とは?」
「俺やブレイン、ジェマ嬢が生徒会役員をしているのは知っているな?それで、今、来年度の生徒会役員の選考を行っているんだが、まぁ……特に問題がなければ、ほぼほぼメンバーは持ち上がりなんだ。それで、今年卒業するメンバーが2人。その後任として、弟のイズ─イズラインとエヴィが上がっているんだ」
「えっと………拒否権は…………」
「無い事は無いけど、在学中にAクラスをキープした上、生徒会役員となると、将来、色々と役に立つとは思うよ?」
「くっ─────」
ー殿下には、バレているんだろうか?ー
チラッと殿下の顔を覗い見ると、愉しげな顔をして笑っている。「何が面白いの?」と訊きたくなるくらい、殿下はいつも私を見て笑っている。
「アンカーソン様は、その事に納得されいるんですか?」
アンカーソン様は、姉が好き過ぎる傾向にあるようで、その姉に我儘?を言っている私の事は、あまりよくは思っていない。
「正直、ブレインは難色を示したけど、エヴィがイズと首席を争っている位に成績が優秀な事は知っているし、先生方の推薦でもあるからね。それに、何と言っても、エヴィの生徒会役員入りに関して、ジェマ嬢が一番喜んで──」
「微力ながら、私も頑張らせていただきます」
「───エヴィは、本当にブレないな」
「ブレるもなにもありません。お姉様が喜んでくれるなら、私は頑張るだけです」
生徒会役員にもなれば、目立つかもしれないけど……それよりも、姉が喜んでくれるなら頑張るだけだ。それに、姉と一緒に居られる時間も増えると言う事だよね。
へへっ─と笑う私の隣で「───本当に王太子には全く興味無し……なんだな……」と呟いた殿下の声は、私の耳には入って来なかった。




