15 ベリーパイ
「エヴィ嬢。それは少し……我儘過ぎでは?」
「そうでしょうか?」
ー良いです。今は我儘だと思われても良いです。アレが、姉の口に入るよりは良いんです!我儘で!ー
「エヴィ嬢だって、食べようと思えば、いつでも食べられるだろう?」
「確かにそうですが、私も、今、食べたくなったんです」
“いつでも食べられる”─事はない。ベリーパイが出て来るのは、リンディが食べたい時だけだ。苦手だから良いけど。
私はアンカーソン様から視線を逸らさずしっかりと見据える。その視界の端で、姉がオロオロとしているのが分かるけど、私は引く気は一切無い。そのまま睨み合い?が暫く続いていると
「なら、間を取って、私がそのベリーパイを食べようか?」
「どんな間なんですか!?」
「それこそ駄目です!!」
王太子殿下の意味の分からない仲裁?に、アンカーソン様と私は、同時に大声で突っ込んでしまった。
「……それこそねぇ………」
目の前に居る王太子殿下が小さい声で呟いた後、口角を上げて目を細めて笑っている。その笑顔に、背中に嫌な汗が流れ出る。
ー何か……気付かれた?ー
「ジェマ嬢が良いと言っているんだから、今回は交換で良いんじゃないか?」
「……それは……ジェマが良いなら………」
「えっと……それじゃあ…エヴィ、交換しましょう」
納得いかない顔のアンカーソン様。姉も少し困惑気味だ。でも、それで良い。
「お姉様、ありがとうございます」
私は、笑顔でデザートを交換して、誰にも気付かれないように、サクッとその黒いモノを祓ってからベリーパイを食べた。
ーチーズケーキ……食べたかったなぁー
*アシェルハイド視点*
「それでは、私はこれで失礼致します」
「エヴィ、また一緒にランチをしましょうね」
そう言って、エヴィ嬢は寮へと帰って行った。そして、ブレインは今、先生に呼ばれて席を外している為、俺とジェマ嬢は2人きり─にならないように、人の居る学校の中庭のベンチに座ってブレインが戻って来るのを待っている。
「ジェマ嬢……ひょっとしたら……だけど、エヴィ嬢は、本当はベリーパイが苦手なのでは?」
「─っ!?」
ジェマ嬢は、驚いた様に目を見開いて俺を見上げて来た。
ーやっぱりかー
あの時の2人のやり取りには、少しだけ違和感があった。ジェマ嬢がエヴィ嬢に向けた“困った様な顔”が、一見すると“我儘を言う妹に困っている”ように見えるが、俺には、ジェマ嬢がエヴィ嬢に対して“心配している”ように見えたのだ。
それに、エヴィ嬢が、あのベリーパイを目にした時の僅かな反応も気になった。“嬉しい”、“食べたい”と言う様な反応ではなかった。それに──俺には、あのベリーパイは、何となく良い物には見えなかった。光の魔力を持っているからか、ハッキリとしたものではないが、良くないモノに対しては何となく違和感を覚えて体が拒否反応を起こす。あのベリーパイもそうだった。だけど──あのベリーパイをエヴィ嬢が受け取り、それを口に入れる前には、そのベリーパイから違和感が消えていたのだ。
王太子の俺が食べると言った時
『それこそ駄目です!!』
と言ったエヴィ嬢。これの、意味するところは?
彼女は──闇の魔力持ちだ。
闇の魔力持ちは、悪いモノが視えると言う。きっと、彼女もソレが視えたのだろう。彼女が闇の魔力持ちと言う事は、誰も気付いていないだろう。俺でさえ分からなかったと言う事は、そこ迄強い魔力では無いか、俺よりも強いか──だ。
闇の魔力とは、光の魔力とは違い、隠れる事が上手い。
ただ、何故闇の魔力持ちだと、親に言わないのか。言えば、今のように冷遇される事は無くなる筈。敢えて、隠す理由は?自分が我儘ではないと否定しない理由は?ブレインは、エヴィ嬢が我儘過ぎると信じている。
まぁ、ブレインに関しては、婚約者であるジェマ嬢が関わっているから、どうしてもジェマ嬢優先で考えてしまっているからだろうけど。普段のブレインなら、気付くような事だが、どうやら、ブレインは思っていた以上にジェマ嬢が好きなようだ。ジェマ嬢も然り─だ。
「あの……殿下。この事は……ブレイン様には……」
「あぁ、言うつもりは無いよ。今のところはだけどね。」
「ありがとうございます」
今はまだ、悪影響が出ている訳ではないから。
「内緒にしておく代わりに、ジェマ嬢に一つだけお願いをしても良いか?」
「お願い─ですか?はい。私に出来る事でしたら」
エヴィ=ブルーム
君は一体、どんな子なんだ?




