14 威圧感
「リンディ、エヴィ、入学おめでとう」
「「ありがとうございます」」
ブルーム家の馬車が停まっている所迄来ると、父と母が笑顔でお祝いの言葉をくれた。傍から見ると、仲の良い家族である。ここは学校の馬車待ち合いの広場で、人目の多い場所だ。父も母もリンディも、私に優しい目を向けている。さながら、舞台俳優の様だなと思う。その場で少し話した後、リンディは王城からのお迎えの馬車に乗って王城へと帰って行った。
そして、父もブルーム家の馬車に乗り込んだ後、母が私へと振り返り─
「リンディは光の魔力の訓練で忙しいのよ。それでもBクラスなんて流石よね。エヴィは勉強をする時間がたくさんあるから、Aクラスで当たり前よね。魔力が無いから心配していたけど、これで安心だわ」
それだけ言うと、母も馬車に乗り込み、2人はブルーム邸へと帰って行った。
ー安定のクズ親だったなぁー
以前のように心が痛む事もなく、私の心は落ち着いたままだった。
******
「アンカーソン様、お久し振りです」
「あぁ、エヴィ嬢、久し振りだね。入学おめでとう」
「ありがとうございます」
約束していた通り、姉が寮迄迎えに来てくれて、やって来たのは学校内にある食堂だった。そして、何故か、姉はそのまま食堂の奥へと歩みを進めて、食堂の奥にあるシンプルな扉を開けて、その部屋の中へと私を促した。
「?」
訳が分からないままその部屋へと入ると、そこには姉の婚約者であるブレイン=アンカーソン様が居た。
別に、この人が嫌いな訳ではないけど、この人はリンディ寄りの人かも知れない─と思うと、少し胃がキリッとした。されど、姉が好意を寄せている婚約者だ。どう思われていようと、私から拒否する事はない。
「エヴィ、ごめんなさいね?ブレイン様も、久し振りにエヴィと会いたいと言うから……」
「あ、大丈夫です。逆に、私が2人の邪魔をしてるみたいで、ごめんさい」
と謝れば、姉は「なっ!?」と言って顔を赤くした。本当に可愛らしい姉である。
「──っ!!えっと…それでね?エヴィ。もう一つ言わなきゃいけない事が──」
顔を赤くしたまま姉が更に何かを言い掛けた時、この部屋の扉が開かれ、更に誰かが入って来た。
「遅れてすまない」
ーこの声は!ー
ビクッ─と体が反応する。見なくても分かる。声でも分かるけど、この半端無い威圧感。ソロソロと振り返ると、やっぱりそこには王太子殿下が居た。慌てて頭を下げようとすると
「ここでは、そんなに畏まらなくても良いから」
と言われ、下げかけた頭を上げると、バチッと目が合った。すると、何故か王太子殿下は一瞬驚いたような顔をした。本当に、一瞬だけ。
「えっと…君が…ジェマ嬢の妹の………」
「あ、私、エヴィ=ブルームと言います」
「そうか…君が…………」
王太子殿下は、そう言って少し思案した後「兎に角、座ってランチを頼もう」と、私達に椅子に座るように促した。
ーどうして、こうなった?ー
いや、理由は分かっている。
私達が居る部屋は、王族が食事をとる為の部屋だった。今で言えば、王太子殿下と第二王子が食事をする時に利用する部屋だ。
そして、今、その部屋でランチをとっているのだけど、私とお姉様が隣り合わせに座り、テーブルを挟んだ対面に、王太子殿下とアンカーソン様が座った─のだけど、私の対面には王太子殿下が座っている。
はい。分かってます。姉とアンカーソン様は婚約者同士だから。私の対面には王太子殿下が座る事は、全くおかしい事ではない。ないけど──
ーやっぱり、圧が半端無いー
今迄聞いた事はないから、一般的には公表していないんだろう。きっと、私だって、ライラから闇の魔力を与えられていなければ気付く事はなかっただろう。
王太子殿下は、光の魔力持ちだ──
それも、リンディとは比べ物にならない程の強さがある。
何故、リンディと王族の婚約が早々に決まらないのか─やっとその理由が分かった。王太子殿下が光の魔力持ちなら、どうしても欲しいモノではないからだ。
ーリンディの性格?が理由……では……無い…よね?ー
兎に角、王太子殿下の持つ光の魔力は強い。癒しを与える筈の力なのに、私にとっては少し怖い感じである。その前に、王太子殿下は、私が闇の魔力持ちとは………気付いていない…かな?ただ、何故か、私の事を愉快そうな顔をして見てくるけど。
今日のランチは、もともと姉とアンカーソン様と王太子殿下の3人で食べる予定だったらしいが、姉が『エヴィと一緒に食べたいから』と、断わると、『じゃあ、妹をここに呼べば良い』となったらしい。それこそ断って欲しかった─とは言えないけど。
姉とアンカーソン様と王太子殿下が話をするのを聞きながら食事をしていると、食堂の給仕係が食後のデザートを持って来てくれた。
ーえ?ー
思わず出そうになった声を呑み込む。
給仕係が持って来たデザートのお皿は4枚。そのうちの3枚には今日の定食に付いてくるチーズケーキが。残りの1枚には……ベリーたっぷりのベリーパイが乗っていた。
「───お姉様……その…ベリーパイは…………」
「あら、やっぱりエヴィには分かるのね。そうよ。今日、入学式に来ていたお義母様から頂いた物よ」
やっぱりか……。で?何故、その母が持って来たベリーパイが、黒いモノで覆われているの!?有り得ない!
「折角頂いたから、私はこれを食べようかと思って、給仕係にお願いしてたのよ」
ふふっ─と嬉しそうに笑う姉。母との関係は別として、姉もこのベリーパイが好きなのだ。でも───
「お姉様、私も、そのベリーパイが食べたいです!私のチーズケーキと交換して下さい!」
「え?でも…エヴィはベリーが───」
「私も久し振りに!急に!食べたくなったんです!」
姉は、私がベリーが苦手なのを知っているから、困ったような顔をしているが、それどころじゃない。あんなモノを食べたらどうなるか……。私なら……食べながら祓えるかもしれない。絶対に姉には食べさせちゃ駄目だ。
「……そんなに欲しいなら、交換…しましょうか?」
と、姉が言うと
「エヴィ嬢。それは少し…我儘過ぎでは?」
と、アンカーソン様が苦言を呈するように口を開いた。




