第八十四話「弾丸が呼ぶもの」
「ノエル、いけるか」
声をかけると、彼は長槍を構えた。
十字に刃を広げた銀の槍──十字槍というらしいが、見るのは初めてだ。
「いつでも!」
目の前にいるのは、小型の熊だった。
低く唸りながらこちらを威嚇している。
「試験の障害にしては、拍子抜けだな」
そういったイルゼは、構える素振りすらない。
ミレイユは藍色の長髪を揺らし、細身の杖を構えた。
「支援はいりますか」
「いや、マナには限りがある。任せてくれ──行くぞ」
声をかけて踏み込んだ。俺は正面、ノエルは横へ。
「グルァッ!」
唸りを上げ、太い前脚が襲いかかってくる。
攻撃をいなすと、熊の上体が大きく泳いだ。
熊の死角から、ノエルが距離を詰めた。
「はぁッ!」
白銀の一閃──ッ!
穂先が脇腹を貫いた。
「グァッ……!」
槍はすぐさま引き抜かれ、さらに風を切っていく。鋭い突きが二度、三度。
四度目の突きで、熊は数歩よろめいた。そのまま、地面へ──倒れ込んだ。
直後、熊の巨体は淡い光へと変わった。
あれだけ貫かれたというのに、血の一滴も流れていない。本物ではないようだ。
駆け寄ってきたノエルと、ぱん、と手を合わせた。
「連携は問題なさそ──」
ドォンッ!!!!
爆発音が響いた。
「わぁっ!」
ノエルが跳ねた勢いで、俺の腕に絡みついた。
「うおっ」
「ご、ごめん。大きい音、苦手で」
「遠くで、やりあってるみたいだな」
──巻き込まれないようにしたい。
そう思ったところで、イルゼが舌を打った。
「目の前でイチャつくな、鬱陶しい」
ミレイユは口に手を当て。
「そんな……男性同士で、ありなんですか」
純粋な紫眼がこちらを見た──適当に返しておこう。
「多様性の時代ですからね」
「えっ、あっ、おれは、だめだよっ」
ノエルは深い青髪をいじり、なぜかうろたえている。
「結婚とか、ごめん、せめて、告白はしてほしい、」
「早まるな、色々と……」
中央の塔を目指し、森の中を歩いていく。
ふと、ミレイユと目があった。
「──なんで俺を選んだの」
「何がですか」
「護衛の話だよ」
「……母さまに言われたの。理由はわからないけれど、ギルドに依頼するようにって」
「もっとランク高い人、いっぱい居ると思うんだけど」
ミレイユは口を尖らせ、視線を逸らしていく。
「初対面の人と話すの、苦手なんだもん。うまく喋れなくなる」
「めっちゃ、喋ってた気がするんだけど……」
「あなたは不審者だったじゃない。人間と認識してなかったの」
「ひどい理由だ」
軽く笑うと、イルゼが口を開いた。
「おい、道はあっているのか」
「ああ、大丈夫。問題ないよ」
先ほどデカい樹に登って見渡したが、さほど難しいフィールドではなかった。エバーウッドの大森林に比べたら、森と言っていいのかも怪しい。
「もう地形は覚えた。ゴールの塔も大きいし、迷うことはないと思う」
「ふん。そこそこ使えるようだな」
「そりゃどうも」
好感度を上げるのも大変だ。
軽く息をついたとき、はるか遠く──切り立った崖の上で、何かがきらりと光った。
「姫さまッ!」
イルゼはミレイユを突き飛ばした。
「きゃっ」
浮いた二人の体。
そして、イルゼが吹き飛んだ──ッ!
横にあった樹幹が弾け、木片が雨のように散る中、
ダァン──!!!!
鈍い轟音が届いた。
「大丈夫か!」
大樹へ叩きつけられたイルゼに駆け寄ると──彼女の右腕が、なかった。
黒いボディスーツの肩口から、光の粒が溢れている。
なんだ、
「っ……ぐ、っ……私はいい。姫さまを……」
ミレイユの方は、ノエルが手を取っている。向こうは無事なようだ。
弾けた大樹の表皮は、深く抉れていた。中に、何かある。
これは──銃弾か。鉛色の弾頭は、指三本はある大きさだ。
その時。
悪寒が背筋を這いあがった。
突然だった。
それは高速で、
森を縫うように、
たしかにこちらへ、
来る。
近づいてくる。
気づかなかった、ここまでの接近に。
そうだ。俺が楽に感じるということは──この程度の森は、彼女にとっては庭ですらない。
「……ついてないな」
樹から颯爽と降り立ち、それは現れた。
舞うは水色の長髪。
考えうる限り最悪の相手が、見慣れた顔が、静かに微笑んだ。




