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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第二章「残り火の街」

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第四十話「黄金の誓い」

「つーかてめぇ、誰なんだよ」

 丸刈りの男は、荒々しく青年を睨んだ。

 黒スーツ──

 近くで見れば、白いワイシャツに黄色のネクタイ。

 ロングコートとスラックスは、一昔前のマフィアを思わせる。

黄金の誓い(ゴールド・ヴァウ)──エリオット・カヴァッリ」

「……知らねぇな。怪我したくなきゃ、とっとと失せろ」

 エリオットは、短く舌を打った。

「どこの田舎もんか知らねぇが、ここらじゃ、“売り”はご法度なんだよ」

「はぁ~? 俺たちゃただ、この子と仲良くしたいだけだっての」

 茶短髪の男が、舌を突き出した。

 その腕の中で、白いワンピースの少女が、必死に首を振っている。

 濡れた瞳は、懇願するように青年を見ていた。

「嘘つけ。どう見ても嫌がってんだろ。お前ら、クールじゃねぇよ」

 俺は小声で、リリィに問いかけた。

「……売りって?」

「人身売買のことですね。恐らく、あの少女を拉致して売るつもりなのかと」

 エリオットは、一歩前へと勇み出る。

 体を大きく広げると、黒いコートが翻った。

「かかってこいよ、三下ども」

「がんばれ~!!」

 フィオナは、浮かれた調子でジュースを吸い上げている。

 ストリートファイトが、幕を開けた──。

 

「がはッ!」

 啖呵を切った青年は、刈上げと茶短髪の男に、二人がかりで殴られている。

 男たちは、喧嘩慣れしていた。

 骨が弾けるような、豪快な音がした。

 青年は吹き飛ばされ──その先は、大きなゴミ箱。

「てっめぇら……男なら、タイマンだろ普通はよッ……!」

 ゴミ溜めの中で、エリオットが吐き捨てた。

 関わるべきじゃない。

 そう判断した、その時。

「てめぇら、何見てんだコラ!」

 刈上げの男が、こちらへ近寄ってきた。

 そして振り払うように、フィオナのジュースを持っていた手を弾いた。

 黄色いドリンクが宙を舞う。

「あっ! 何すんのよ!」

 ドンッ。

 フィオナが、刈上げ男の肩を押す。

 男はよろりと後ずさった。

「てっめぇ! 骨が、外れちまったぞゴラァ!」

 次の瞬間、その顔が歪む。

「痛ッ……!」

 茶短髪の男が、怪訝そうに言う。

「どうした?」

「ほ、ほんとに……外れてる……」

「ええっ!?」

 無言で、フィオナは追撃に入ろうとしていた。

 俺は彼女の腕を掴んだ。

「どーどー。抑えて、抑えて」

「だって! ジュース!」

「あとで、また買ってあげるから」

「このアマァ……!」

 その隙に、茶短髪の男が向かって来ていた。

 俺は、男の手首を受け止める。

「あの、ちょっと。やめましょうよ」

「なんだこの野郎、かっこつけやがって!」

「いや。まじで、やめといた方が……」

 フィオナが手加減するとは、思えない。

 こいつらの方が、よほど心配だった。

 ピリッ──

 奥から、魔力の気配が走った。

「おい……オレはまだ、負けちゃいねぇぞ」

 金眼が射抜く。

 エリオットは左足を踏み込み、体を低く構えた。

 右腕を外へ引き、親指を下に。

 開いたもう一方の手は、後ろへ。

 黒コートがなびいた。

「≪漢の決闘(マンズ・デュエル)≫──ッ!」

 バチリッ!

 黄金が弾けた。

 挿絵(By みてみん)

「おい……やっちまえ」

 丸刈りの男が、顎で命じる。

「あ、兄貴」

 刈上げと茶髪の二人は、冷や汗を垂らした。

「あ? 何やってんだ」

「か……体が、動かねぇんですよ」

 ──俺もだ。

 ぴくりとも、体が動かない。

 空気が、鉛のように重くなっていた。

「これは──」

 横で、リリィが静かに告げる。

「≪固有能力(ギフト)≫──エリオットさん個人の異能ですね。指定した相手と強制的な戦闘状態になります。他の人間は、一切の手出しが出来ません」

 固有能力(ギフト)

 魔法と似て異なる、個人だけが持つ異能。

 存在は知っていたが、実際に見るのは初めてだった。

 エリオットが指定したのは──

「クソが。だらしねぇ奴らだ」

 リーダー格らしき丸刈りの男は、ぼりぼりと頭をかいていた。

 どうやら彼を選んだらしい。

 周囲の男たちは、固まったままニヤついていた。

「おいおい。あいつ死んだぜ」

「兄貴はなぁ……東じゃ、“鋼のボンゴ”と言われてたんだ!」

 ボンゴは、ポキポキと拳を鳴らした。

「後悔すんなよ、クソガキ」

「御託はいい。かかってこいよ」

「見せてやるよ。極限の身体強化(ブースト)ッ!」

「来た! 兄貴の身体強化は、鉄よりも硬いぜ!」

「あいつ、終わったな」

「うぉぉおおおお──ッ!!!!」

 丸刈りの頭に、血管が浮かび上がる。

 筋肉が、膨張していく。

 

 そして。


 魔力が収束すると──

 

 ──散った。

 

「……あれっ?」

 ボンゴは、自身の体を見下ろした。

 何も、変わっていない。

「あ~。盛り上がってるとこ、悪いな」

 エリオットは、にやりと笑った。

「タイマン中は、“魔法は使えないルール”になってんだ」

 ボンゴは目を見開く。

「なっ……」

「おいおい。まさか……そのガタイでビビッてんのか?」

 そして、エリオットは両拳を構えた。

「かかってこいや。真剣・ステゴロ勝負だ」

「テメェ──ッ!」

 ボンゴが踏み込む。

 巨体から拳が振り下ろされる。

 顔面に、一発!

 また、一発ッ!

「ぐ……ッ!」

 エリオットはかわせない。

 いや──

 わざと、受けていた。

 歯を食いしばり、踏みとどまっている。

「へっ。軽い……軽いなぁ。信念が、ねぇ奴の拳はよ!」

 血を吐き捨てた。

「こっちの番だ。オラ──ッ!」

 ボンゴの腹へと、拳を突き出す。

 一撃、二撃──ッ!

 腰を回し、三撃──ッ!

 重く、強烈な音が響いた。

「……うぶッ」

 ボンゴは腹を押さえている。

 すかさず、エリオットは前に出た。

 全体重を乗せ──

 拳が、撃ち出された──ッ!


 ダンッ!!

 

 巨体がよろけ、ボンゴは膝をついた。

「クソ……! まだ」

 起き上がろうと、顔を上げた。

 しかし。

 その時にはもう──

「寝てろ」

 鉄拳が、顔面に振り下ろされていた。

 

 バァン──!

 

 ──勝負は、そこで終わった。

 

「あ、兄貴が、やられた……」

「おら、来いよ……あとは、テメェらだ」

 エリオットは、ボロボロだ。

 当然だろう。あきらかに、体重が違う相手だった。

 拳闘(ボクシング)は、体重が違えば勝負にならないというが……

 よく勝ったものだ。

 ──俺は、彼の前へと出た。

「なんだよ。兄ちゃん……これは、オレの喧嘩だぜ」

「まぁまぁ。相手も、複数ですし」

「私も、ジュースやられた!」

 フィオナも出て来た。

「えっと……絶対、殺さないでね」

 刈上げの男は、フィオナに外された腕をはめ直していた。

「はんっ、舐めやがって。俺らもな……東じゃ、“闘犬ガル&バッツ”って呼ばれてたんだ。女連れで、どうにか出来ると思うなよ」

「ちなみに、俺がバッツだ」

 茶髪の男が言った。

 絶妙にださいネーミングだ。

 刈上げ男は、黒髪を後ろに撫で上げた。

「いくぞオラァ!」 

 男たちは、畳みかかるように襲いかかって来る。

 ……これは、暴力ではない。

 正当防衛だ。

思考加速(アクセル)

 時間が、崩れた。

 

 音が遠のき──

 

 動きが、引き延ばされていく。

 

 茶髪の男は、俺に向かってきていた。

 

 刈上げ男は、フィオナの方へ──

 彼女は右手を突き出し、中指を、親指で引き絞っている。

 

 そうだな……

 適当に、気絶させよう。

 

 俺は男の拳をさらりと流し──

 手刀の形を作った。

 

 狙いは、首元。

 

 意識を刈り取る、風牙隊・対人術。


 ──≪断刀≫。

 

「……ッ」

 茶髪の男は、声も発さず、地面に崩れ落ちていった。

 念のため、首筋に指を当てる。

「よし、生きてる」

 フィオナの方を見ると──

 刈上げの男は白目をむき、床で痙攣していた。

 ……デコピンで? 

 エリオットは口を開け、呆然としていた。

「お二人とも、本当にお強いんですね!」

 リリィが手を叩いた。

「本当に、ありがとうございます」

「なんで、リリィが礼を言うんだよ」

「ふふ。ちょっとした知り合い、なんですよ」

 白いワンピースの少女が、おずおずと前に出て来た。

「あの……あり、がとう」

 エリオットは口端を上げ、少女の頭を撫でる。

「おう。このへんは危ねえ。もう、来るんじゃねえぞ」

 少女はポケットから何かを出した。

 ──小さな、白い花だ。

 それを青年に渡すと、少女は表通りへと駆けていった。

若頭(カシラ)っ!」

 声を張り近寄って来たのは、坊主頭の男。

 さっき、街で絡んできた男だ。

「タツ、どこいってたんだよ。探したぞ」

「すいません……迷っちまって」

 タツと呼ばれた男は、倒れている男たちを見回した。

「三人ですか……逃げれば良かったのに!」

「鉄の掟その五──“クールであれ”。逃げるなんて、だせぇ真似できるかよ」

 もぞり。

 倒れていた丸刈りの男、ボンゴが膝を立てていた。

 エリオットは、静かに近寄っていく──

 そして、ボンゴの顎を掴んだ。

「タフじゃねぇか。もう一発、いっとくか」

「うっ。降参っ、降参だ! 勘弁してくれっ」

「……覚えとけよ……悪さをしたツケってのは、いつか自分に回ってくるんだ」

 芯のある言葉だった。

 エリオットのように真っすぐ生きていれば──

 俺は、ここには居なかったのかもしれない。

「分かったか。失せろ!」

 ボンゴは二人の男を抱えると、転げるように路地を逃げて行った。

「ああ、そうだ……兄ちゃんたち、ありがとよ。貸し一つだな」

 彼は白い花を指で挟み、胸元に当てた。

「オレは、こういうもんだ」

 黒い名刺のようなカードが差し出される。

 そこには金文字で、黄金の誓い(ゴールド・ヴァウ)──若頭エリオット・カヴァッリと書かれていた。

「困りごとがあれば、第四環にあるバー、“カナリア”に来い。一つだけ、力になってやるからよ」

「……わかりました。怪我、お大事に」

「痛くもねぇよ。唾つけときゃ治る」

 ニッと、清々しく笑った。

「それじゃあな。行くぞ、タツ」

「あっ。待ってくださいよ若頭!」

「痛っ! てててっ……」

 エリオットはよろけた。

「やっぱ痛いんじゃないですか」

「うるせぇ! 肩貸せ!」

「はいっ!」

 騒々しく、彼らは路地の奥へと消えて行った。

 路地には、街灯の明かりが落ち始めている。

「あっ!」

 リリィが、はっとした。

 腕の黒いスポーツ時計を見やり、

「そろそろ、お時間になってしまいました!」

 残念そうに言った。

「まだまだ巡れてない場所は沢山あるんですけど、案内はここまでとなります」

「本当に助かったよ」

「えー。もっと一緒に居たかったな」

 フィオナは口をすぼめた。

「私も名残惜しいです……また案内が必要であれば、こちらに連絡をください!」

 リリィは、個人番号が書かれた紙をくれた。

 これで、ギルドタグから連絡が可能だ。

「情報も取り扱っているので、この街のことであれば何でも聞いてください」

「情報?」

「ええ。この街のことであれば、“何でも”知っています」

「何でも……」

「はい。何でも、です!」

 彼女は明るく笑った。

「あと、こちらはサービスです! エリオットさんを助けてくれたお礼に、どうぞ」

 リリィが差し出したのは、古びた地図。

 そこには手書きで、街のおすすめ場所がびっしりと書かれていた。

「ディナーは、“赤龍亭”がおすすめです。レッドリザードの炭火焼は、絶品ですよ!」

 フィオナが涎を垂らした。

「にく……」

「夜景スポットも絶景なので、よければぜひ!」

「ありがとう、リリィ」

「ええ! また、いつでもお声をかけてください」

「にく……」

 フィオナは、“肉”しか言えなくなっていた。

「よし、食べに行こうか」

「行く!!!!」

 今日一、元気な声だった。

 俺たちはリリィと別れ、市街地を歩きだした。

 道行く人の声は、どこか浮き立って聞こえる。

 エンバータウンの夜が、始まろうとしていた──。

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