第四十話「黄金の誓い」
「つーかてめぇ、誰なんだよ」
丸刈りの男は、荒々しく青年を睨んだ。
黒スーツ──
近くで見れば、白いワイシャツに黄色のネクタイ。
ロングコートとスラックスは、一昔前のマフィアを思わせる。
「黄金の誓い──エリオット・カヴァッリ」
「……知らねぇな。怪我したくなきゃ、とっとと失せろ」
エリオットは、短く舌を打った。
「どこの田舎もんか知らねぇが、ここらじゃ、“売り”はご法度なんだよ」
「はぁ~? 俺たちゃただ、この子と仲良くしたいだけだっての」
茶短髪の男が、舌を突き出した。
その腕の中で、白いワンピースの少女が、必死に首を振っている。
濡れた瞳は、懇願するように青年を見ていた。
「嘘つけ。どう見ても嫌がってんだろ。お前ら、クールじゃねぇよ」
俺は小声で、リリィに問いかけた。
「……売りって?」
「人身売買のことですね。恐らく、あの少女を拉致して売るつもりなのかと」
エリオットは、一歩前へと勇み出る。
体を大きく広げると、黒いコートが翻った。
「かかってこいよ、三下ども」
「がんばれ~!!」
フィオナは、浮かれた調子でジュースを吸い上げている。
ストリートファイトが、幕を開けた──。
「がはッ!」
啖呵を切った青年は、刈上げと茶短髪の男に、二人がかりで殴られている。
男たちは、喧嘩慣れしていた。
骨が弾けるような、豪快な音がした。
青年は吹き飛ばされ──その先は、大きなゴミ箱。
「てっめぇら……男なら、タイマンだろ普通はよッ……!」
ゴミ溜めの中で、エリオットが吐き捨てた。
関わるべきじゃない。
そう判断した、その時。
「てめぇら、何見てんだコラ!」
刈上げの男が、こちらへ近寄ってきた。
そして振り払うように、フィオナのジュースを持っていた手を弾いた。
黄色いドリンクが宙を舞う。
「あっ! 何すんのよ!」
ドンッ。
フィオナが、刈上げ男の肩を押す。
男はよろりと後ずさった。
「てっめぇ! 骨が、外れちまったぞゴラァ!」
次の瞬間、その顔が歪む。
「痛ッ……!」
茶短髪の男が、怪訝そうに言う。
「どうした?」
「ほ、ほんとに……外れてる……」
「ええっ!?」
無言で、フィオナは追撃に入ろうとしていた。
俺は彼女の腕を掴んだ。
「どーどー。抑えて、抑えて」
「だって! ジュース!」
「あとで、また買ってあげるから」
「このアマァ……!」
その隙に、茶短髪の男が向かって来ていた。
俺は、男の手首を受け止める。
「あの、ちょっと。やめましょうよ」
「なんだこの野郎、かっこつけやがって!」
「いや。まじで、やめといた方が……」
フィオナが手加減するとは、思えない。
こいつらの方が、よほど心配だった。
ピリッ──
奥から、魔力の気配が走った。
「おい……オレはまだ、負けちゃいねぇぞ」
金眼が射抜く。
エリオットは左足を踏み込み、体を低く構えた。
右腕を外へ引き、親指を下に。
開いたもう一方の手は、後ろへ。
黒コートがなびいた。
「≪漢の決闘≫──ッ!」
バチリッ!
黄金が弾けた。
「おい……やっちまえ」
丸刈りの男が、顎で命じる。
「あ、兄貴」
刈上げと茶髪の二人は、冷や汗を垂らした。
「あ? 何やってんだ」
「か……体が、動かねぇんですよ」
──俺もだ。
ぴくりとも、体が動かない。
空気が、鉛のように重くなっていた。
「これは──」
横で、リリィが静かに告げる。
「≪固有能力≫──エリオットさん個人の異能ですね。指定した相手と強制的な戦闘状態になります。他の人間は、一切の手出しが出来ません」
固有能力。
魔法と似て異なる、個人だけが持つ異能。
存在は知っていたが、実際に見るのは初めてだった。
エリオットが指定したのは──
「クソが。だらしねぇ奴らだ」
リーダー格らしき丸刈りの男は、ぼりぼりと頭をかいていた。
どうやら彼を選んだらしい。
周囲の男たちは、固まったままニヤついていた。
「おいおい。あいつ死んだぜ」
「兄貴はなぁ……東じゃ、“鋼のボンゴ”と言われてたんだ!」
ボンゴは、ポキポキと拳を鳴らした。
「後悔すんなよ、クソガキ」
「御託はいい。かかってこいよ」
「見せてやるよ。極限の身体強化ッ!」
「来た! 兄貴の身体強化は、鉄よりも硬いぜ!」
「あいつ、終わったな」
「うぉぉおおおお──ッ!!!!」
丸刈りの頭に、血管が浮かび上がる。
筋肉が、膨張していく。
そして。
魔力が収束すると──
──散った。
「……あれっ?」
ボンゴは、自身の体を見下ろした。
何も、変わっていない。
「あ~。盛り上がってるとこ、悪いな」
エリオットは、にやりと笑った。
「タイマン中は、“魔法は使えないルール”になってんだ」
ボンゴは目を見開く。
「なっ……」
「おいおい。まさか……そのガタイでビビッてんのか?」
そして、エリオットは両拳を構えた。
「かかってこいや。真剣・ステゴロ勝負だ」
「テメェ──ッ!」
ボンゴが踏み込む。
巨体から拳が振り下ろされる。
顔面に、一発!
また、一発ッ!
「ぐ……ッ!」
エリオットはかわせない。
いや──
わざと、受けていた。
歯を食いしばり、踏みとどまっている。
「へっ。軽い……軽いなぁ。信念が、ねぇ奴の拳はよ!」
血を吐き捨てた。
「こっちの番だ。オラ──ッ!」
ボンゴの腹へと、拳を突き出す。
一撃、二撃──ッ!
腰を回し、三撃──ッ!
重く、強烈な音が響いた。
「……うぶッ」
ボンゴは腹を押さえている。
すかさず、エリオットは前に出た。
全体重を乗せ──
拳が、撃ち出された──ッ!
ダンッ!!
巨体がよろけ、ボンゴは膝をついた。
「クソ……! まだ」
起き上がろうと、顔を上げた。
しかし。
その時にはもう──
「寝てろ」
鉄拳が、顔面に振り下ろされていた。
バァン──!
──勝負は、そこで終わった。
「あ、兄貴が、やられた……」
「おら、来いよ……あとは、テメェらだ」
エリオットは、ボロボロだ。
当然だろう。あきらかに、体重が違う相手だった。
拳闘は、体重が違えば勝負にならないというが……
よく勝ったものだ。
──俺は、彼の前へと出た。
「なんだよ。兄ちゃん……これは、オレの喧嘩だぜ」
「まぁまぁ。相手も、複数ですし」
「私も、ジュースやられた!」
フィオナも出て来た。
「えっと……絶対、殺さないでね」
刈上げの男は、フィオナに外された腕をはめ直していた。
「はんっ、舐めやがって。俺らもな……東じゃ、“闘犬ガル&バッツ”って呼ばれてたんだ。女連れで、どうにか出来ると思うなよ」
「ちなみに、俺がバッツだ」
茶髪の男が言った。
絶妙にださいネーミングだ。
刈上げ男は、黒髪を後ろに撫で上げた。
「いくぞオラァ!」
男たちは、畳みかかるように襲いかかって来る。
……これは、暴力ではない。
正当防衛だ。
「思考加速」
時間が、崩れた。
音が遠のき──
動きが、引き延ばされていく。
茶髪の男は、俺に向かってきていた。
刈上げ男は、フィオナの方へ──
彼女は右手を突き出し、中指を、親指で引き絞っている。
そうだな……
適当に、気絶させよう。
俺は男の拳をさらりと流し──
手刀の形を作った。
狙いは、首元。
意識を刈り取る、風牙隊・対人術。
──≪断刀≫。
「……ッ」
茶髪の男は、声も発さず、地面に崩れ落ちていった。
念のため、首筋に指を当てる。
「よし、生きてる」
フィオナの方を見ると──
刈上げの男は白目をむき、床で痙攣していた。
……デコピンで?
エリオットは口を開け、呆然としていた。
「お二人とも、本当にお強いんですね!」
リリィが手を叩いた。
「本当に、ありがとうございます」
「なんで、リリィが礼を言うんだよ」
「ふふ。ちょっとした知り合い、なんですよ」
白いワンピースの少女が、おずおずと前に出て来た。
「あの……あり、がとう」
エリオットは口端を上げ、少女の頭を撫でる。
「おう。このへんは危ねえ。もう、来るんじゃねえぞ」
少女はポケットから何かを出した。
──小さな、白い花だ。
それを青年に渡すと、少女は表通りへと駆けていった。
「若頭っ!」
声を張り近寄って来たのは、坊主頭の男。
さっき、街で絡んできた男だ。
「タツ、どこいってたんだよ。探したぞ」
「すいません……迷っちまって」
タツと呼ばれた男は、倒れている男たちを見回した。
「三人ですか……逃げれば良かったのに!」
「鉄の掟その五──“クールであれ”。逃げるなんて、だせぇ真似できるかよ」
もぞり。
倒れていた丸刈りの男、ボンゴが膝を立てていた。
エリオットは、静かに近寄っていく──
そして、ボンゴの顎を掴んだ。
「タフじゃねぇか。もう一発、いっとくか」
「うっ。降参っ、降参だ! 勘弁してくれっ」
「……覚えとけよ……悪さをしたツケってのは、いつか自分に回ってくるんだ」
芯のある言葉だった。
エリオットのように真っすぐ生きていれば──
俺は、ここには居なかったのかもしれない。
「分かったか。失せろ!」
ボンゴは二人の男を抱えると、転げるように路地を逃げて行った。
「ああ、そうだ……兄ちゃんたち、ありがとよ。貸し一つだな」
彼は白い花を指で挟み、胸元に当てた。
「オレは、こういうもんだ」
黒い名刺のようなカードが差し出される。
そこには金文字で、黄金の誓い──若頭エリオット・カヴァッリと書かれていた。
「困りごとがあれば、第四環にあるバー、“カナリア”に来い。一つだけ、力になってやるからよ」
「……わかりました。怪我、お大事に」
「痛くもねぇよ。唾つけときゃ治る」
ニッと、清々しく笑った。
「それじゃあな。行くぞ、タツ」
「あっ。待ってくださいよ若頭!」
「痛っ! てててっ……」
エリオットはよろけた。
「やっぱ痛いんじゃないですか」
「うるせぇ! 肩貸せ!」
「はいっ!」
騒々しく、彼らは路地の奥へと消えて行った。
路地には、街灯の明かりが落ち始めている。
「あっ!」
リリィが、はっとした。
腕の黒いスポーツ時計を見やり、
「そろそろ、お時間になってしまいました!」
残念そうに言った。
「まだまだ巡れてない場所は沢山あるんですけど、案内はここまでとなります」
「本当に助かったよ」
「えー。もっと一緒に居たかったな」
フィオナは口をすぼめた。
「私も名残惜しいです……また案内が必要であれば、こちらに連絡をください!」
リリィは、個人番号が書かれた紙をくれた。
これで、ギルドタグから連絡が可能だ。
「情報も取り扱っているので、この街のことであれば何でも聞いてください」
「情報?」
「ええ。この街のことであれば、“何でも”知っています」
「何でも……」
「はい。何でも、です!」
彼女は明るく笑った。
「あと、こちらはサービスです! エリオットさんを助けてくれたお礼に、どうぞ」
リリィが差し出したのは、古びた地図。
そこには手書きで、街のおすすめ場所がびっしりと書かれていた。
「ディナーは、“赤龍亭”がおすすめです。レッドリザードの炭火焼は、絶品ですよ!」
フィオナが涎を垂らした。
「にく……」
「夜景スポットも絶景なので、よければぜひ!」
「ありがとう、リリィ」
「ええ! また、いつでもお声をかけてください」
「にく……」
フィオナは、“肉”しか言えなくなっていた。
「よし、食べに行こうか」
「行く!!!!」
今日一、元気な声だった。
俺たちはリリィと別れ、市街地を歩きだした。
道行く人の声は、どこか浮き立って聞こえる。
エンバータウンの夜が、始まろうとしていた──。




