第三十九話「星環保安官と、不穏」
大階段を下り終わった。
広場は来た時よりも、人で溢れかえっている。
広場の中央──
噴水の縁に、クリーム色の短髪の少女。
頭の上には、黒いゴーグル。
リリィだ。
こちらに気づくと、立ち上がり、歩み寄ってきた。
「お帰りなさい。登録は、済みましたか?」
「ああ。待たせてごめん」
「良いんです。さ、行きましょう!」
歩き始めた、その時。
パンパカパーン!
派手な効果音が鳴り響いた。
顔を向けると、すぐ横の建物に、大型モニターが取り付けられていた。
画面に出て来たのは──
赤い服に身を包み、黒い前髪を高く盛り上げた司会らしき男。
男は、マイク片手に前のめりになった。
『冒険者ランキ~ング!』
文字が弾けるように踊りだす。
『一位、氷鬼衆! 二位、妖楽隊! 三位、紅蓮の双刃──!』
「あれはギルド所属の、冒険者パーティ実績順位ですね」
「そういえば俺たち、パーティ名とか決めてないな」
「フィオナと、愉快な仲間たちが良い!」
「……二人しかいなくね?」
「そのうち増えるのっ!」
「ふふ。十位以内に入れば、ああして紹介してもらえるので、企業からの依頼が多くきますよ」
「競争、激しそうだなぁ」
「冒険者も多いですからね。特に一位、氷鬼衆のリーダー・ユキナさんはAランク冒険者。大鬼族で、と~っても美人なんですよ」
「大鬼族、はじめて聞いたな」
フィオナが額の上に手をやると、指を一本ずつ立てた。
「角二本の戦闘民族、って聞いたことある。私も、見たことないかも」
「あっ、ちょうど宣伝です!」
モニターを見た。
青い海、白い砂浜──
そして、切れ長のツリ目。
アイスブルーの瞳が、強い光を反射した。
感情のない顔で歩いて来たのは、白青の長髪の女。
前髪を揃えた額には、二本の短い白角。
露出度の高い白ビキニの下は、真っ白い肌。
長方形の緑の板──板ガムらしきものを手に掲げると、薄桃色の小さな口を開けた。
牙のような八重歯が覗く。
板ガムを、噛みちぎった。
白青の髪をさらりと掻き上げ、画面いっぱいにテロップ。
『がっつり凍てつく一時間。ウルトラ集中ガム、好評発売中!』
思わず、見惚れてしまった。
ぐぅ。
横を見ると、フィオナが腹を押さえていた。
「おなかすいた……」
「もう昼過ぎですからね。あれなんてどうです?」
リリィが示した先には露店。
看板には、“ホーングリル”──絶品、星環バーガーと書かれていた。
「草食の猪、リーフボアの柔らか肉を、パン生地で挟んだ名物フードです」
聞いただけで、口内に唾液が滲んだ。
「星レタスと紅蓮トマトもたっぷり入っていて、とても美味しいんですよ~」
「うん、それにしよう」
フィオナは、すでに店先にいた。
「星環バーガー三つ!」
じゅうっ。
鉄板の上で、香草をまぶした肉が音を立てている。
スパイスの匂いが、鼻をくすぐった。
美味そうだ……。
バーガーを受け取ったあと、俺たちは木陰の下にある長椅子に向かった。
フィオナが椅子に座ると──
ちりんっ。
軽い鈴音がした。
──黒猫だ。
首元には銀の鈴をつけている。
飼い猫だろうか。
猫はフィオナの横に座ると、のんびりと欠伸をした。
「かわいい~っ!」
フィオナとリリィが、嬉々として黒猫を撫でる。
「この子はミミちゃんです! 街のアイドル猫なんですよ」
……かわいい。
黒猫に手を伸ばすと──
「シャッ!」
鋭い威嚇。
「えっ!?」
「緋色、嫌われてるねえ。こんなに可愛いのに」
フィオナの指先では、黒猫が喉を鳴らしている。
リリィは目を丸くしていた。
「ミミちゃんが威嚇するの、初めて見ました」
「何も、してないのに……」
動物に嫌われるのは、地味にショックだった。
──星環バーガーを食べ終わる頃には、黒猫は消えていた。
それから、人通りの少ない道を歩いていくと、フィオナが声をあげた。
「何これ、かっこいい~!」
「これは、バイク……!?」
目の前にあったのは、黒銀のマシン。
低く、地を這うようなフォルム。
流線型の装甲は無駄を削ぎ落とし、鈍い銀の光沢を放っている。
前後輪は太く、金色に輝くサスペンションがしぶい。
車体側面には、翼を広げた星の金紋章。
今にも、低い唸り声が聞こえてきそうだった。
「こんなものまであるのか」
まじまじと見ていると──
「そりゃ、アタシんだ」
ハスキーな声に、ほろ苦い白煙が漂った。
視線をやると──
路地の壁に、気だるく背もたれた女がいた。
つばの広い黒ハットには、バイクと同じ金紋。
くすんだ茶色の短髪は片耳が覗いている。
黄混じりの茶色い瞳は、鋭く細い。
すらりとした全身を、青黒いレザー制服が包み、ロングコートは膝下まで伸びていた。
服の随所には金装飾が散らばっており、クロスさせたベルトには拳銃ホルスター。
指空きグローブをはめた手には、茶色の葉巻。
薄い唇から、白煙が漏れた。
余裕のあるその立ち姿は、ただ者ではない。
「エレナさん、おはようございます!」
リリィが挨拶した。
エレナと呼ばれた彼女は、ポケットに片手を突っこみ、ふぅと煙を吐いた。
「おう。おはよ」
「この人は?」
「と~っても強い、街の保安官さんなのですよ」
「星環保安局──特別捜査官、エレナ・クロフォードだ」
黒いハットを指で弾くと、鈍い金色のバッジが光を返した。
「よろしくな。まぁ、普通に過ごしてりゃあ、会うこともないだろうが」
彼女は口端を吊り上げ、細目で笑った。
不思議な魅力がある。
じっと見ていると、リリィが横からひょこっと出てきた。
「だめですよっ。美人さんですが、手を出すなかれっ!」
「おいっ……」
「その美貌から、数多の男性が彼女にアタックをしました。しかーし! いまだ、エレナさんを落とした人はいません!」
リリィは胸の前で腕を交差させ、どん、と力強く構えた。
「その姿勢は鉄壁、鋼の~如しッ!」
ぱちぱちと、フィオナは拍手した。
「おぉ~!」
「“鉄の処女”、ともいわれているのですよ」
「ちがう……」
「えぇっ。街のみんなは、エレナさんは男嫌いだって言ってますよ!」
「私は、自分より弱い奴が、嫌いなんだよ」
エレナが溜息をつくと、リリィは仰け反った。
「えぇっ。総人員一万を越える保安局の中で、四十八人しかいない特別捜査官──そんなエリート中のエリート、エレナさんより強い男性なんて、そうは居ないと思いますけど……」
「なんで人数を知ってるんだよ……相も変わらず、恐ろしいやつめ」
「だいぶ、ハードル高そうだな」
俺がそう言うと、
「おかげさまで、年中彼氏募集中だよ」
エレナは自嘲気味に笑った。
そして再び、煙草を吸いだす。
「私のことはいいんだよ。さっさと観光してこい」
「休憩中、お邪魔してすいませんでした」
「おう、昼は大体ここだ。困りごとがあったら、何でも言えよ」
俺たちは彼女に手をふり、その場をあとにした。
お世話になることがないことを祈ろう。
大通りを歩いていく。
近くの食堂からは笛と弦楽器の音楽。
反対の路面には、魔法ペットカフェなる店。
エンバータウンは、どこか懐かしくて、新鮮だった。
本当に不思議な街だ。
眺めていると、
「勇気りんりんジュースください!」
近くの店で、フィオナが声を張り上げていた。
看板には、“エモドリンク”の文字。
「勇気・安らぎ・高揚など、感情をテーマにしたドリンクを扱っているお店ですね。なんだか気分を変えたい、という時にオススメです!」
「へぇ、面白いな」
「ここは第三環・中央都市区の入口なので、観光向けの奇抜なお店が多いんですよ」
フィオナは、黄色いドリンクをストローで吸った。
「美味いか?」
「ん~! 勇気、みなぎりますね~っ!」
「……いいね!」
俺は声を弾ませた。
一瞬、みなぎらせてどうするんだ、と思ったが……野暮である。
「俺も、勇気りんりんドリンクください」
こういうのは、楽しんだもの勝ちだ。
勇気、みなぎらせてこう。
忙しなく動くフィオナを、目で追っていると──
「あっ! 路地裏には、出来るだけ近づかない方が良いですよ」
人気のない路地が、そこにあった。
「裏通りは柄の悪い人が、たっくさんいますから」
「それは怖いな」
「慣れてない人は、特に狙われやすいです。気を付けて下さいね」
真剣な顔から一転、リリィは微笑んだ。
「もっとも、裏通りはマフィア、黄金の誓いが仕切っています。一般人には優しいので、必要なら助けを──」
その時。
「あぁ!? もっぺん言ってみろテメェ!」
角を曲がった先から、荒々しい男の声。
「なんだろっ」
フィオナが、とことこと駆けていく。
「あっ、おいっ」
嫌な予感がした。
こういう時は、ろくな思い出がない。
俺は、フィオナの後を追った。
そこには──
丸刈り、刈り上げ黒髪、荒れた茶短髪。
大柄でガラの悪い男が、三人。
その中心には、白いワンピースを着た小さな黒髪の少女。
男たちは、少女を囲むように手を掴んでいる。
その前には──
一人の男が、仁王立ちしていた。
整えられた黒髪の短髪に、黒スーツ。
ギルドに入る前に、街ですれ違った青年だ。
「聞こえなかったか?」
剣呑な空気にそぐわない、爽やかな声だった。
黄金色の眼が、男たちを睨み据える。
「手を離せっつったんだよ。クソ野郎ども」
彼は、黄色いネクタイを緩めた──。




