第三十七話「冒険者ギルド・残火の灯≪エンバートーチ≫」
金髪碧眼の美少女エルフが、微笑んでいた。
金の髪は側頭部に編み込まれ、背中から腰へと流れている。
背丈は俺より少し低く、長い耳には小ぶりのイヤリング。
胸元には金のブローチを留めた白いリボン。
金の刺繍が入った濃い青の衣装は、ロングスカートと一体になり、足下まで優雅に伸びていた。
受付嬢を思わせる佇まいだ。
「何か、お困りですか?」
清明な声。
「あっ、あの、えっと、俺はっ」
喉が、ひどく渇いた。
あまりの美しさに、俺は何をしに来たのか忘れていた。
「そうだ。冒険者の登録を──」
「あなた……珍しいものを持っていますね」
彼女の視線が、下へと落ちる。
俺の腰に下げていた短剣を、じっと見据えていた。
「ああ、これは、エルフの里で──」
瞬き一つ。
「懐かしい~!」
白い細手に、短剣があった。
その腹を撫でるように指先を滑らせながら、彼女は楽しそうに笑っている。
それは──俺の短剣だった。
……うそだろ。
腰の重みが、ない。
抜かれたことに、……気づけなかった。
「手入れも綺麗で、実によろしい。はい、お返しします」
そういうと、彼女は俺の腰へ──短剣を戻した。
「最近は忙しくて……もう、だいぶ里に帰れてないんですよ。長老たちは、元気でした?」
「え、えぇ」
何なんだ、この人。
「私はエンバートーチ受付担当、エリンと申します。よろしくお願いします」
エリンは笑いながら、手を差し出した。
戸惑いながら、手を握る。
「いいんですか──?」
「えっ?」
「エルフの名前は、心を許した相手にしか教えないって……」
くすくす、と彼女は笑った。
「古い風習ですよ。いちいち名前を隠してたら、仕事ができないわ」
「そう、なんですね」
「ああ、それと……」
声の調子が落ちた。
「魔力は、隠しすぎない方がいいですよ」
「えっ」
「逆に、目立ってしまいますから」
「……」
意味が分からず、俺は目を泳がせた。
──なるほど。
周りを見れば、ほとんどが魔力を垂れ流している。
たしかに、いきなり“無”が現れたら、それは異質となるのかもしれない。
だから。
エリンは、俺に声をかけたのではないか。
「冒険者登録ですよね。さぁどうぞ、奥の方へ」
彼女はギルドの奥へと、すっと手を向けた。
その時──
「あぁーーっ!!!!」
背後から、少女の声。
振り返ると──
フィオナが、立っていた。
水色の長髪が揺れる。
それを見て、エリンが驚いたように口に手をやった。
「あら!」
そして。
フィオナが、
前へ跳んだ──ッ!
「どぉりゃぁああああ!!!!」
風切る前進ッ!
引き絞られた拳が──
「うぉっ!?」
一直線に、エリンへと撃ち出されたッ!
思わず目を伏せる。
──パァンッ!!
衝撃音が、耳の奥で弾けた。
……そろりと、目を開く。
エリンは、
フィオナの拳を、片手で受け止めていた。
ただの一歩も、動かずに。
涼しい顔で金髪をかき上げ──
「んー、七十点。踏み込みが、ちょっと甘いかも」
顎に手をやると、そう告げた。
そして微笑む。
「でも……鍛錬は、続けてるみたいね」
「わぁーっ! 久しぶり!!」
二人は、そのまま抱き合っていた。
やがてフィオナは体を離すと、
「紹介します!」
横にいるエリンに向かって、両手を広げる。
「おばあちゃんでーす!」
……お祖母ちゃん。
「……おば、あ、ちゃん?」
目を細めても、エリンは少女にしか見えない。
仮に少女ではなかったとしても──
穏やかに微笑むその顔は、どう見ても絶世の美女だ。
“お祖母ちゃん”という言葉が、まるで似合わない人、いや、エルフだった。
「元気だった?」
「超、超、超元気!」
フィオナは両腕を上下させ、元気を主張した。
そして、今度は俺に向き直り、
「で、こっちは緋色! 私の、頼もし~い仲間!」
「山田、緋色です」
「まぁまぁ……」
エリンは、柔らかく目を細めた。
「フィオナの世話をするのは、大変だったでしょう」
その瞬間。
死にかけた日々が、走馬灯のように脳裏を駆け抜けた。
フィオナを何度も救い、小鬼に追いかけ回され、醜悪鬼に、岩魔人──。
「……いえ……お孫さんには……私も大変、お世話になっておりまして……」
思うことは沢山あるが、ここは“お世話になっている”ことにしておこう。
俺は、大人なのだ。
「ふふ──あっ! 忘れてました。ギルド登録ですよね」
「ええ、お願いします」
「では」
エリンは奥に手を示し、くるりと身を翻した。
「さぁさ、おいでませ。受付は、こちらで~す」
踊るような足取りで、進んでいく。
中央のカウンターを過ぎ、大階段も通り過ぎ──
やがて、ひときわ落ち着いた受付の空間へと辿り着いた。
「改めて、ギルド、残火の灯へようこそ!」
朗らかな声が、空間に響く。
「新たな冒険者さまを、心より歓迎いたします」
彼女は手を胸に当て、優雅に一礼した。
「さぁ。ここから、あなたの物語が始まります!」
芝居がかった口調で、
「神秘の森、古の古城、水の都、砂漠の王宮──めくるめく冒険の旅路が、きっと待っていることでしょう」
「おお……」
「っと。お決まりの口上は、この辺で」
そう言って、古めかしい用紙を差し出してきた。
羊皮紙の上部には、炎の紋章。
その下には──『ギルド登録宣誓書』と、重々しい文字で記されていた。
「こちらに、お二人の詳細をご記入ください」
名前、人種、性別、職業、出身国──
身長や体重まで、細かな項目がずらりと並んでいる。
性別まで書いたところで、手が止まった。
「……待てよ。俺の職業って、何なんだ?」
「短剣をメインに扱うなら、剣士ですね」
「私は、魔法使いかな~」
フィオナは即答した。
出身国、“日本”と書きかけて、俺は手を止めた。
──“エバーウッドのエルフ里”、だな。
最後は、チェック項目だった。
□ 本人の意思による任務遂行中の負傷、または死亡について、ギルドは一切の責任を負わないことを、ここに了承する。
死亡──。
そうだ。
この世界は、死と、隣り合わせなのだ。
覚悟を決めるように、俺はチェックを入れた。
あとは、“任務は自己責任”と“規約違反は禁止”というような内容だった。
全ての項目を書き終え、エリンに用紙を差し出す。
彼女はそれに軽く目を通すと、小さな印章を押し当てた。
朱色の蝋が溶け、
俺の名の横に、炎の紋章が刻まれていた。
「最後に、これをどうぞ」
差し出されたのは、銅色のドッグタグだった。
掌に収まるほどの薄い金属片だ。
中央には、簡素な文字で“E”と書かれている。
「冒険者の証──『ギルドタグ』になります。大事なものなので、無くさないようにして下さい」
指でつまみ、光にかざす。
ほとんど重みがないそれを、首にかけた。ひやりとした感触が、鎖骨に触れる。
「身分証としても使えますし、依頼の確認、ギルドや冒険者への連絡、位置情報、登録済みモンスターの記録図鑑まで見れちゃいます」
「へぇ……」
思っていたより、ずいぶんとハイテクだ。
「それから、録画と配信機能なんかもあります」
「配信機能?」
「遺跡の探索や戦っている様子などを、映像記録する依頼もあるんです」
「……それは、面白そうですね」
「有名な『配信者』になれば、ゴールドもたくさん稼げますよ」
ふふっとエリンは笑った。
現代的だ。
すぐに有名になったら、どうしよう。
「そして、冒険者にはランクというものがあって──」
エリンは丸まった羊皮紙を取り出した。
くるくると、それを広げていく。
「このように、七段階に分けられています」
紙には、整った文字が並んでいた。
E “初級冒険者”
D “一般冒険者”
C “熟練冒険者”
B “国家戦力級”
A “特別任務級”
S “軍事戦略級”
SS “特級国家戦力”
と、書かれている。
「最初は見習い、Eランクからのスタートです。Cランク以上になれば、一流冒険者ですね」
なるほど。
関門を越えて獣国に行くには、一流になる必要がある、というわけだ。
「依頼をたくさんこなして、昇級試験を受ければ昇格となります」
「昇級試験……難しいんですか」
「ん~。合格率は、半分以下ですかねぇ」
頬に指をやり、エリンは答えた。
「ランクを上げるほど特権が増えていくので、ぜひ頑張って下さい」
「よーし! さくっと、SSになっちゃおう!」
フィオナは、さくっと、特級国家戦力になろうとしていた。
「無理、しない程度にやろうな……」
なんか、胃が痛くなってきた。
エリンは微笑んだ。
「依頼に関しては、パーティを組むことも可能です。ぜひ、仲間を集めてみて下さいね」
思い浮かぶのは、小柄な猫と豊満な牛──二人の獣人少女。
仕事の際は、彼女たちを誘ってみよう。
「おっと、そうそう。危険な廃墟、古代の遺跡など──『死の領域』と呼ばれる危険エリアには、自己判断で行かないようにして下さい」
デッドゾーン。
響きからしてヤバい。
「デッドゾォンッ!?」
横には、青い眼を輝かせるエルフ。
「……だめだからな。絶対に」
「えぇ~っ」
絶対に近づかないぞ。
絶対に、だ!
「説明は以上になります。何か分からないことがあれば、いつでも聞いて下さいね」
「はい、ありがとうございます」
「最後にこちら」
エリンが手で示した方には──四角い箱。
液晶画面が表示されており、“評価・感想お願いします”と書かれている。
「これは?」
「受付担当の評価と、感想を受け付ける機械になります。この私、エリンの対応が良いと感じた場合は、評価とレビューを、ぜひお願いしますっ!」
「紙に、書けばいいんですかね」
「はいっ」
エリンは俺の手を優しく握り、
「私への愛情を、語っていただいても構いませんよ」
ふふ、と小悪魔的に笑った。
顔に熱がのぼる。
「──冗談ですよっ、もう。愛いらしい」
エリンの顔に、満面の花が咲いた。
彼女の笑った顔は、フィオナにそっくりだ。
「ふんっ!」
横からフィオナが、繋いだ手を引きはがした。
「ちょっと! 緋色は、私の仲間なんですけどっ」
「取りませんよ。玩具じゃないんですから。まったく、子供ね」
フィオナは、むーっと頬を膨らませていた。
「まぁ……まだ幼いですが、一応、そこそこ強い魔法使いがパーティにいるみたいだし、大抵の依頼は何とかなるでしょう。応援していますね」
「私、もう大人なんですけど!」
「百歳もいってないエルフは、みんな子供なの」
エリンは肩をすくめ、息をついた。
「ここにいるということは、冒険の丘は越えたんですよね」
「うん! 楽勝だった!」
フィオナはドヤ顔している。
平気で噓をつくじゃないか、この娘。
「じゃあ……次は、獣国ルプスガンですね」
「交通規制がかかってると聞いたんですが」
「ええ。Cランク以上じゃないと、関門を通れない決まりになっています」
「身内特権とかで、Cランクに出来ないの?」
フィオナが不満げにいった。
「例外は、ありません」
「ぶーぶー。おばあちゃんのいじわる」
「規則を守らなければ、組織というのは成り立たないの」
諭すように、エリンは人差し指を揺らす。
「ふと思ったんだけど……他の聖壇から回るのは、ダメなのか」
「順番にやらないと、地脈の魔素がおかしくなる──って長老が怖い顔でいってた」
フィオナは長老の声真似で言った。ちょっと似ている。
「おばあちゃんは、レベルを上げるいい機会だと思います」
にこにこと、エリンは笑っている。
「今のまま行けば、生き残れるとは到底思えないもの」
「大丈夫だもん」
フィオナは口を尖らせる。
それを見て、エリンの声のトーンは落ちた。
「戦争を舐めてる。……そんなんじゃ、死ぬわよ」
「一人じゃないし、緋色だっているもん!」
「むりむり。山田さんも、そう思うでしょう?」
「緋色は、私の味方だよね!?」
「えーっと……」
──二人の痴話喧嘩に、しばらく揉まれた後。
「残火の灯は全五階。上の階には飲食店、鍛冶屋などがあります」
「かなり、広いですよね」
「ええ。よろしければ、軽く案内しましょうか」
「お願いします」
受付の外に出ると──
照明がちょうど当たっている道の真ん中に、ひときわ目を引く少女がいた。
──妖精、だ。
長い耳。
桃色の瞳にツインテール。
髪の先端は、黄色へと溶けている。二色髪だ。
頭の上には小さなハートの王冠に、星の髪留め。
首元には小ぶりのハートのペンダントを下げ、
ピンクを基調にした、フリルたっぷりの衣装をまとっている。
大きな胸元はハート型の装飾で軽く持ち上げられ、肩と腹部は大胆に露出していた。
太ももにはリボン付きのガーター。
腰から広がるミニスカートは何層にも重なり、動くたびにきらきらと光が散っている。
いやらしさではなく、計算された愛らしさがあった。
そして──
背中には、光の粒を宿した半透明の翅。
「はいはーい! みんな、息してる!? 妖精アイドル、ピピちゃんでーすっ!」
空中に浮かぶ半透明の画面に向かって、身振り手振り話している。
「今日は有名ギルド、残火の灯にきてまーす!」
「あれは一体……」
「あれは、配信者さんですね。ああして、視聴者から収益を得ているのです」
「なるほど」
少女は、くいと腰をひねり、色っぽく地面に寝転ぶと──
「高評価、登録してねんっ。んー、ちゅっ」
片方だけ目を閉じ、投げキッスした。
誘惑的で、視線を引き寄せる仕草だ。
……なるほど、そういう売り方もあるのか。
「ああいうのが人気なんだ~。私も、やってみようかなぁ」
フィオナがぼそっとつぶやいた。
世間知らずの、美少女エルフ配信者。
──人気、出る気がする。
「……いいかもな」
「では、上の階にいきましょう~!」
エリンに誘われるように、俺たちは、階段へと足を踏み入れた。
少しの期待に、胸が膨らんだ。




