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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第二章「残り火の街」

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第三十五話「関門と獣人」

 白骨となったシグリを埋めていく。

 夫婦は、少女の隣に眠らせた。

「よし。埋葬おわり」

「しかし、不可解だな」

「何がですか?」

「……綺麗すぎるんだ」

 ザンマは、墓石へと手を伸ばした。

「動いていた死骸は三体……あれほどの妖樹なら、全てに寄生することも可能だったはず」

 墓石の縁をなぞり、低く続ける。

「墓の暴かれた痕跡も、不自然だった。自分で出てきたというより、掘り起こされたような……」

「誰かが、意図的にやったってことですか」

「さてな……真相は、闇の中だ」

 考えても、何も分かりそうにもない。

 胸の奥に、小さな違和感だけが残った。

 

 集落へ戻ると──

 フィオナが、呑気に今しがた起きてきた。

「ふぁ~。なんか体、だるいんですけど」

「……」

 この娘を一人で旅に出さなくて、本当に良かった。

 何度死んでいるか、分かったものではない。

「あれ……シグリは?」

「色々あってさ──」

 

 かくかくしかじか。

 

「──起こしてくれれば良かったのに!」

「そんな暇、なかったんだよ」

 コトコトと、朝飯を煮る。

 鍋の中で野菜が柔らかくほどけ、甘い匂いが立ちのぼった。

「ていうか、一回寝たら起きないじゃん」

「うっ……緋色は、起こし方が優しすぎるんだもん!」

「……俺が悪いのか、それ」

「まったくもう。私のいない間に、物事を進めすぎなんだよね」

 だいたい自分のせいじゃねーかよ。

 と思ったが、言わない。

 俺は大人の男なのだ。

「……善処するよ」

「そうだよ。緋色は、私がいないとだめなんだから!」

「わかったって。ほら、出来たぞ」

「いっただきまーす!」

 一転ころりと笑うと、ばっと汁に手をつけだす。

「うまっ、うまっ」

 フィオナの口元が綻ぶ。

 彼女は俺より年上だが、感覚的にはまだ子供だ。

 大人ぶりたい少女なのである。

「ザンマさん、朝ご飯できましたよ」

 木目の壁際を見ると、ザンマはいつの間にか眠っていた。

 刀を抱えたまま口を開き、足を大きく投げ出している。

 両肩までずり落ちた着物を、そっと直した。

「ザンマさんってば」

「……うぅん……」

 肩を揺らすも、全く起きる気配はない。

 声をかけるほど、寝息が大きくなるばかりだ。

 剣鬼の如く戦っていた彼女は、見間違いだったのかもしれない。

 フィオナが、にやにやとザンマを見ている。

「子供ね〜」

 ……あなたも、朝はこれなんですよ。

 と、思ったが言わない。

 俺は、大人の男なのだ……。


 ──ザンマが起きたあと、俺たちは外へ出た。

 フィオナは肩をほぐすと、しゃがみ込む。

「んっ! 乗って!」

「体の調子が、悪いのではないか」

 穏やかにザンマは言った。

「大丈夫だってば!」

「しかし……」

「もーっ! ザンマはか弱いんだから、早く乗って!」

「──か弱い?」

 きょとんと。

「ふっ……では、甘えさせてもらおうか」

 なぜだか嬉しそうに、ザンマは微笑んでいた。

 

 ──昨日とは別の山なのではないかと思うほどに、周囲は晴れ渡っていた。

 俺たちは歩いてきた一本道を戻り、元のルートを辿っていく。

 雲ひとつない空の下で、日光が斜面を照らした。

 踏み固められた山道を進むたび、砂利が乾いた音を立てる。

 やがて──

 山間にひっそりと佇む村が見えてきた。

 家々はまばらで、人の気配は薄い。

 風だけが通りを抜け、軒先の木札をかすかに揺らしている。

 その奥に、古びた宿屋があった。

 軋む扉を押して中へ入ると、黒短髪の女店主がこちらを見上げた。


 木のカウンターの向こうで、女店主は言った。

「クナシ村?」

「ええ。道を間違えてしまって」

「あそこはもう、誰もいない……廃村だよ」

「……」

「私も、前に住んでいたんだ。姉と、両親と一緒にさ」

 一拍。

「……あたしが言うのもなんだけど、奇妙な村でね。婚儀を結ぶと、手を繋いでご神木に祈る風習があったんだ」

 彼女は視線を下げた。

「平和な村だったんだ。でも、大きな山火事が起きてね……忘れもしない、十七年前の話さ」

 声を落としながら、女店主は言う。

「何が原因かも分からない、村を呑み込むほどの大きな火事だった」

 ──無言。

 女店主は、下唇を噛んでいた。

「……収まる頃には、手を繋ぐように……みんな、焼け死んじまってて……」

「嫌なことを聞いてしまって、すいません」

「いいんだよ。私だけ生き残ってさ……今でも、罪悪感があるんだ。姉さんなんて、もうすぐ婚儀の相手が決まるって時に……」

 彼女は涙ぐんだ。

 目元をぬぐうその腕には、ちらりと刺青が見えた。

「これは、忘れちゃあ、いけないことなんだよ」

 ふと、胸元についた名札を見ると──

 そこには、サヨ・ハノイと書かれていた。

 俺は……何も、言うことが出来なかった。

「最近は、どこもブレイクが起きちまって、このへんも昔より物騒になった。あんたらも気ぃつけなよ」

「……あの、ブレイクって?」

「ミアズマ・ブレイク──魔素の乱れのことだよ。知らんのかい?」

 通貨だけでなく、使われる言葉も変わっているようだ。

「さて、一泊三千ゴールドだよ。泊まるかい?」

「はい、お願いします」

 俺がそう言うと、ザンマが横から金貨を差し出した。

「ここは、私が出そう」

「いいんですか」

「あまり手持ちがないんだろう。それと、これは報酬だ」

 金貨五枚を、俺の手へと握らせてきた。

「……助かります。ありがとうございます」

 ザンマは、柔らかに笑った。

 

 ──翌日、宿屋の店先。

「本当に良いんですか」

「契約はここまでだ。あとは平坦な一本道、一人で問題ない」

「行先が同じなら、一緒に行っても……」

「私に合わせていたら、遅くなるだろう。そう心配なさるな」

 フィオナが口を尖らせる。

「もっと一緒に居たかったなぁ」

「……私もだ。だが、いずれまた会える──そんな気がするよ」

 そう言うと、ザンマは片手をあげた。

「ではな! 楽しい旅だった。また会おう」

「ええ、また。お気をつけて」

 俺たちは、ザンマの先を歩き始めた。

 りんっ──

 鈴が、後ろで鳴った。

「ザンマ、またねー! じゃあねー!」

 十歩ほど歩いて、フィオナが振り向き、手をふった。

 俺も後ろを見ると、手を振ろうとしたらしいザンマが、こてんっと転倒した。

 何も、ないところで。

「あの人、ほんとに大丈夫かな?」

「……心配だな」

 ザンマはのそりと起き上がり、ぱんぱんと着物の裾を払うと、手を振った。

「緋色殿、フィオナ殿! 達者でなー!!」

 白い歯を見せ笑うその姿は、清々しいほど明るかった。

 

 *

 

 ザンマと別れた後、俺たちは平坦な山道を下っていた。

 女店主の話によれば、小一時間も歩けば山の麓──関門に着くらしい。

 森を抜けるにつれ、傾斜は緩やかになり、足元は岩場へと変わっていった。

 やがて、景色がひらけた──

 谷あいに切り立つ岩壁。その狭間を塞ぐように、見上げるほどの石門がそびえていた。

 幾重にも積まれた灰色の石壁、その両脇には高い見張り塔が立ち、旗が風に揺れている。

 あれが──エンバータウンに繋がる関門。

 大きな関門前には、まばらに人だかりができていた。

 馬車の荷を確かめる商人や、荷を背負った旅人が行き交っている。

 焚かれた松明の煙から、いぶされた臭いが立ち上っていた。

 関門の中へ、近づいたその時。

「なにぃ! どういうことだ!」

 少女の荒れた怒声がした。

 中へ入っていくと──

「通行証は、二万五千ゴールドだ。びた一文負けられんぞ」

 古めかしい全身鎧を纏った男が、威圧するように言い放っていた。

 関門の衛兵だろう。

 彼の視線の先に立っていたのは、二人。

 ひとりは──軽装の黒鎧を身に纏い、双剣を背負った娘。

 短い茶髪の上には、茶色い耳がぴんと立ち、腰の後ろでは尻尾が落ち着きなく揺れている。

 ──猫、だ。

 獣人という奴だろうか。

 琥珀色の金眼は鋭く、今にも噛みつきそうな勢いで、衛兵を睨みつけていた。

 もうひとりは──

 淡い桃色の巻き毛に、短いピンク色の垂れ耳を揺らす女。

 俺よりも一回り背が高く、特大の大斧を背負っている。

 白地に黒の斑が入った布装束には深いスリットが走り、腕や脚、肩といった要所にだけ、銀鎧が装着されていた。

 尻の後ろでは、先端を束ねた毛の房のような桜色の尻尾が揺れている。

 そして──胸が、殺人的に大きかった。

 ──牛、だ。

 その表情は穏やかで、どこか余裕すらある。

 牛娘は淡い桃色の瞳を猫娘へと向けると、のんびりと口を開いた。

 挿絵(By みてみん)

「どうするぅ~?」

「クラリッサ、おまえ! 通行証は二万って言ってたじゃないか! 嘘つきやがったな!」

「私のときはそうだったもん~。オジサンが、可愛いから値引きしてあげるってぇ~」

「値・引・き・されてない値段を言えよ……! このメス牛!」

 胸の大きな膨らみを、下から持ち上げるように、猫娘は容赦なく叩きだした。

「あぁっ、やめてよぉっ。そんなぁっ」

 ばいんばいんと、擬音が聞こえてきそうだ。

「牛おっぱいがっ! 私にもよこせっ。このっ! このっ!」

「やーめーてーよー!」

 悩ましい光景を眺めていると、俺の後ろから、フィオナがひょいと覗き込んだ。

「なになに、喧嘩?」

「みたいだな」

 猫娘が、しゅんと耳を垂らした。

「どうするんだよ。このへんじゃ、お金もおろせないし……」

「どうしようねぇ~」

「どうしようねぇ~ってッ! お前がすぐ街につくって言うから、二万と少ししか持ってきてないんだぞ!」

「ポーニャン可愛いし、オジサンにおねだりするのはどう~?」

「出来るかバカ! 戦士の誇りは無いのか! お前って奴は!!」

「モォ~、ワガママだなぁ~」

「あの……お困りですか?」

 俺は見かねて、彼女たちに声をかけた。

「なんだお前、私は困ってなど──むぐっ」

「そうなんですぅ~。すごく困っててぇ~」

 牛娘は前のめりになると、上目遣いに俺を見た。

 ピンクの瞳が、うるっと揺れる。

 猫娘は彼女に口を塞がれ、もごもごと暴れていた。

「五千ゴールドだけ……貸していただけませんかぁ。街についたら、必ずお返しするのでぇ」

 顔を近づけてきた彼女に、思わず視線が泳いだ。

 彼女は腕で、豊満な胸をぎゅっとよせている。

「なんなら……私が、もっとサービスを……」

「サービスって?」

 フィオナがじっと、無垢な碧眼で見ていた。

「い、いや。俺は、先を急いでいますので」

 それから──

 門番に全員分の支払いを済ませ、関門をくぐった。

「本当に、ありがとうございましたぁ~」

 ぺこりと、牛娘は頭を下げる。

「ほら、ポーニャンも」

「…………助かった」

 ぶっきらぼうに、猫娘はぼそっと言った。

「人間なのに、どうしてオレを助けた」

「え。困ってそうだったので……だめ、でした?」

「だめ、じゃないが……人間は、たいてい獣人を嫌うだろうが」

「そうなんですか。可愛いと思いますけどね、お二人の耳とか、尻尾とか」

「なッ……!」

「まぁ~!」

 二人の獣人は、顔を赤らめた。

 フィオナが慌てて言う。

「ちょっと緋色っ。獣人の耳や尻尾を褒めるのは、求愛行為だよ」

「……まじかよ……あの、そういうつもりじゃ、でも本当にそう思って」

「ふふっ。これ、良かったらぁ。私の連絡先ですぅ」

 牛娘はおっとりと笑いながら、小さな紙切れを差し出してきた。

 そこには手書きの文字──D級冒険者、大斧使いクラリッサ・モーモ。

 名刺だった。デフォルメされた牛の絵が、隅で笑っている。可愛い。

 下の方には、数字の羅列。

「あの、この冒険者ナンバーとは……」

「あれぇ、冒険者じゃないんですかぁ。お兄さん、強そうなのにぃ~!」

「旅に出たばかりで、分からないことが多くって」

「大都市の主要ギルドに行くと、これを発行してもらえるのですよぉ~」

 クラリッサは、胸の谷間に指を突っ込み──

 銅製の長方形のタグを取り出した。

 ドッグタグのような銅板のその中央には、Dと書かれている。

「これがあれば、ギルドのお仕事を受注したり、お互いに連絡を取ったり、色々できるんですぅ」

 微量な魔力がタグに流されると、その真上に、小さな光の板が浮かび上がった。

 液晶画面じゃないか──まるで、携帯だ。

「そんな便利なものがあるんですね……」

「私たちも、ギルドに行く予定だよ! 路銀、稼がないとね」

 フィオナが腕を上げ、ばしっと叩いた。

「人間。あんたの名は?」

 猫娘が話しかけてきた。

「俺は、山田です」

「……この尻尾に誓う。ポーニャ・レレは、必ず山田に借りを返す」

 茶色い尻尾をにょきっと、俺に差し出した。

 握れ、ということだろうか。

「……」

 もふもふ、だ。

「これは、凄い……」

 毛並みを確かめるように、撫でまわす。

 わしゃわしゃ。

「ちょ、あの……触りすぎ……だ……くすぐったい」

 ポーニャは茶短髪の先をいじりながら、頬を赤く染めていた。

「あっ、すいません」

 さらに触りたい衝動を無理やり抑え、俺は手を引っ込める。

 ふわふわすぎて、癖になりそうだった。

 獣人、恐るべし。

 

 ──関門を抜けたあと、俺たちは丘へと続く平原を歩いていた。

 少し後ろを歩く俺の前で、三人の少女が談笑している。

「なんでエルフが、人間と旅してるんだよ」

「もしかして、恋人ですかぁっ!?」

 ポーニャの質問に、クラリッサが両手で頬を挟んだ。

 ピンクの牛耳がぴくりと動いている。

「恋人……ではないかなぁ。でも、指輪はもらったよ、ほら!」

 フィオナは左手を上げた。

 薬指で、六弁の白花がきらりと光る。

「……妻じゃないか……ッ!」

「きゃーっ!!」

 エルフと獣人の少女たちは、ガールズトークに花を咲かせていた。

 めちゃくちゃ、会話に入りにくいんですけど。

 三人の話をぼんやり聞きながら、歩を進めていく。

 丘を登りきる直前、風向きが変わった。

 甘い花の香りがする。

 丘の頂きへ、踏み出した。

 目に入ったのは──

 

 桃色の葉を広げた、天を貫く大樹。

 それは、花の冠のように空を覆っていた。

 その下には──

 円環を幾重にも重ね、中心の大樹を抱くように広がる、超巨大な都市圏。

 外壁は遠く霞み、どこまでが街なのか、ひと目では分からない。

 遠くで、鐘の音が小さく鳴っていた。

 挿絵(By みてみん)

 ──緩やかに下がるように街へと続く道は、すでに人の流れができていた。

 荷馬車、旅人、行商人、武器を携えた者たち。

 誰もが、同じ方向へ──

 エンバータウンへと向かっていた。

「わー! でっか!!」

 フィオナは両手を上げ、一つ跳ねた。

 水色の長髪がふわりと揺れる。

 くるりと回ると、フィオナは笑った。

「楽しみだねっ、緋色!」

 新たな冒険が、始まる予感がしていた──。

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