表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第二章「残り火の街」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/35

第三十一話「ザンマ」

「彼女の依頼を、受けちゃくれませんか?」

 木のカウンター越しに、宿屋の親父はそう言った。

 

 りんっ──

 鈴の音が、響いた。


「どうにも、身体が不自由らしくて。

 一人じゃ、山を越えるのが難儀らしいんですよ」

 視線をやると──

 黒髪を後ろにまとめ、赤いかんざしを挿した女。

 黒を基調とした和風の着物には、紅の花が散っていた。

 襟元は崩れ、左肩だけが大きく露わになっている。

 カン、カン。

 足取りに合わせ、木下駄が鳴る。

 腰の帯は深い赤。その下で──

 裾は深く割れ、白い脚が覗いていた。

 一見、だらしない着崩し。

 だが、不思議と無防備には見えない。

 右手には、黒い鞘に納められた、長尺の刀を持っていた。

 その先端で、床を確かめながら歩いている。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 伏せられた瞳は、前を見ていなかった。

 

 その盲目の女は、

 確かに、

 “サムライ”だった──。

 挿絵(By みてみん)

 *

 

 ──前日。

 

 俺たちは冒険の丘を無事に越え、行商人の馬車に揺られていた。

 

「次は、どこを目指すんだ?」

 フィオナは地図を広げ、指で西側をなぞる。

「第二封印は、獣人の国──ルプスガンね」

 小さく唸ると、唇に指を当てた。

「だけど……ロレリア聖王国と、戦争中らしいんだよね。行けるかなぁ……」

「物騒な話だな」

「今は、様子見した方がいいかも。装備も整えたいし、まずは道中──」

 地図の中央を指で示す。

「エンバータウンに行きましょう!

 お祖母ちゃんもここに居るはずだから、知恵を貸してくれると思う」

「大陸中央か……あと、どれぐらいなんだ?」

「うーん」

 そのとき──

 手綱を握る中年の男が、荷台の暖簾から顔を出した。

 整った黒の短髪に、先端が跳ねた髭。

 鋭いが凛々しい目つきは、商人のそれだ。

「兄ちゃんたち。もう町に着くぜ!」

「ありがとうございます」

 馬車は原始的な乗り物と思っていたが、想像以上に楽だった。

「ああ、そうだ。中央に行くなら、町の南──キリガミ山を抜けるのが一番早いぞ」

 話を聞いていたのか、彼は助言をくれた。

 フィオナが明るく言う。

「ありがとう、おじさん!」

「良いってことよ。世の中、助け合いだ」

 彼はニカッと笑った。


 ──町についた。

 暮れた日差しに照らされた看板を見ると、

 “山麓町・グレンフォード”と書かれている。

「本当に、ありがとうございました」

 俺は、小袋から金貨を一枚取り出した。

 女神の顔が描かれたそれは、日本でいうと一万円──高額な貨幣だ。

 男へ差し出す。

「あの、これ少ないんですけど」

「これ……まさか、星貨(せいか)か!?」

「はい。そうですけど」

「おいおい。六十年以上前の通貨だぞ」

「もしかして……この辺じゃ、使えないんですか?」

「この辺どころか、どこいったって無理だ」

 そうか。

 エルフの里は、長らく外と交流していないと聞いていた。

 外界では、通貨が変わってしまったのだ。

「まぁ、良い」

 そう言って、男は星貨を受け取った。

「ほら! これやるよ」

 小袋がこちらへ飛んだ。

 慌てて受け取ると、じゃらりと硬質な音が鳴る。

 袋口を開くと──

 見慣れないコインが、山のように詰まっていた。

「いいんですか?」

「旅のよしみだ。どっかで換金するさ」

 男は親指で金貨を弾くと、軽やかに掴んだ。

 気楽そうに笑っていた。

「そうだ、名乗ってなかったな。おれはマルク!」

「山田です」

「嬢ちゃんは──」

「嬢ちゃんでいーよ!」

 フィオナは軽く返した。

 そういえば──エルフは、名を安易に明かさない種族だった。

「ははっ! そうか!」

 男は屈託なく笑い、気にも留めていない様子だ。

「旅をしてりゃ、どこかで会うこともあるだろう」

 ふと、笑みが消える。

「勧めておいて何だが……キリガミ山は、夜が危ねぇ。日が出てるうちに行けよ」

「何から何まで、ありがとうございます」

「おう。それじゃっ、達者でな~」

 ひらひらと手を振って、マルクは消えていった。

 本当に、良い人だった。

 

 ぐぅ。

 

 横で、フィオナの腹が盛大に鳴った。

「お腹すいたー!!!!」

「どこかで、夕飯にしよう──」


 夕暮れの通りを、人がまばらに行き交っている。

 石壁の建物はどれもくすんでいるが、

 窓の奥には明かりが揺れ、戸口のランプが優しく街路を照らしていた。

 ふと、焼けた肉の匂いが鼻をくすぐる。

 道の角にある食堂からだ。

 看板には、“ギュウギュウ亭”と書かれている。

 俺たちは、香りに誘われるように中へと入った。

 壁に掛けられた木札のメニューを見る。

 ギュウ牛肉ディナーセット、八百ゴールド。

「安ッ……!」

 他に、選択肢はないようだ。

 ──しばらくして、料理が運ばれてきた。

 鉄皿に盛られた焼き肉は、素朴な味付けだが、

 肉質は柔らかく、噛むたびに肉汁が滲む。

 固めの黒パンも、空腹にはご馳走だ。

 湯気の立つ薄いスープは、口の中をすっと整えてくれる。

「うんまぁ~! ウマウマ。美味ッ!」

「静かに食べようね……」

 だが、声に出したくなるほどには、本当に美味い。

 子供のようにバクバク食べるフィオナを、

 白服の店主──腰の曲がったお爺さんが、ウンウンと頷きながら眺めている。

 ……なんか、恥ずかしい。

 

「ギュウ牛二つで、千六百ゴールドね」

 カウンターの奥で、しわがれた声がした。

「ちなみに、銀庫カードって使えますか」

「銀……こっ?」

 お爺さんは首を傾げた。

 使えなそうだ。

 決済端末──銀庫灯も見当たらない。

 行商人マルクから渡された袋を開いた。

 金貨が一枚、銀貨が数枚、銅貨がじゃらり。

 大きさも色も違う貨幣が、無造作に混ざっている。

 ……金銭感覚が、さっぱりだ。

「これでお願いします」

 試しに金貨を渡すと、

 銀貨八枚と銅貨が四枚、返ってきた。

 ──金貨は、一万か。

 銀貨が千で、銅貨が百。

 さらに小さな硬貨が、五十、十、一円といったところだろう。

「ありがとうね~」

 お爺さんの声を背に、店を出た。

「ふぁ……」

 フィオナが、小さくあくびを漏らす。

 ほわぁとした半開きの口で、目を細め、

 体はふらふらと揺れている。

 街中で野宿をするのは変な話だ。

 今日は久しぶりに、宿に泊まるとしよう──。

 

 村人に宿屋の場所を尋ね、ひときわ大きな建物へ、俺たちは行き着いた。

 一階は、大きな広間になっていた。

 長卓がいくつも並び、壁には掲示板と、古びた剣が何本か飾られている。

 小さな村にしては、随分と気合の入った内装だ。

 フィオナはカウンターに駆け寄ると、

「部屋をひとつ。大きめのベッドで!」

 店主にそう言った。

「えっ。一緒に寝るの?」

「えっ。前も一緒に寝たじゃん」

「いや、それとこれとは話が──」

「緋色は、私と寝るのが嫌なの?」

 眠さが限界なのか、不機嫌そうだ。

「いや、というか……」

「旦那。壁は薄いんで、激しくしすぎないでくださいよ」

 店主の親父は、へへ、といやらしい顔を浮かべている。

「ちょっと黙っててください」

 

 ──。

 

 宿屋の二階。

 茶色い扉の鍵を、がちゃりと回す。

 結局、同じ部屋にした。

 二人で一部屋、銀貨三枚。

 宿屋にも、銀庫灯は見当たらなかった。

 銀庫カードは、この街では使えなそうだ。

 無駄遣いは避けた方がいい。

 そう、俺はあくまで合理的な判断をしたのだ。

「ひゃっほー!」

 部屋に入った途端、フィオナは服を脱ぎ散らかし──

 ベッドへ飛び入っていった。

「おやすみっ」

「おい、着替えは──」

 声をかけた時には、すでに寝息を立てていた。

「寝るの早すぎだろ」

 俺は服を脱ぎ、シャツをまったりと着替え、ランプを消灯した。

 狭いベッドの端に潜り込み、彼女に布団をかけ直す。

 柔らかいベッドは、久しぶりだ。

 ゆっくりと目を閉じると、

 意識はすぐに暗く、落ちていった──。

 

 *

 

 ゴーン──

 

 鐘の音……。

 窓の外を見ると、朝陽が差し込んでいた。

 

 服を着替え、部屋の外に出た。

 宿の一階がやけに騒がしい。

 大きなあくびをするフィオナと共に、階下に降りていく。

 広間につくと、人で賑わっていた。

 昨晩と打って変わり、掲示板には多くの紙が張り出されている。

 紙を見ると、店の手伝いから荷物の運搬、猫探しまで──

 さまざまな仕事が募集されていた。

 店主に話を聞くと──

 どうやらこの宿は、冒険者の組合も兼ねているようだった。

「山越えするなら、通行証が必要ですぜ。関門がありますから」

「おいくらですか?」

「二人分なら、五万ゴールドですね」

「ご、まんっ……」

 行商人マルクから貰った路銀は、残り八千ゴールド程度だった。

「これって、使えないですよね」

 ダメ元で、銀のカードを見せる。

 エルフ里の銀行に繋がれば、払えるんだが……。

「それは──銀庫カード? むりむり。この辺境の村で、そんなハイテクなもん使えませんよ」

 店主は肩をすくめた。

「参ったな……」

「あぁ、そうだ!」

 ぽんっと店主は手を叩く。

「山を越えるなら──彼女の依頼を、受けちゃくれませんか?」


 りんっ──

 鈴の音が、響いた。

 

「どうにも、目が見えないらしくて。一人じゃ、山を越えるのが難儀らしいんです」

 手で示された先へ、視線を向けた。

 そこには──

 黒髪を赤いかんざしで後ろにまとめた女。

 紅花が散る黒の着物は、左肩だけが無遠慮に晒されている。

 深い赤の帯下、裾は大きく割れ、動くたびに白い脚が覗いた。

 さらに奇妙なのは、黒い鞘に収めた刀。

 細い腕に不釣り合いな長尺の刀を、白杖代わりに床へ向けている。

 人目を気にしている様子はない。

 伏せられた瞳は、どこも見ていない。

 武士というには頼りない、盲目の女がそこにいた。

「彼女が提示する報酬は、ちょうど五万。どうですか?」

 フィオナを横目で見た。

「やりましょ! 他に方法は無さそうだし」

 水色の髪を後ろにかき上げ、二ッと笑った。

「おーい! 着物の姉ちゃん! 引き受けてくれる人、見つかったぞー!」

 店主が声をあげると、

 その盲目の女は、ふわりと微笑んだ。

 

 ──大和撫子。

 

 そんな言葉を、俺は思い出していた。

「うわっ──!」

 その大和撫子は、盛大に転んだ。

 何もないはずの床で。

 一抹の不安がよぎりながらも、俺は手を差し伸べる。

「すまない……助かるよ」

 細い彼女の手をとると、指先まで硬かった。

 無数の刀ダコ──

 いつから刀を握っているのだろう。

 少なくとも、ただの旅人ではなさそうだ。

「お名前を、聞いてもいいですか?」

「私の名は……」

 彼女は、少し迷ったように──

「ザンマ。ただの、ザンマだ」

「……よろしく。ザンマさん」

「わぁ~! これ、カタナってやつでしょ!?」

 好奇心の怪物が、さっそく新たな仲間に絡んでいる。

「見せて見せて! 人とか半分に出来る!?」

「人は、斬れないんだ……ナマクラさ」

 澄んだ声で、ザンマは静かに言った。

 エルフと盲目の侍。

 妙なパーティを組むことになった。

 旅路は、さらに賑やかになりそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ