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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第一章「永遠の森」

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第二十九話「第七神剣」

 体が重い。

 頭に手を当てる。

 鉄臭を含んだ血が、指に絡んでいた。

 前がよく見えない。

 世界が揺れ、ぼやけている。

挿絵(By みてみん)

 黒災の岩魔人が、迫っていた──。

 

 子供の頃は、少年漫画が好きだった。

 

 ──迫る。

 

 主人公はいつだって凄いやつで、諦めなかった。

 

 ──迫る。

 

 大人になったら、誰かを守れるようになりたかった。

 

 ──迫っている。

 

 どうやら、漫画の主人公には、なれそうにない。


 ──なんで、ここにいるんだっけ。

 

『風牙隊の教え、その一! 何があっても諦めない!』

 グレースの、高らかな声が聞こえる。

 

『お前を弱いと思ったことは、一度だってない』

 ライルの迷いない声。

 

『本当に大切なのは、自分を信じることだ』

 ヴァネッサの諭す声。

 

『ずっと待ってる。約束だよ!』

 リーリーの弾む声。


 声が、聞こえる。

 

『『『緋色!』』』


「──、……」

 腰下に落ちた短剣に、触れた。

 拾う。

 最後に残った、頼りない短剣を。

「死ぬこと以外は、かすり傷……」

 ぼやいた。

 血唾を吐き捨て、短剣を地面に突き刺す。

 縋るように、それを杖がわりにして立ち上がった。

「まだ、いけるよな。俺……」

 刃が通ると思えない。

 それでも。

 岩魔人に、短剣を──

 いまだ折れない意思を、向けた。

「来い、よ……」

 足元がふらついたまま、短剣を振り下ろす。

 岩魔人は、避けようとすらしない。

 反応すらないまま、黒腕が振り上がる──

 考えるより早く、俺は短剣を掲げていた。


 ──撃ッ!


 轟破の壊拳。

 防御ごと身体は叩き飛ばされた。

 視界が回る。

 短剣を持つ指が解け、すぐそばで乾いた音がした。

「ガッ……ァ……」

 錆び色の赤を吐き、石床を這う。

 喉が焼けるように熱い。

 体を引きずり──短剣をまた拾う。

 手が震えた。

 腕が、言うことをきかない。

 かすむ視界に、水色が引っかかった。

 ──フィオナ。

 崩れた岩の中に埋もれ、微動だにしない。

 気絶しているのか──

 諦めれば……

 二人まとめて終わる。

「……まだだ……まだ……」

 

 ──エルフ里の宝物殿。

 長老の低い声が、脳裏に響く。

 

『創生の神が作りし、十剣のうちの一振り。

 かつて英雄たちは、これを抜いて旅に出た。

 いや……剣が、英雄を選んだ』

 

 力が……欲しい……。

 

『祈れ。

 想え。

 さすれば剣は、応えるだろう』


 暴威を消し去る力。

 理不尽を打ち砕く力。

 彼女を守れるだけの力。

 ありったけの力。

 無限の力を──

 渇望した。

 

「どうか……力を、貸してくれ……ッ」

 短剣に反応はない。

 何度も振ってきたが、神の剣は、ただの鉄の塊だった。

 尽きかけた魔力は制御できず、意思とは無関係に、剣へと流れ込んでいく。

 極限の中で──

 短剣が微弱に震えた。

 そうか。

 使い方が、違うんだ。

 魔力を纏わせるのではなく、

 ()()()()んだ。


『窮地あらば使え。

 調停の女神アストレアより賜りし、裁きの剣。

 その名は、第七神剣──』


 神剣が、胎動した。


「いくぞ──≪第七神剣・停天光輝(アストレイン)≫──ッ!!」

 

 凄まじい光が、景色を塗り潰す。

 短剣が沈黙を裂き、封解するように崩れていく。

 刃は粒子に還り、白砂となって宙に舞う。

 白光の再結合。

 結晶化し、実体を得ていく。

 形を成す。

 真の形が、定義されていく。

 虚空が歪む。

 

 ──神剣が、顕現した。

 

 身長ほどある“大長剣”。

 それは剣というより、凝縮された光の結晶。

 星霜を閉じ込めた澄んだ白刀。

 刻まれた幾重もの魔紋が、生物のように脈動している。

 剣身が放つ白冷気が、周囲の焦熱を呑み込んでいた。

 蒼光の神剣を、握った。

 質量が無い。

 恐ろしく、軽い──。


 岩魔人が、異変を悟った。

 ダンッ!

 地を砕き、間合いを喰うように迫る。

 振り下ろされた黒岩の魔拳。

 俺は、神剣を構えた。

 黒拳が剣先に触れる。

 白き蒼光は、黒の暴闇を否定する。

 岩魔人の拳が、溶解していく。


 一閃。


 ただの一振り。

 それだけで。

 岩魔人の右腕は消滅した。

 

「ぐっ……!」

 ()()()()()──ッ!

 体内のマナが、根こそぎ吸い取られていく。

 意識ごと持っていかれそうだ。

 長くは持たない。

 決着をつけねば──ッ!

「はぁぁああああ!」

 閃ッ!

 左黒腕を切り裂く。

 断面が溶け、即座に再生が始まった。

 踏み込んだ。

 左肩から斜めに、蒼光を走らせる。

 形成されかけた腕が、途中で崩れ落ちた。

 さらに間合いを詰める。

 神剣を逆手に返し、振り下ろし、薙ぎ払う。

 無数の斬線。

 不壊の岩鎧を、削り斬っていく。

 ──早く!

 早く──ッ!

 もっと速く──ッ!

 再生殺しの斬撃嵐。

 逆斬りに二本の腕が、同時に形を失った。

 岩の胸部が抉れ、紅核が露出する。

 岩魔人は弾丸のように後退した。

「逃がすかッ!!」

 決死の跳躍に、脚が悲鳴を上げる。

 剣先を紅核へと、突き出す──ッ!

 紅核が、ひび走った。

 だが。

 マナは枯渇寸前。加速が、失われていく。

 明滅する意識。

 薄れる平衡感覚。

 神剣の覇気が、消えていく──

 だめだ。

 足りない……ッ!

 

 ダッ、ダッ、ダッ!


 本当に、

 英雄ってやつは──ッ。

 いいところで来やがる──!

 

「緋色ー!!!!」

 慣れた声が、死地を切り裂いた。

 フィオナが、後ろから俺の手を掴む。

 その瞬間。

 強烈な魔力が、逆流するように解き放たれた。

 蒼白の閃光に、神剣が響き鳴く。

「いっけぇー!!!!!!」

 フィオナが叫ぶ。

 黒岩魔人の紅核を、神剣が貫いていく。

 紅核はひび割れ走り、やがて──

 

 砕け散った。

 

 ──それでも。

 核を失ってなお、岩魔人は動きを止めない。

 こちらに手を伸ばす──

 その刹那。

 黒岩の体は、砂のように崩れだした。

 漆黒の脅威は、完全に消え失せていった。

 それを見届け──

 俺は、静かに床へ倒れ込んだ。

「緋色っ!」

 息が、苦しい。

 マナはほぼ底を尽き、貧血気味だ。

「来るの……遅くない……?」

「岩石にはまって、上手く動けなかったんだもん」

「まったく。死ぬとこ、だったぞ……」

 絞り出すように言った。

「結果よければ全て良し。でしょ!」

 彼女はいつものように、明るく笑った。


 ゴォォォ……。

 

 鉄門が唸りを上げ、重く開いていく。

 俺は、フィオナに肩を預け──

 身を委ねるように、外の世界へ進んだ。

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