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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第一章「永遠の森」

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第二十八話「岩魔人」

 俺たちは、砕岩が散乱する大広間にいた。

 タイル状に組まれた石畳の継ぎ目から、溶岩のような赤熱が滲んでいる。

「……熱いな」

 微かな火の粉が静かに舞い、足元から立ちのぼる熱に、空気が揺らいでいた。

 あちこちで、小さな炎柱がぼこぼこと噴き上がっている。

 見上げるほど高い天井は闇に溶け、端に並び立つ石柱が奥へ、さらに奥へと続いていた。

 一直線の通路を、黙々と進んでいく。


 ──光だ。


 大きく内開きした鉄門の向こうから、外の光だけが強く差していた。

 炎に揺れる暗がりの中で、そこだけが不自然なほど明るい。

 門の手前、小さな階段に近づいていくと──

 外の向こうに、大きな石碑が悠然と立っているのが見えた。

「あの石碑──聖壇だと思う!」

「やっとゴールかぁ……」

 熱と埃の中で、喜びと疲労混じりの息を吐く。

 胸の奥に張りついた緊張が、わずかにほどけた。

 そのまま、階段へと足を踏み入れ──

 ゴォンッ!

 潰れる重音に、鉄門が叩き閉まった。

 行く手を拒絶する意思のように、堅牢な鉄塊が視界を塞いだ。

「──ッ!」

 瞬時に振り返る。

 

 漆黒が、立っていた。

 

 黒岩の鎧を纏う、無機質な鉄人。

 無貌の顔に、二メートルほどの体躯。

 得体の知れない“何か”。

 音もなく、気配もなく。

 それは、フィオナの背後に佇んでいた。

「えっ」

 裏拳。

 黒腕の一閃。

 ダンッ──!!!!

 肉弾の破裂音。

 フィオナの身体が、彼方へと吹き飛んでいった。

「フィオナ!」

 ()()は、動かない俺へと──首を向けた。

身体強化(ブースト)ッ!」

 直感で叫び飛ぶ。

 横に──ッ!

 

 ガァン!!!!


 身を転がす直後、視線の先で瓦礫が弾け飛んだ。

 存在を理解する前に、距離が消えていた。

 少しでも遅れていたら挽肉だ。

 こいつは一体──()()

 熱を孕んだ煙の中、それは静かに姿を見せた。

 細身の体は、岩石のような黒い外皮に覆われ、一切の隙がない。

 鼓動も、気配も、魔力すら感じない。

 心臓を鷲掴むような重圧に、指先が震えた。

 書館で読んだ戦争史の一節を思い出す──

 

 岩魔人(ゴーレム)

 

 魔法によって造られた、人にあらざる破壊装置。

 命と意思を持たず、ただ殺戮と蹂躙を遂げる最悪の戦術兵器。

 こいつは、塔の膨大な魔素によって生まれた、“天災”だ。

「ラスボスってわけか……」

 ちらりと、フィオナが吹き飛ばされた方を見た。

 衝突の瓦礫と硝煙で、何も見えない。

 落ち着け──

 彼女は強い。

 これしきで死ぬものか。

 大丈夫、大丈夫だ。

 俺は短剣を抜き、背嚢を壁際へ放り投げた。

 直立不動だった岩魔人は、わずかに前傾し──

 弾け跳んだッ!

思考加速(アクセル)ッ!」

 人体にはおよそ不可能な爆発加速。

 弾丸のような滅殺の黒腕が、すでに眼前に迫っていた。

 腰をねじり、身をかがめ回避。

 力の限り、両手で剣柄を握った。

 短剣にマナを纏わせ、がら空きの腹へ。

 押し斬り薙ぐッ!

「オッラァァアアッ──!」

 不快な金属音が耳をつんざく。

 腕にさらに力を込め、振り抜いた。

 岩魔人は腹をくの字にさせ、大きく後ずさる。

「知ってたよ。硬いんだろッ!」

 すかさず懐の黒銃に指をかける。

 銀弾を、最後の六発すべてを叩き込んだ。

 

 装填、回転、異常なし──!

 

「喰らいやがれッ!」

 魔獣を屠るためだけに在る武器、黒銃(ジューダス)が唸りを上げる。

 断魔の一撃を、放った。


 ダァァアアアアアアアン!!

 

 岩魔人は腕を交差し、防御態勢をとった。

 閃撃が、黒岩の装甲を深く抉っていく。

 出し惜しみはしない。

 さらに三発ッ!

 

 銀の閃弾が立て続けに炸裂する。

 

 岩魔人が膝をつく。

 閃光の四撃に、右腕が爆散していた。

 だが。

 失われた腕先に、散らばった黒片が吸い寄せられていく。

 岩が組み上がり、黒腕が徐々に再生していく。

「……!」

 修復能力は予想していたが、速度が尋常じゃない。

 硬い、速い、破壊力に加え超速回復。

 考える暇はない。

「防いだってことは、無敵じゃないんだろッ!」

 足に魔力を込め、低く前に跳ぶ。

 岩魔人は床を左手で抉り返した。

 

 岩塊の投撃──ッ!

 

 飛び、避け、躱す。

 銀弾は残二発。

 眼前に、黒岩の体躯。

「ゼロ距離だ……!」

 胸の中心へ、銀弾を捻じ撃った。

 裂爆ッ!

 衝撃に、俺の身体は後方へ弾き飛ばされた。

「もう一発──!」

 宙に浮いたまま、最後の一発をぶち込む。

 

 ダァァアアアアアアアン!!!!

 

 轟反動。

 吹き飛ばされる勢いのまま、両足を地面へ叩き落とした。

 石床が悲鳴を上げ、亀裂が走る。

 数メートルほど引きずられ──止まった。

 

 ──正面では、岩魔人の膝が崩れ落ちていた。

 真っ赤な玉核が、胸元に覗いている。

「ガァァァアアアアアアアア!!!!」

 耳を裂く咆哮。

 その声に呼応するように、空間が歪んだ。

 俺の足元を中心に、光を帯びた黒陣が浮かび上がる。


 闇が、顕現する。

 

 ──ずるり。

 

 仄暗い底から、五体の異形が這い出た。

 長い耳、垂れ落ちる長髪、血に錆びた鎧と剣──

「エルフ……ッ!?」

 眼窩に光はなく、骨が浮き出た肉体は見るも無惨。

 異形たちは、紛れなくエルフの成れ果てだった。

 命を冒涜した五体の死霊が、俺を囲んだ。

「おいおい……」

 光に群がる蛾のように、死霊たちは一斉に迫る。

 打撃。斬撃。挟撃。

 意思なく躊躇なく、追撃の嵐が降り注いだ。

「くっッ!」

 斬る。断つ。薙ぐ。裂く。

 五体の死霊は倒れども尚、立ち上がって来る。

 ──その瞬間。

 嫌に澄んだ高周波、甲高い音が響いた。

 岩魔人を見る。

 無貌が、ぱくりと口を開いていた。

 内部で、魔素が急速に集束している。

 赤黒い光が、喉奥に凝縮されていく。

 直感が叫ぶ。

「あれは……不味いッ!」

 圧縮されたエネルギーが、解き放たれる。

 黒閃──ッ!

 死霊もろとも撃ち消す、裂空死葬の一閃。

 横に跳ぶ──ッ!

 爆ぜた衝撃が、俺の身体を吹き飛ばす。

 視界が反転し、背から石柱に激突した。

「ぐ……うっ……か、は……」

 爆炎の向こう。

 岩魔人が音もなく歩いてくる。

 その体は、すでに修復を終えていた。

 一歩、また一歩。

 静かに、確実に迫ってきていた。

 すでに俺を脅威とみなしてないのか、歩幅は異様なほど遅い。

「……こ、の野郎……」

 体を起こそうとすると、激痛が走った。

 あばら骨がいかれたようだ。

 銃弾は切れた。

 便りのフィオナの姿もない。

 万事休す──

 逃げるか、

 どこに──

 フィオナは、

 見捨てるしか──

 だめだ。

 彼女のために来たのに──

 彼女の、ため?

 俺は……

 ()()()()()()()()に、来たんじゃないのか?

「……ち、くしょう……」

 迫る。

 殺意もなく、ただ暴力が、理不尽が。

 ──沈黙の絶望が、俺を見下ろしていた。

挿絵(By みてみん)

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