第二十八話「岩魔人」
俺たちは、砕岩が散乱する大広間にいた。
タイル状に組まれた石畳の継ぎ目から、溶岩のような赤熱が滲んでいる。
「……熱いな」
微かな火の粉が静かに舞い、足元から立ちのぼる熱に、空気が揺らいでいた。
あちこちで、小さな炎柱がぼこぼこと噴き上がっている。
見上げるほど高い天井は闇に溶け、端に並び立つ石柱が奥へ、さらに奥へと続いていた。
一直線の通路を、黙々と進んでいく。
──光だ。
大きく内開きした鉄門の向こうから、外の光だけが強く差していた。
炎に揺れる暗がりの中で、そこだけが不自然なほど明るい。
門の手前、小さな階段に近づいていくと──
外の向こうに、大きな石碑が悠然と立っているのが見えた。
「あの石碑──聖壇だと思う!」
「やっとゴールかぁ……」
熱と埃の中で、喜びと疲労混じりの息を吐く。
胸の奥に張りついた緊張が、わずかにほどけた。
そのまま、階段へと足を踏み入れ──
ゴォンッ!
潰れる重音に、鉄門が叩き閉まった。
行く手を拒絶する意思のように、堅牢な鉄塊が視界を塞いだ。
「──ッ!」
瞬時に振り返る。
漆黒が、立っていた。
黒岩の鎧を纏う、無機質な鉄人。
無貌の顔に、二メートルほどの体躯。
得体の知れない“何か”。
音もなく、気配もなく。
それは、フィオナの背後に佇んでいた。
「えっ」
裏拳。
黒腕の一閃。
ダンッ──!!!!
肉弾の破裂音。
フィオナの身体が、彼方へと吹き飛んでいった。
「フィオナ!」
それは、動かない俺へと──首を向けた。
「身体強化ッ!」
直感で叫び飛ぶ。
横に──ッ!
ガァン!!!!
身を転がす直後、視線の先で瓦礫が弾け飛んだ。
存在を理解する前に、距離が消えていた。
少しでも遅れていたら挽肉だ。
こいつは一体──何だ。
熱を孕んだ煙の中、それは静かに姿を見せた。
細身の体は、岩石のような黒い外皮に覆われ、一切の隙がない。
鼓動も、気配も、魔力すら感じない。
心臓を鷲掴むような重圧に、指先が震えた。
書館で読んだ戦争史の一節を思い出す──
岩魔人。
魔法によって造られた、人にあらざる破壊装置。
命と意思を持たず、ただ殺戮と蹂躙を遂げる最悪の戦術兵器。
こいつは、塔の膨大な魔素によって生まれた、“天災”だ。
「ラスボスってわけか……」
ちらりと、フィオナが吹き飛ばされた方を見た。
衝突の瓦礫と硝煙で、何も見えない。
落ち着け──
彼女は強い。
これしきで死ぬものか。
大丈夫、大丈夫だ。
俺は短剣を抜き、背嚢を壁際へ放り投げた。
直立不動だった岩魔人は、わずかに前傾し──
弾け跳んだッ!
「思考加速ッ!」
人体にはおよそ不可能な爆発加速。
弾丸のような滅殺の黒腕が、すでに眼前に迫っていた。
腰をねじり、身をかがめ回避。
力の限り、両手で剣柄を握った。
短剣にマナを纏わせ、がら空きの腹へ。
押し斬り薙ぐッ!
「オッラァァアアッ──!」
不快な金属音が耳をつんざく。
腕にさらに力を込め、振り抜いた。
岩魔人は腹をくの字にさせ、大きく後ずさる。
「知ってたよ。硬いんだろッ!」
すかさず懐の黒銃に指をかける。
銀弾を、最後の六発すべてを叩き込んだ。
装填、回転、異常なし──!
「喰らいやがれッ!」
魔獣を屠るためだけに在る武器、黒銃が唸りを上げる。
断魔の一撃を、放った。
ダァァアアアアアアアン!!
岩魔人は腕を交差し、防御態勢をとった。
閃撃が、黒岩の装甲を深く抉っていく。
出し惜しみはしない。
さらに三発ッ!
銀の閃弾が立て続けに炸裂する。
岩魔人が膝をつく。
閃光の四撃に、右腕が爆散していた。
だが。
失われた腕先に、散らばった黒片が吸い寄せられていく。
岩が組み上がり、黒腕が徐々に再生していく。
「……!」
修復能力は予想していたが、速度が尋常じゃない。
硬い、速い、破壊力に加え超速回復。
考える暇はない。
「防いだってことは、無敵じゃないんだろッ!」
足に魔力を込め、低く前に跳ぶ。
岩魔人は床を左手で抉り返した。
岩塊の投撃──ッ!
飛び、避け、躱す。
銀弾は残二発。
眼前に、黒岩の体躯。
「ゼロ距離だ……!」
胸の中心へ、銀弾を捻じ撃った。
裂爆ッ!
衝撃に、俺の身体は後方へ弾き飛ばされた。
「もう一発──!」
宙に浮いたまま、最後の一発をぶち込む。
ダァァアアアアアアアン!!!!
轟反動。
吹き飛ばされる勢いのまま、両足を地面へ叩き落とした。
石床が悲鳴を上げ、亀裂が走る。
数メートルほど引きずられ──止まった。
──正面では、岩魔人の膝が崩れ落ちていた。
真っ赤な玉核が、胸元に覗いている。
「ガァァァアアアアアアアア!!!!」
耳を裂く咆哮。
その声に呼応するように、空間が歪んだ。
俺の足元を中心に、光を帯びた黒陣が浮かび上がる。
闇が、顕現する。
──ずるり。
仄暗い底から、五体の異形が這い出た。
長い耳、垂れ落ちる長髪、血に錆びた鎧と剣──
「エルフ……ッ!?」
眼窩に光はなく、骨が浮き出た肉体は見るも無惨。
異形たちは、紛れなくエルフの成れ果てだった。
命を冒涜した五体の死霊が、俺を囲んだ。
「おいおい……」
光に群がる蛾のように、死霊たちは一斉に迫る。
打撃。斬撃。挟撃。
意思なく躊躇なく、追撃の嵐が降り注いだ。
「くっッ!」
斬る。断つ。薙ぐ。裂く。
五体の死霊は倒れども尚、立ち上がって来る。
──その瞬間。
嫌に澄んだ高周波、甲高い音が響いた。
岩魔人を見る。
無貌が、ぱくりと口を開いていた。
内部で、魔素が急速に集束している。
赤黒い光が、喉奥に凝縮されていく。
直感が叫ぶ。
「あれは……不味いッ!」
圧縮されたエネルギーが、解き放たれる。
黒閃──ッ!
死霊もろとも撃ち消す、裂空死葬の一閃。
横に跳ぶ──ッ!
爆ぜた衝撃が、俺の身体を吹き飛ばす。
視界が反転し、背から石柱に激突した。
「ぐ……うっ……か、は……」
爆炎の向こう。
岩魔人が音もなく歩いてくる。
その体は、すでに修復を終えていた。
一歩、また一歩。
静かに、確実に迫ってきていた。
すでに俺を脅威とみなしてないのか、歩幅は異様なほど遅い。
「……こ、の野郎……」
体を起こそうとすると、激痛が走った。
あばら骨がいかれたようだ。
銃弾は切れた。
便りのフィオナの姿もない。
万事休す──
逃げるか、
どこに──
フィオナは、
見捨てるしか──
だめだ。
彼女のために来たのに──
彼女の、ため?
俺は……
本当は自分のために、来たんじゃないのか?
「……ち、くしょう……」
迫る。
殺意もなく、ただ暴力が、理不尽が。
──沈黙の絶望が、俺を見下ろしていた。




