第二十三話「パワーは全てを解決する」
眼前で、異形が生まれ落ちようとしていた。
裂けた顔がぐちゅぐちゅと蠢き、肉が泡立つように形を取り戻していく。
皮膚の下から骨が際限なく突き出し、血が沸騰したようにぶくぶくと溢れ──
それは自身の変異の重さに押し潰されるように、四つん這いへと沈んだ。
赤い玉石のような眼球が、脳髄からグチャリと飛び出す。
ぎょろり、と俺を捉えた。
緑悪鬼だったはずの生き物は、恐るべき醜怪へと進化した。
「ギィイイヤアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
金切り声に、大地が揺れる。
怪物は四肢をずるりと引きずり、指を地面に突き立て──
地面を砕くように轟進した。
巨体は地面へすり削れ、血は飛び散り肉は削げ落ちていく。
なりふり構わず突き進んで来る。一直線に、俺へとッ!
早く避け──
「うっ……」
力なく膝が折れ、石床に跪いた。その拍子、血反吐がこみ上げる。
「おぇっ──」
痛い。
体の奥が焼けている。
神経を針で突くような灼熱痛。
興奮で鈍っていた感覚が、全身に牙を立てる。
醜悪鬼はすぐそこに迫っていた。
轢き殺される──。
──ダッダッダ。
音がする。乾いた、靴のような。
視界の外、肌を切り裂くほどの魔気が膨れた。
それは疾走している。弾丸のようなスピードで──!
ダッダッダ──!
空に、蒼星が駆けた。
水青髪が尾を引き、流れるように軌跡を描いた。
白い足が、撃ち出された。
「そおッりゃァアアアア──ッ!!!!!」
蒼き弾足は、怪物の側頭部へ叩き込まれる。
弾ッ──!
剛烈な横蹴りが、醜悪な顔をさらに歪ませる。
刹那に思う。
この華奢な体の、どこにこれほどの力があるのか。
──深く考えるのはやめよう。
英雄とは、かくしてそういうものなのだ。
「ギッ──ィイイイイイイ!!!!」
醜悪な怪物は、弾かれたように吹き飛んだ。
救世の少女、フィオナ・レスターは軽やかに着地した。
青いスカートがひらりと揺れ──
臀部の白布がパッとチラついた。
「ふ……」
男って奴は、こんな時ですら──。
どうやらまだ、俺は大丈夫そうだった。
「やっと起きたか」
「おはよ!」
彼女はニッと笑った。
その春のような笑顔に、少し胸がほぐれる。
「私、どのぐらい寝てた?」
「たぶん……二時間ってとこだな」
「本当にごめん。ありがとう」
「いいんだ。それよりも──」
……視界の奥で、それは蠢いた。
吹き飛ばされた肉塊が痙攣している。
痙攣はやがて膨張へと変わり、赤黒い肉が盛り上がった。
さらに骨が押し破るように突き出る。
「ギィッガッアッギィィイイッ!!!」
その声は、苦痛にもがく嗚咽のようだった。
「緋色。私から離れて」
熱くなるから──。
落ち着いた声だった。
言われるがまま、体を引きずり距離を取る。
「おばあちゃんの教え、その一」
フィオナは背嚢を、背に払うように放り投げた。
「力には、力で分からせる」
薄白い魔力が、じわりと肌に立ち昇る。
空気がびり、と震えた。
「──形質変化──赤」
純白の覇気は、次第に赤く染まっていく。
「朱は紅に染まりて──」
淡い水青の髪が、瞳が、紅蓮の赤へと燃え移った。
瞬間──足下が裂け、烈火が昇り上がる。
轟ッ! 灼焔が身を包む──ッ!
重圧が満ちる。世界が熱に跪く。
英雄になるべく生まれた少女、フィオナ・レスターの異才は、深紅に燃え咲いた。
「紅は焔に堕ち、焔は天と成す──」
それは詠唱。敵を穿つため語る炎の詩歌。
祝詞を紡ぐたび、唇に深紅の魔気が揺れた。
「紛うなき焔天は墜ち──」
天へ向けた掌が、静かに重なる。
指の狭間、轟炎が噴き上がる。充熱した大気が喉を刺す。
重ねた掌を、力強く握り込んでいく。
「焔天裂く我が身に敵は無し──」
腕は軋みを上げるように、ギリギリと回転していく。
突き出した細腕は震え、握った手から紅魔が噴き零れている。
そして──封を解くように、指を開いた。
轟焔が暴れ狂っている。それは激しく渦巻き廻天している。
「断ち砕けろッ!!!!」
紅蓮の少女、フィオナは怒鳴り叫んだ。
腕を引き、一歩踏み込む。前へ。
凝縮した轟焔を、解き放った──ッ!
「≪紅牙断天焔裂砲≫!!!!!!!!」
それは殲滅の業焔。極大の炎熱線──ッ!
龍炎が大地を噛み砕き進む。
ゴォオオオオオオオンッ!!!!!!!!!!!!!!!
轟裂の光に、思わず目を伏せた。
──まぶたを上げると、熱が目を刺した。
揺らめく火の陽炎の中で、深紅の髪がそよいだ。
フィオナの前方一直線は、まるごと爆ぜ消えていた。
裂かれた大地には、炎の名残だけが息をしていた──。
「すっげぇ……」
背を預けていた石柱に、俺はしゃがみこんだ。
炎の帳の奥──石壁には、赤黒い肉塊がこびりついている。
常軌を逸した火力だ。
短剣を振り回し、まともに戦っていたのがアホらしい。
紅蓮の少女が振り向いた。腰に両手を当て、勝ち誇ったように顎を上げている。
フィオナのどや顔に、俺は力なく笑った。
最初から、彼女を叩き起こせば良かったんだ。
パワーは、全てを解決するのだ──。




