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夢の黒猫と現実のでかい猫

 ある晴れた日、宮殿の庭の背の高い木の下で、俺の膝でにゃーおと鳴いた野良黒猫が首を伸ばしてこっちを見上げた。


 庭師たちによく刈り込まれている芝生の上に腰を下ろす俺の読書タイムに、黒猫は近くの茂みから顔を覗かせたんだ。餌になるような物も持っていなかったし最初は無視していたのに黒猫は俺に擦り寄ってきてしつこかった。とうとう一人で居たいからと逃げるようにその場を離れても、たたっと追いかけてきてゴロゴロと喉を鳴らして足元に纏わり付いてくる。そのうち諦めるかと本を抱えて無視して歩き続けたが、黒猫は決して離れなかったから終にはこっちが根負けした。


 読書にちょうど良さそうな木をまた見繕ってそこに腰を下ろすと、ちょこんとすぐ傍でお座りしていた黒猫を抱き上げて膝に乗せた。猫の方もそれを期待して大人しく待っていたみたいだった。


 人馴れしているんだろう引っ掻いたり噛んだり抵抗らしい抵抗はないので、もしかしたら帝都のどこかで人に飼われているのかもしれない。この庭へはさすがに人間は無理でも子猫のような小動物なら見つけて入り込める隙間はあるだろうから。

 猫を抱いたまま木の根元の木漏れ日の下で、俺はようやく落ち着いて本を開けた。


 黒猫は大人しく、俺は視線で文字を追いながら片手ではボサボサの黒い毛並みをゆっくりと撫でてやっていた。不思議な程にただの動作の繰り返しだったが、俺も、たぶん猫も、満たされていた。嫌な感情の揺らぎもなく、ありのままで俺たちはそこにあった。

 黒猫が気持ち良さそうにしていたから、膝はなるべく動かさないようにした。


「毛並みは悪く貧相だし、お前、飼われていたのを捨てられたのか? それとも脱走して何日も迷子になっている、とか?」


 俺の変声期前のアルト声が疑問を滲ませると、黒猫はあたかも返事をするようににゃーおと鳴く。独り言のつもりだったが一応話し掛けられているのはわかっているらしい。賢いな。

 ただ疲れていたのか猫の気質なのかそのすぐ後に黒猫は丸まってしまい、やっぱり俺は直に感じるふわふわとぬくぬくを、何だか擽ったい気分で撫でながら動かずにいた。

 木漏れ日の降りる温もりと安らぎの時間。


 最後まで黒猫は爪一つ立てず俺の撫でる手を拒まなかった。


 そのルビーみたいな双眸を閉じたまままったり過ごしていた。いつしか俺も釣られたように眠りこけるくらいには平和で長閑なひとときだった。


 だが、平穏は突如として破られるのが世の常。


 俺が迂闊にも宮殿の庭なんかで無防備に眠ってしまっていたせいで、その隙に黒猫は奪われてしまったんだ。

 母親には他の妃と違って離宮や別邸は与えられなかったから、俺たち母子は皇后の宮殿で息を潜めて暮らすしかなく、決して油断してはならなかったのに。


 フーフーと凄く怒った猫の威嚇声で目を覚ました時には、俺の膝上から強引に持ち上げられていた黒猫は、その無礼な相手の手に深く噛み付き何度も何度も引っ掻いた。


 人馴れしてはいても、猫だって乱暴に扱われれば身を護ろうとする。

 後にそいつの手に傷痕が残るくらいには強く噛んだのだと、少し後になってからその事実を知った。治癒魔法を使っても余りにも攻撃者の念が強かったり傷が深いと不思議にも傷が完全に消えないことがある。余程黒猫はそいつを嫌ったんだ。動物は本能的に善人悪人を嗅ぎ分けるなんて言われもするからな。


 当然そいつ、俺を虐げるのを無上とするらしい正室の皇子――異母兄アレクサンダーは激怒した。年は俺の三つ上だからグリーンと同じだ。


 俺が叫んで止めるのも聞かず、報復とばかりに黒猫は宮殿の池に放り投げられて溺れ、その深い池では水草にでも絡まったのか遺骸すらも上がらなかった。

 猫がバシャバシャと水を叩き終には水面から見えなくなる様子を、俺はずっと見ているしかできなかった。地面に強く押さえ付けられていたから飛び込んで助けてやれなかった。

 無力だった。まだ5歳と幼く、潜在能力の闇魔法に目覚めていなかった時分だ。

 俺の、そこらの人間相手では大人だろうと殴られたところで傷一つ負わない防御力の高さは既に露呈していたからこそ、矛先は黒猫に向いたんだろう。

 端的に事実だけを述べるなら、この日、皇子アレクサンダーとその取り巻きが、どこからか庭に迷い込んだだけだった罪のない子猫を殺した。

 俺が構ってしまったばかりに、犠牲になった。

 いつもは無視して気にも留めない異母兄の嫌がらせも今回ばかりはさすがに度が過ぎていた。我を忘れて殴り掛かっていたくらいには。最初の不意打ちの一発は成功したが、異母兄の取り巻きには大人の使用人もいたから多勢に無勢と引き離されて逆に縛られて木に吊るされた。子供の腕力ではまだまだ敵わなかったからな。

 嘲笑されふざけてド突かれ無力な蓑虫状態で揺れながらも、俺は終始視線で射殺せるならそうしてやりたいと異母兄を鋭く睨んでいた。向こうは目が合うと怯んだようにしていたが、俺自身異母兄にあそこまで怒りを露わにしたのはあれっきりだ。


 騒ぎが届いたんだろう、まもなくしてグリーンが大人を連れて駆け付けてくれたが、俺は正室の子を殴った罰として反省しろとばかりに数日独房に入れられた。


 片や子猫の命を奪って弟を木に吊るし上げて無罪、片や子供の喧嘩で兄を一発殴っただけで禁固刑。

 何と不条理な世界か。


 猫の一件からまもなく皇帝の側室の一人だった母親が死んで、それからは嫌がらせがより顕著になり、俺も俺で一層他者とは関わらないようにした。

 だが俺の意に反して俺の身には多過ぎる程の不幸と不運と理不尽が襲ってきたし、その都度奥歯を強く噛み締めてギリギリまで耐えなければならなかった。常に底なしの湖に張った薄氷の上を歩むような人生だった。

 人間の欲望の果ての吐き気がする醜さと汚さに晒されて魔法能力が開化したのは、きっとこの人生一度きりの奇跡とも言えた僥倖だ。

 そこからは魔法が安定するまでどうにか隠して過ごした。自己能力を把握し自在に扱えるようになるまで然程時間を要しなかったのには、自惚れと言われようと自分の優秀さを讃えたい。


 幾重にも積み重なった黒い感情と、それを何度も何度も何度も圧し殺してきた時間。


 それらが俺――スカイラー・ヘルスを形成している骨組みと言っても最早過言ではない。

 

 大人になり、社交界では周りに人は尽きないが、その全ては利権の臭いを嗅ぎ付けた狡猾な者たちで、いつ掌を反すとも知れない連中だ。


 例外は幼馴染みのグリーン。


 彼は何故かいつも俺を特別気に掛けていた。

 彼の母親は俺の母親の侍女兼俺の乳母だったので、幼い時からしばしば一緒に過ごしたせいだろう。子供時代の母親たちを真似た主従のままごとから始まって、成長して正式な肩書きになった。いや、グリーンがそれを望み選択した結果だ。


 ……俺と唯一近しいなんて、全くどうして運のない男だとそう思う。彼の優秀さなら道は他にも沢山あったはずなのに。


 俺から離れるようにと酷い言葉で突き放したこともある。だが頑固にも居座った。……馬鹿者め。いや、大馬鹿者め。

 俺の命を狙う勢力は日々刺客を送ってくると言うのに。事前に罠を仕掛けたり俺一人で行動したりと予防線を張っていたおかげで幸運にもグリーンが危険に陥ったことは一度もなかったが、いつ何時何が起こるかはわからない。


 しつこいくらいに傍にいるこの側近グリーンを護り通せたなら、あの時の……鬱陶しいくらいに俺を追いかけてきた黒猫への償いになるだろうか、なんてふとそんな慰めみたいなことを思う日もある。

 過去に刻まれた罪悪感は未だに心の奥底で静かに燻っているのだ。


 ――嗚呼、とても胸が痛む。


 そうだったんだな、なら今度こそ護れると良い。


 あの黒猫も天の審判所へと行ったんだろうか。うーん、動物にも審判は下るのか?


 ふ、と瞼を押し上げた「俺」は何だか変な気分だった。


 夢を見ていた、何故かスカイラーの。


 どうして俺があんなリアルな夢を見たのかは知らない。

 だが単なる夢だったのか? あれはスカイラーが体験した過去の出来事、記憶なんじゃないか? 独白まで含めてスカイラーの真実なんじゃないのか?


 例えば、前世じゃ心臓は記憶するなんて一部じゃ言われていて、心臓移植された人が心臓の提供者の嗜好に似るなんて話があったが、魂でも同様な現象が起こるのかもしれない。この体の本来の持ち主はスカイラーなんだから。


 冗談抜きに追体験というのか俺の記憶じゃないのに俺の身に起きたことみたいに感じてしまっていた。


 もうスカイラーになってかれこれ百日程。三か月ちょいだ。だいぶと言うかほとんどにおいてこの体に感覚が馴染んできたからかもしれない。当初はうおーっ凄いと思っていたフットワークの軽さももう自分のものとして習得できたから、今じゃアクロバティックな動きだって遅延なくイメージ通りにお手の物。たぶん魔法抜きに山賊とだって戦えると思う。


 いつもより心地好い寝起きのぬくぬくの中、まだ多少意識が混乱していてぼんやりとしていたら、突如としてルビーの双眸が視界に飛び込んだ。


 えっ黒猫は夢だったはずで――って違う違う、こいつは猫じゃない。


 人間だ。


 向こうが目を開けたから色彩が際立って急激に俺も焦点が合ったんだ。しかもこいつは本人が言っていたように人より体温が高い。道理で温かかったはずだ。


「ぅおい、どうしてお前が人様のベッドに横になっている? しかも勝手に俺に腕枕とはどういう了見だ?」


 腕枕をされていた俺がそれを外して声を低くすれば、そいつ――ブラッキーはすんなりその腕を曲げて今度は自分の頭を支えて横になりながら、赤瞳の双眸を三日月みたいに細めてにんまりとする。


「おっはよ、スカイラー」

「………………はよっ」


 かーっ、無視できない俺のお人好しいっ。そしてこいつは心臓に毛の生えたマイペースさんめっ。


 ……ん? ここで俺はふと腰回りに絡み付く何かに気付いた。急いで布団を剥いで見れば何とそこにはグリーンが両腕を回して俺を抱き枕のようにしているじゃありませんか。


 おいおい勘弁してくれよ、どうしてこいつまで? それも憎たらしくて鼻をつまんでやりたくなるくらいに健やかな寝顔に寝息だ。

 はあ、こいつら、これで何回目だよ。もう数えるのも止めた。


 宿や親切にも泊めてくれた旅先の人様の家でさ、朝起きるとさ、しばしば両隣りには二人が寝ているんだよ。彼らの寝床は別にちゃんとあるってのに。宿だと部屋自体が別だってのに。

 幸いにも前世と変わらずスカイラーになっても俺は寝つきが良いから夜中に何がどうなって二人がこうなるのかはわからない。


 全く、と悪態をつきつきグリーンの腕の輪から抜け出して、ベッドを降りる。


 色々と言いたいが、特にブラッキーはきちんとパジャマを着ていたのは褒めてやろう。以前寝る時は暑いから脱ぐ派って得意気に言っていて、初めて俺の寝床に忍び込んだ時にそうだったから毛布に包んで蹴り出してやったっけ。

 莫大な色気を浴びせられて朝からどうかしそうだったよ。前世じゃ普通に男友達と銭湯に行ったりダンス仲間と着替えていたから平気なはずなのに、動揺したなんてなあ……。


 その時グリーンもいたが向こうは寝間着を着用していてセーフ……ってわけでもなかった。スケスケフリフリの胸元ガラ開きの見ているこっちが恥ずかしくなるセクシー寝間着だった。妙に様になっていたし、前世の芸能雑誌で特集を組んだらバカ売れしそうだよ。当然ブラッキーと一緒に叩き出した。


 だが二人は懲りない奴らで何度目かでとうとうキレて『俺と寝る時はちゃんとした服を着ろ』って注意してからは揃って従ったから良かった。たまにブラッキーは脱いでいることもあるが……。


 因みにこの宿のランクは決して低くない。だからベッドも大人三人でも狭くはならないが、無論問題はそこじゃない。勝手に来るなって話だ。


 俺はとりあえず、備え付けの鏡台前に腰かけた。


 首回りとかの見える所にブラッキーがイタズラをしていないかをチェックするためだ。最近もうっかりチェックし忘れて滞在地の被服店にシャツを買いに行った際、少し襟元を寛げただけで何故か店員たちが頬を赤らめたから訝しんでいたら、すぐ後で鏡を見て誰かさんの歯形とキスマークがちらほらとあるのに気が付いて気まずい思いをしたからな。


 起きているならともかく人が寝ていて無防備な隙によくも。マジで油断ならな……いや待て、起きているならとか何を血迷ってんだ俺はっ。

 よし、意識を切り替えてと、首回り戦線異常なし。改めて寝起きでも麗しいスカイラーが俺を見る。まだ少し眠そうだがこれが余計に可愛さ増し増しスカイラーにしている。

 イイ……。ふはははっブラッキーだのグリーンだのは足元にも及ばないな!

 どのくらい見つめていただろう。


「んふぁっはれっ!? スカイラー様どこにっ? ああそこにーっ……ってまた鏡ばかり見て!」


 起きたらしいグリーンがわたわたとベッドを出てこっちにやってくる。一瞬「またゲームばかりしてっ」と怒るお母さんかと思ったな。

 ところで、ブラッキーもそうだが、グリーンも寝起きなのに無駄に爽やかしいのは何故だっ。何故か悔しい。


「ふん、仕方ないだろこーんなにも俺は麗しいんだから」

「そこは激しく同意しますけど、まずはお顔を洗ってからにして下さいよ?」

「顔も洗うがどうせならシャワー浴びたい」


 無駄に余裕のあるスカイラー皇子の懐事情だ、折角なんだから贅沢してやろうと広い浴室もあるロイヤルスイートに相当するだろう部屋を取ってあった。椅子から立ち上がったところで、さっきからベッド端に腰掛けていたブラッキーが気付けばさりげなくもすぐ傍まできていて肩に肘を乗っけてくる。こいつ、音もなく近付くとかマジに猫みたいなとこあるな。


「朝シャワーなら一緒浴びようぜ、スカイラー」

「何で。断る。一人でサッパリしたい」

「いけずぅ~」


 俺の答えをわかっていてのちょっかいに多少イラッとはしたが、俺はにべもなく肩に置かれた肘を払って部屋を出た。ブラッキーもグリーンも付いてくることはなかった。

 俺が二人との裸の付き合いを敬遠しているのは二人も感じているらしい。男同士だし嫌な訳じゃない。しかしなあ、二人には俺への好意があるからそれが現状よりも盛り上がるような行動は避けたかった。

 ほら、スカイラーの裸なんて理性の破壊力抜群じゃん? 初めて浴室で自分の全裸見た時これが俺かーって感動の他、惚れそうで、いや惚れて鼻血出た。


 俺は男とそういう関係になりたいとは思っていないんだ。うん、いや、スカイラーだったらわからないな。


 それでも、他の誰でもないこの二人と過ごすこの解除旅に居心地の良さを感じている。


 同時に、居心地の悪さも。


 目的達成のために二人が必要だとはハッキリ明言してある。だからこそ生殺し同然にしている俺の狡さが心苦しい。しかも脈なしだと二人が去って行かないのをどこかで安堵している俺はホント酷い奴だよなって自分でも思う。計算高いと詰られても言い返せない。


 だが、己の心に沿わない真似はしたくない。


 思わせ振りな言葉や態度でキープするのは、それこそ不誠実だ。


 二人もそこのところをわかっているからこそ、一線を無理に越えてこようとはしないんだろう。……まあ、ブラッキーなんかは悪ふざけが過ぎるが。


 さっとシャワーを浴びてサッパリ気分で戻ると、二人共着替えて荷物を纏めて出発準備は完了していた。

 訪れて蓋を開けてみれば何と四つの仕掛けが集中していたこの街周辺、一日に一つないし二つの攻略で結局三泊したこの宿とは今日でお別れだ。


 これから俺たちは別の場所へと向かう。


 ここ数か月、帝国各地から仕掛けの影響と思われる現象が報告される頻度が上がっていて、俺は一旦帝都へと纏めて吸い上げられるその手の情報が俺の方にも回るよう密かに手配していた。と言ってもほとんどグリーンが率先して動いてくれたが。

 だからこそ、優先すべき最適な目的地を順序良く定められている。

 俺は急いで大雑把に長い髪を拭いて荷物を纏めると収納指輪に入れた。


「さてと、待たせたな。こっちの準備も完了だ」


 俺の支度ができるまでのんびり寛いでいた二人は、しかし揃って眉間を寄せた。

 え、何か?


「スカイラー、風邪引きたいのか?」

「そうですよ。きちんと頭を乾かしてから出発です」


 道中歩いている間に乾くだろうと気楽に考えていたが、二人はホントこういう部分で過保護なんだよな。


「スカイラー様面倒臭がってますね? 生乾きだと最悪臭くなるかもしれませんよ?」


 うーむそれは嫌かも……。


「全く、スカイラー様は私がいないと駄目ですよね。待っていて下さいよ、今新しいタオルをもらってきますから」

「必要ない。僕が責任持って乾かしてやるよ。ほら温風」


 ブラッキーが魔法で温かい風を吹かせた。

 一瞬、魔法を使えないグリーンは悔しそうにしたが、魔法の効率の良さには屈したようだ。タオルを取りには行かなかった。代わりに櫛を取り出して丁寧に俺の髪を梳く。この軍配はブラッキーに上がったようだな。

 こいつらがタッグを組んであっという間に俺の髪の毛はセットされた。最終的にはバサバサしないよう首の後ろで一括りに結われている。前世は短髪だった俺がまだ慣れないものの仕上げの髪結いくらいは自分でやろうと思っている間にグリーンがさっさと束ねてしまった。日によっては三つ編みもある。三人旅を始めた頃、一度鏡台前で四苦八苦するところを見られてからはこうなった。

 ブラッキーも俺の髪に触りたそうにしていたが「あなたではもじゃもじゃにしてしまうでしょう?」と実はその前科がある故にグリーンから冷たくあしらわれて大人しく引き下がった。今度はグリーンの勝ちか。


 最近の俺の人気上昇により宿の従業員たちに総出でお見送りされた俺たちは、その足で最寄りの魔法協会建物へと向かった。


 その途中でも、アイドル皇子スカイラーの顔はもう広く知られていて道行く人々は驚いたように振り返る。えっ本物とかキャー綺麗なんて声が聞こえてきた。ただ、誰も近付いて来ないのはスカイラーの生の神々しさに見惚れて気後れするからだろう。前にこっちから話しかけたら感極まったのか真っ赤になって卒倒されたことが何度かあったからなあ。 

 もう遠目から笑顔を振り撒くだけで、俺からはなるべく話しかけないようになった。必要なら代わりにグリーンやブラッキーが応対してくれる。ある意味すっかりマネージャーな二人だよ。


「相変わらずスカイラーは人気だなー……あんたを誰も知らないとこに隠していい?」

「いいわけあるか」

「同感ですね」

「だろ、全く何を言っているんだか。グリーンはまともで良かったよ」

「早く隠してしまいましょう!」

「お前らもう黙れっ。ほらサクサク歩いて魔法協会行くぞ。この旅初の魔法協会だー、楽しみだなーハハハ!」

「「…………」」


 こいつら……っ、そう不服そうにするな。朝目が覚めたら監禁されてましたーとかマジで実行されそうで怖い。


 魔法協会、その施設は役所同様帝国各所にあり、そこの一角には基本的にテレポート魔法陣が設置されていて、そこそこお高い規定額を支払えば身分に関係なく誰でも使用できるようになっている。


 そこそこお高いので庶民はもっと安価な交通手段たる鉄道や乗り合い馬車を選択するのが普通だ。

 まあお高いとは言え、魔法協会に直接足を運ばないとならないとかそういう不便がある分携帯式テレポート魔法具よりは当然安い。

 今回魔法協会を使うのは、その携帯式の在庫がいつでも滞在先の商店にあるとは限らないので節約しようってわけだった。

 魔法協会はタイミングによっては混んでいたりもするが、急いでいたり順番待ちが嫌なら規定額よりも大きな額を支払えば優先してもらえるようだ。

 魔法協会も営利団体だからな。がめついとは思わない。魔法具作りや魔法研究の材料だって決して安価なものばかりじゃないからな、資金は潤沢にあるに越したことはない。


 そんなことをつらつらと考えながら歩く俺の目にようやく魔法協会の建物らしき影が見えてくる。


 ゲームだと全国ほとんど同じ外観だから、たぶんこの現実でも同じだろう。近くまで行けば正解とわかった。

 長短の直方体を立てて横並びに繋げたようなカクカクした灰色い建物外観には一切の窓がない。魔法的な干渉が起きないよう遮断するためらしいが、ゲームじゃ建物内部は普通に明るかったからきっとこっちでもそこは同じだろう。あと中央が一際高い直方体になっている。

 モダンと言ったらそうだがこの世界に果たしてモダン建築なんて概念が当て嵌まるのかはビミョーだ。何しろナーロッパとか言われる世界観だからな。

 

 歩きながら眺めていると、ちょうど建物正面入口からぞろぞろと人々が出てくるところだった。

 俺は思わず顔をしかめてしまった。


 マジかよ、今日は夢にも出てきたってのに……最悪。


 一団の中央で取り巻きからチヤホヤされていたのは、何と異母兄アレクサンダー・ヘルスだった。


 健康な大王っぽい名だよ。

 たぶんテレポート魔法陣で帝都からこっちに来たんだな。主要都市には大抵設置されていて、鉄道路線図のテレポート版のようなものが出来上がっている。大貴族や皇族は防犯上それを使うのが普通だ。


 当然この街リームケーユと帝都の間にもテレポート魔法網が構築されていた。


「はあぁー、あいつ一体この街に何しに来たんだよ」


 思わず悪態もついていた。

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